顔
2。
翌日、同じ時間帯くらいにまた来てみると昨日とまったく同じところにいた。
相変わらず体制も変わっていなかった。
傍に置いたハンカチすらも変わっていなかった。
「ハンカチ、使わなかったんだ」
「私が使ったら酷く汚れちゃうもの」
「幽霊ってそういうの気にするんだ」
「......」
会話が続きそうで続かない。幽霊になると思考力が下がるのだろうか。だから会話が続きにくいのだろうか。
彼女が気になって仕方がない。
彼女を知りたい、関わりたい。相手は醜い幽霊なのに、そんな思いでいっぱいだった。
「大事な人には会えたの?」
「会えたらいいのにね」
「顔くらい見せてなよ。顔が見えないから分からないのかもしれないよ」
「嫌われたくないの。それにきっと視えないわ」
「そんなの分からないよ」
「......」
また会話がおわった。やはり会話が進まないな。
と思っていた矢先、彼女が動き出した。そして、顔を上にあげていた。
彼女の顔は比較的綺麗なものだった。比較的綺麗なものというのは 全体的な見た目と比べてという意味と、全体的な幽霊の顔に比べてという意味、両方だ。
「......」
「......嫌いに、なったかしら」
「思っていたよりも綺麗だね。幽霊は元々嫌いだよ」
「そう、幽霊は嫌いなのね」
「うん。嫌い。でも少し嫌いじゃなくなったかな」
「......私が理由?」
「そうかもね」
そう言うと彼女は嬉しそうに、歪に微笑んだ。
心做しかドス黒かった彼女が少し明るくなった気がした。でもこれはきっと気のせいだろう。
彼女はずっと嬉しそうだった。歪に微笑んだまま、少し下を向いて座っていた。
きっと、もう今までのように背中を丸め俯くことは無いだろう。自分の顔に自信が持てたようだった。
彼女を見つめていると彼女が口を開いた。
「あなたの名前、なんていうの?」
「......名前なんて聞いてどうするの」
「知りたいの。ダメかしら」
「......咲」
「...さき。そう、咲っていうのね。綺麗な名前ね」
「幽霊に褒められてもそんなに嬉しくないけど。それなら、あなたの名前は?」
「私の名前......」
名前を聞くと彼女は考えるようにして黙り込んでしまった。長い間存在しているせいで名前を忘れてしまったのだろうか。幽霊の中ではあるあるだったら少し面白い。
「無理に思い出さなくても無理に言わなくてもいいよ。」
「ごめんなさいね。思い出したら教えるから」
「うん、そうして」