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薄緑色の卵


 アレックスが外で一同の身体検査をしたあと、皆を引き連れて生垣の中に入って来た。


 指をスナップして手提げカゴをふたつ出し、私とデボラに手渡す。


「制限時間は一時間だ――それではスタート!」


 私は歩き出す前にアドルファス王太子殿下と視線を合わせ、次に弟のマイルズのほうに視線をやった。


「姉さん、あとのことは考えずに頑張って! どんな結果であっても、終わってから皆で対策を考えればいいので、気負わずにね」


 普段はオドオドしているマイルズだけれど、こういう時は妙に度胸がある。


 私は昔からそれを知っていた。


 弟が思い悩む性質なのは、臆病だからでも、愚かだからでもない。むしろ頭が良すぎて、色々と考えすぎてしまうせいだ。優しい子だし、向上心があるから、自分を責めてしまう。


 けれどマイルズはいざとなったら頼りになる存在だ。大切な人を励まして、元気づけることができる。


「ありがとう、マイルズ」


 私はホッとした。アドルファス王太子殿下だけじゃない、マイルズだっているのだから、両親のことを護ってくれるはず。


 自分ひとりでなんとかしようと気負わなくてもいい――確かにマイルズの言うとおりだ。それは私がアドルファス王太子殿下に対して感じたことそのままで、自分が言われてみるとなんだかおかしかった。他人のことは冷静に見ることができても、自分のことは意外と分かっていないのかも。


「行きましょう、デボラさん」


「はい。お互いに運命の卵を選べますように」


 私とデボラは頷き合って、生垣の迷路に入って行った。




   * * *




 少し進むと分岐点に辿り着いた。


「ここで別れましょう」


 私が促すと、デボラが不安そうな顔になる。


「あの……一緒に回ってはだめでしょうか?」


 ビクビクと縮こまっているデボラを見て、私は迷った。こうして目の前で困っているのだから、助けてあげたい気持ちはある……けれど。


「ふたりで回って卵を見つけた場合、どちらが回収するかで毎回譲り合いになると思うの。『どうぞ』と言い合っているうちに、直感が薄れそうで」


「確かにそうですね……」


 デボラはがっかりしたように俯いたものの、結局は納得してくれたようで、いくらか元気を出した様子で顔を上げた。


「……ひとりで大丈夫そう?」


 私が尋ねると、デボラが考えを巡らせてから口を開く。


「なんとか頑張ってみます。それで、ええと……迷路内で卵を見つけて、あまりピンとこなかった場合も、とりあえずカゴに入れておいていいですか? あとで交換していただけますか?」


 あとで交換か……私は軽く眉根を寄せる。


「一度カゴに入れると、それで選んだことにされてしまうかも。ルールはアレックスの気分次第だから、あとで言いがかりをつけられないよう、注意深く振舞ったほうがいい気がするわ」


「確かにそうですね」


「卵を見つけたけれどピンとこなかった場合は、触れずに場所を憶えておいて、あとで相手に教えるというのはどう?」


「分かりました」


 方針が決まり、デボラがホッとしたように笑みを浮かべた。


「すみません、あれこれディーナ様に質問してしまって。同じ立場なのに」


「いいえ」ディーナは穏やかな笑みを浮かべる。「あらかじめ細かい点を確認しておくのは悪いことじゃないわ。私も緊張していて頭が回っていなかったから、訊いてくれてよかった」


 ふたりは心のこもった笑みを交わし、そこで一旦別れた。




   * * *




 私がひとつ目に見つけたのは水色の卵だった。生垣の根本に鳥の巣が置いてあり、そこに載せられていた。


 鮮やかな空色で、アドルファス王太子殿下の瞳の色を連想させる。


 卵自体に強く心惹かれたか……? までは不明だが、好きな色ではあるので、卵を手に取ってカゴに入れた。


「あとふたつ」


 歩きながら、私はおおまかな現在地を頭の中に思い浮かべていた。曲がったり戻ったりを繰り返しているうちに、途中で方向感覚が狂っているかもしれないが、おそらく今は迷路の中心部あたりにいるはずだ。


 たぶんこっちだわ……見当をつけて進むと、不意に形の違う生垣が現れた。ずっと直線だったのに、目の前のそれは滑らかなカーブを描いている。


「中心部に出たのかしら?」


 生垣が円を描いているので、どこかで切れ目を見つけて奥に入り込めれば、そこが中心部だろう。


 私は小走りになり、切れ目を探した。


 やがて生垣が途切れた部分に辿り着いた。改まった気持ちで足を踏み入れる。


「――着いたわ」


 ゴールではないけれど、庭園迷路の『顔』ともいえる場所だから、早めに辿り着けてよかったと思う。


 中央に円形の噴水があり、周囲には綺麗に芝生が敷かれていた。


 私はホッと緊張が解け、『この場所が好き』という感想を抱いた。


 ということは、もしかすると……。


 噴水のほうに近寄ると、水の中にはすの花が咲いている。穢れなき純白で、美しい。


「あった」


 私は吐息交じりの呟きを漏らした。


 丸みを帯びた肉厚の葉の上に、薄緑色に着色した卵が載っている。部分的に金色の装飾が施してあり、私は強く心惹かれた。


 手を伸ばして卵を取ろうとした、その時。



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