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新聖女誕生!


 王宮内にある教会に移動しながら、彼が説明してくれた。


「当国の王族はずっと聖女を花嫁に迎えていたでしょう――そのせいか近年、浄化の力を宿した子供が生まれるようになったんだ」


 なるほど……生まれた子は母、つまり聖女の血を引くわけだから、その特殊な力を宿していても不思議はない。


 むしろ時代を重ね、新しい聖女の血を迎え入れ続けたせいで、本来塩湖の浄化しかできなかった能力が強化されたのではないか。


 だからこそアドルファス王太子殿下は腕輪の呪いも解くことができるのでは?


 しかしだとすると。


「ではどうして当国の聖女を迎え入れる制度を続けているのですか?」


 国力差を考えれば、圧倒的に立場が上の隣国が「もうやめよう」と言えば、それで済んだはずなのに。


「聖女の力が安定して発現するわけではないので」


 彼が肩をすくめてみせる。


「聖女の力を持って生まれるケースもあるが、そうではないこともある。一度交流をやめてしまって、次代の王太子が力を持って生まれなかった場合、『やはり聖女を娶ることを再開したい』というのも、国同士の取り決めで問題がある。だから続けておいたほうが無難だということになって」


 確かにそうだ。一度やめてしまえば、復活させるには結構面倒なことが多い。


 継続しておくほうが楽だったというのは非常に納得できる。


 アドルファス王太子殿下が私を眺めおろし、淡い笑みを浮かべた。


「だからね、君が無能力者でも別に構わないのさ。とりあえず今代は、僕が浄化の力を持っているから。あとは皆をペテンにかけてやればいい」


「どうやって?」


「君は僕に合わせてくれればいいよ」


 彼は見た目クールなのに、行動は直接的だ。


 さっと私の手を取り、指を絡めてくる。


 そうされても、軽薄だとは思わず、率直で好ましいと感じた。


 私は隣を歩く彼を見上げ、心からの笑みを零した。


「なんだか楽しくなってきたわ」


 彼は一瞬驚いた顔をして、私の笑顔をじっと見つめながら、頬を赤く染めた。




   * * *




 祭壇前に佇むのは、私、アドルファス王太子殿下、そして彼の叔父であるルードヴィヒ王弟殿下の三名。


 二十歳の女性を、獣感満載のふたりのクマ男が挟んで立っている形だ。


 会衆席には、国王陛下、王女殿下、私の(元)婚約者、私の父など、主要人物が揃っていた。隣国の秘書の女性も、会衆席の端に腰かけ、見物をしている。


 私の左隣にいるアドルファス王太子殿下が口を開いた。


「――皆さんはじめまして」


 その後彼は自己紹介をしたあとで、ひと息ついてから続けた。


「実はこちらにいるディーナ嬢にも、聖女の浄化能力が備わっていることが、先ほど判明しました」


「なんだって?」


 国王陛下が呆気に取られている。


「しかし、聖女はその時代にひとりしか現れないはずだが……」


「例外はいつでも発生します」


 アドルファス王太子殿下は落ち着いた声音で対応する。


 私は彼を見つめ、心の安らぎを感じた。……信用できる人は、どんな見た目でも関係ない。私、呪われた今の外見も好きだわ。


 視線に気づいたのか、彼がこちらを見た。


 視線が絡み、胸が高鳴る。――彼は私を見てくれる。私を尊重してくれる。


 ふたり、しばらくのあいだ見つめ合っていると、傍らにいたルードヴィヒ王弟殿下がごほん、と咳払いをした。


「君たち、話を進めたまえ」


「ああ、そうですね」


 アドルファス王太子殿下は鉄面皮なところがあるので、まるで照れずに頷いてみせた。


「ディーナ嬢に聖女の力が確認できたので、私は彼女と結婚したいと考えています。――話を聞いたところ、彼女が婚約しているお相手の男性は、王女殿下に恋しているとのことで、これにてすべて丸く収まる気がしますが、いかがでしょうか」


「いやしかし……そう言われましても」


 国王陛下は戸惑いを隠せない。


「ディーナ、それでいいのかい?」


 父が心配そうにこちらを見つめて声をかけてきた。父は私がまだ元婚約者を好きだと思っているので、混乱しているだろう。


「はい、お父様。私、愛のない結婚はしたくないの。アドルファス王太子殿下は親切な方ですし、私、彼のもとに嫁ぎたいわ」


「そうか、お前がそれでいいのなら」


 父は娘の瞳に迷いがないのを見てとり、納得したように頷いてみせた。


「――そんな馬鹿な話がありますか!」


 声を荒げたのは、私の元婚約者だ。


 驚いた……王女殿下が隣にいるのに、彼は私を見ているわ。


 この時、私が思ったのはそれだけだった。視線がこちらに向いていても、嬉しいとも、苦しいとも思わない。『驚いた』――ただそれだけ。


 王女殿下が横から口を挟む。


「私――だけど私は賛成だわ! ディーナが嫁ぐなら、そうしてほしい。ね、私たちこれで結婚できるわ――あなた、ずっと言っていたじゃない、私が聖女でなくなれば、ディーナと結婚しないで済むのに、と」


