メルヘン王子爆誕!
「僕もひとつ舐めてみる~」
誰からも頼まれていないのに、ただの好奇心から、アドルファス王太子殿下が猫紳士キャンディに手を伸ばした。
「あ、おい――」
ルードヴィヒ王弟殿下が何かを言いかけたが、遅かった。
ピンクの飴玉がアドルファス王太子殿下の口の中に。
それを眺めながら、皆は一様に考えていた――『どうせ猫化しないだろうね』と。
アドルファス王太子殿下は平素何かを我慢しているようには見えない。叔父のルードヴィヒ王弟殿下と同じでいつも好き勝手、心のおもむくままに行動しているでしょ、と。
ところが。
――ポン!
早速、猫耳が生えた! 地が超絶美形なので、猫耳がプラスして滅茶苦茶可愛い。
「あれ、僕、猫化したぞー。イェーイ」
アドルファス王太子殿下は無邪気に喜んでいる。もしかすると、叔父と同じく無変化で終わるのがどうしても嫌だったのだろうか。
「……猫化した、だとう? アドルファス王太子殿下は普段、何を我慢しているというのにゃ? 納得がいかないにゃ、異議ありにゃ!」
テーブル上にグデーと伸びながらも、ユリアが流れるように悪態をつく。
アドルファス王太子殿下はそれには取り合わず、頬杖を突き、私のほうを見つめてにっこり微笑んだ。
「僕、ディーナのこと、すごく好きなんだ~」
ふふー、と幸せそうに笑うアドルファス王太子殿下は、普段よりも表情豊かというか、無邪気な感じがする。
私は面食らったものの、アドルファス王太子殿下の醸し出す空気があまりにも天使なので、優しく微笑み返すという大人な反応をした。
アドルファス王太子殿下がネコ耳をピクピク動かしながら、気ままに告げる。
「フワフワの白い雲の上にディーナとふたりで乗って、世界中を旅したいにゃ~。ふたりでイチゴのシャーベットを食べながら、虹を越えるんだ~」
――メ、メルヘーン!!!
この場にいた穢れた大人たちは眩暈を覚え、ガガーン、とショックを受けた顔つきになった。
え、なんなの、この人? 表向きはポーカーフェイスのド変人なのに、素はスーパーピュアなの?
「姉さんは、虹の国からやって来たメルヘン王子と結婚するのですね。おめでとうございニャす」
ネコバージョン・マイルズが猫耳のついた頭をお行儀良く下げる。
するとアドルファス王太子殿下がマイルズに微笑みかけた。
「マイリーくんも一緒に雲に乗せてあげるね」
「いいのですかにゃ?」
「いいのですにゃー。僕はマイリーくんも大好きなのにゃ~」
「やったにゃー! それじゃあ僕は虹を越える時、『七色子ネコちゃん』の歌を歌うにゃー」
――気を抜くと、ほんわかメルヘンは伝染するぞ――……見物人たちはその警句を魂に刻み、互いに視線を交わし合った。
「あのな、アドルファス――」
ルードヴィヒ王弟殿下が何か言いかけるが、アドルファス王太子殿下がピシャリとやり込める。
「ごめんやけどにゃ、叔父上は雲に乗せてあげられないのです」
「え、なんでよ?」
「定員オーバーにゃ」
……普段の叔父上への塩対応、演技じゃなかった……。
ルードヴィヒ王弟殿下は意外と深めのダメージを食らっている。
ところでこの時――私は思い詰め、赤い缶を眺めおろしていた。
深呼吸してから、そっと手を伸ばす。
「皆さんキャンディを舐めましたので、こうなったら私も……!」
――ポン!
私も無事、猫耳が生えました。
* * *
「ディーナ? 君は一体、何を我慢していたんにゃ?」
アドルファス王太子殿下が目を瞠る。
私はしばらくのあいだ背筋を伸ばして静止していた。やがてスッと立ち上がり、アドルファス王太子殿下の真横に歩み寄った。
「ん……ディーナさん?」
「アドルファスくん、ちょっと詰めなさい」
ふたりは二十歳同士で同い年なのだが、なぜか年上感が出てしまう。
アドルファス王太子殿下は肘かけのない四角い椅子に腰かけていたので、スス……と横滑りするように座面を半分空けた。
私は空いたスペースに腰を落とす。それから小首を傾げ、すぐそばにあるアドルファス王太子殿下の青い瞳を覗き込んだ。
「アドルファスくん、君に言っておくことがある――……私も君が好きだぞ」
「え、本当?」
「本当だ。嘘を言ってどうする」
「ディーナぁ……」
ごろにゃーん、とアドルファス王太子殿下が可愛い感じになる。
ふ……と私は軽く口角を上げた。姉さん気分であるが、猫耳つきなので威厳はない。
「よしよし、手を繋いであげよう」
「え」
アドルファス王太子殿がこれを聞き、反射的にサッと距離を取ろうとした。
それを見て私は眉根を寄せる。
「どうしたのだ?」
「ディーナパパから、娘と手を繋いじゃだめって言われてる~」
――おい、ピュアかよ! 全員の視線にそんなツッコミの感情が浮かんだ。
「私のほうから繋ぐから、別にいいのだ」
私は問答無用で自身の手を彼の手に絡めてしまう。
アドルファス王太子殿下は困ったように猫耳を伏せており、普段の情緒が振り切れたド変人スタイルが嘘のようだ。
「……僕はディーナパピーも好きなんだにゃー。約束を破って、パピーに嫌われたくないにゃー」
「大丈夫だ。パピーはこんなことで君を嫌わないし、たとえ嫌ったとしても、私が君を好きなのだから、それでいいだろう?」
私は悪戯に微笑み、少し伸びをして、アドルファス王太子殿下の顎にチュ、とキスをした。
アドルファス王太子殿下は面食らったあとで、すぐに真っ赤になり……。
言葉も出せずに、へにゃりと私の肩に顔を埋めてしまった。
耳まで赤い。
目撃した人々は、これを見ているだけで胸がキュンとしたそうな……。