 呆れた。「ディーナと結婚しないで済む」ですって――……人を疫病神みたいに。


 冷ややかに元婚約者を眺めると、彼は必死で訴えてきた。


「違うんだ、ディーナ、俺はそんなことは言っていない」


「え、言っていたじゃない! 私と結婚したいって!」


「それは――それは確かに言ったかもしれないけれど、俺はディーナが嫌いってわけじゃ」


「でもタイプじゃないし、好きじゃないんでしょ? あなたはいつも私を優先してくれたわ」


 場が静まり返る。


 娘がどんなふうに扱われていたかを今初めて知った父は、顔を強張らせている。元婚約者は父の前では好青年を演じていたし、熱を込めた瞳で私のことを見つめていたから、父は娘がないがしろにされていたとは夢にも思わなかっただろう。


 私は私で父にそのことをずっと言えずにいた。私は自分が婚約者に愛されていないことが、恥ずかしいことのように感じていたのだ。――『お父様、婚約者から愛されない娘でごめんなさい』と思っていた。


 今になってみると、私にはなんの非もなかったし、恥じるようなことではなかったのに。


 国王陛下も顔色を失っている。王女殿下の振舞いは最低なものだったから、親として恥ずかしく感じているのではないだろうか。


 私は凪いだ気持ちで口を開いた。


「私は婚約者からずっと軽んじられてきました。その結果、今ではすっかり愛情がなくなっています。もう憎いとも思わないんです。どうでもいい。ですから私に聖女の力があり、アドルファス王太子殿下が私を求めてくださるなら、隣国に嫁ぎたいです」


 国王陛下が請け負った。


「……承知した。塩の浄化ができるなら、私がふたりの結婚を認めよう。今結ばれている婚約は速やかに破棄するよう、至急手続きする」


「ありがとうございます」


 私が頭を下げると、元婚約者がなんだかんだと文句を言っている気配があったが、やがて静かになった。目上の誰かからきつめに注意されたのかもしれない。




   * * *




 ルードヴィヒ王弟殿下が銀盆に盛られた塩湖の塩を差し出してくる。


 私はそれに手のひらをかざした。


 すると隣に寄り添っているアドルファス王太子殿下が、さりげなく私の手首を握った。それは自然な動作だった。


 銀盆が輝き、盛られていた塩がクリアなブルーに変わる。


 感嘆のため息がそこここで漏れた。


 王女殿下がこれを見て、はしゃいで手を叩いている。彼女は隣国の王族たちの獣じみた見た目が我慢ならないので、私に聖女の役目を押しつけることができて大喜びなのだ。


「さて」


 アドルファス王太子殿下が皆に聞こえるように声を張った。


「実は我々――私と叔父上は、このブレスレットの呪いを受け、姿が醜く変わっていました」


 彼が手首からブレスレットを外し、銀盆の上に放り出す。それは塩に埋もれ、ザクリと音を立てた。


「ディーナ嬢は稀代の聖女です。呪いを解いてくれるかもしれない」


 私は意図を理解し、彼の顔の前で手をかざした。


 彼はありがたがるように少しかがみ、目を閉じた。


 アドルファス王太子殿下の体が光に包まれる。彼は自ら体を浄化したのだ。


 皆が瞬きしたあと、そこには美しい貴公子が佇んでいた。クリアな青の虹彩に、ハニーブロンドのサラサラの髪。


 王女殿下があんぐりと口を開けている。「え、嘘……」彼女の瞳が激しく揺れていた。彼女と長い付き合いである私には分かるが、おそらくアドルファス王太子殿下の外見は、王女殿下の好みだ。


「ディーナ、叔父のほうも頼む」


 優しく囁かれ、私は頷いてみせてから、ルードヴィヒ王弟殿下の額の前で手をかざした。ふたたびアドルファス王太子殿下が私の手首を支えてくれる。


 ルードヴィヒ王弟殿下の呪いも解かれ、よく似た面差しの男性ふたりが、『新聖女』の私を挟んで立つ。


 アドルファス王太子殿下が私の腰を抱き寄せ、耳もとで悪戯に囁いた。


「見て、ディーナ――君の元婚約者殿は、君のことしか見ていない」


 そう言われても、私は元婚約者のほうに視線を向けなかった。


 私はアドルファス王太子殿下だけを見つめていた。


 クイ、と彼の顎に指を添え、こちらに顔を向けさせる。


 彼はびっくりした顔で私の瞳を覗き込んだ。


「――私以外を見ないで」


「ディーナ」


 名前を呼ばれ、心震える。私は彼を真っ直ぐに見つめた。


 愛おしさが込み上げてきた。


 私が微笑むと、アドルファス王太子殿下は夢見るように私を見つめ返した。


 私は背伸びをして、彼の首に腕を回し、ぎゅっと抱き着く。


「ああ――あなたって最高!」


 彼が私の腰に腕を回し、しっかりと抱え込んでくれた。


「……今の感じだと、キスしてくれるかと思ったんだけどなぁ」


 抱き着いているので顔は見えないのだけれど、聞こえてきたのがしょんぼりしたような声音だったから、私は笑い出してしまった。





 1.スッキリさよならしました(終)


   * * *


 婚約者、王女の内面については、短編の「初恋相手の王女の心配ばかりしている婚約者と、スッキリさよならしました(2)&(3)」で掘り下げています。

 引っかかりを覚えた場合は、そちらをご覧くださいませ。


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