7 大村家と小倉家
僕とひまりは、家が隣同士だ。
生まれたときからいっしょで、お互いの家を気軽に行き来する関係。
まるで物語に登場する幼馴染のようだが――、僕たちの関係は、それよりもさらに、深い。
もはや、幼馴染ではなく、家族と言って良い間柄だった。
その理由は、僕たちの親にある。
というのも、元々両親が親友同士で、昔から四人グループでいつもいっしょだったらしい。
男がふたり、女がふたり。
そして、カップルも二組になった。
四人は大きいケンカをすることもなく、仲睦まじいまま年月が経ち、二組のカップルは籍を入れるまでになった。
そして、結婚しても関係は変わることなく、仲良し四人グループのままで。
「せっかくだし、家、近くに建てちゃう?」と学生のようなノリで、まさかの隣同士で家を建ててしまったらしい。
それがうち、大村家と、
ひまりの家、小倉家だ。
そして今でも、大村家と小倉家は仲良し。
両親は何十年の付き合いで、僕たちは生まれた頃からずっといっしょにいる。
下手な親戚よりよっぽど親戚っぽくて、もはや家族と言ったほうがしっくりくる関係だった。
ひまりには兄と姉がおり、僕には妹がひとりいる。
僕はひまりの兄や姉を本当の兄弟のように思っているし、あっちもそうだろう。
うちの妹だって同じだ。
僕たちは、本物の家族のように、仲睦まじく暮らしていた。
間違いは、たったひとつ。
これさえなければ、僕はただただ家族が多いだけで特に問題はなく、平和に暮らしていけたはずだ。
その間違いとは、僕がずっと昔から、小倉ひまりのことをひとりの女の子として好きだったこと。
だけどひまりにとっては、僕はもうひとりの兄でしかない。
血が繋がっていないだけで、そばにいる兄弟のような関係。
その関係を壊すのはとっても怖いことで。
何か行動に移すにしても、すごく勇気が必要だった。
だから僕はひまりへの想いを募らせながらも、何年も行動に移せなかった。
そんな僕でも、家族としての関係を変えなきゃいけない、と強く感じた出来事がある。
それは、僕がまだ高校生の頃の話だった。
ある日の休日。
僕は予定もなく、部屋でのんびり過ごしていた。
そこに、コンコン、とノックの音が響く。
はい、と返事をする前に、ドアが開けられた。
それではノックの意味がないじゃないか、と言いたいところだが、これは大村家、小倉家、両家とも直そうとしない癖なので、今更言っても仕方がない。
扉の前にいたのはひまりだった。
髪を後ろで括り、見慣れたルームウェアに身を包んでいる。
合鍵は両家の玄関にあるので、僕たちはいつでも行き来することができた。
「こーたろー。前観たいって言ってた映画、配信されたんだって。いっしょに観ない?」
ひまりはそう言って、映画のタイトルを告げる。
予告で観てから、お互いに気になっていた映画だった。
特にすることもない僕は、その提案に乗る。
「いいね。うちのリビング?」
「リビングでいいんじゃない?」
そんなやりとりをしながら、僕たちはリビングに下りていく。
リビングにはだれもいなかった。
両親の姿はなく、妹がいる気配もない。
「今日おじさんたち、どっか行ってるの?」
「あー……、なんかふたりでどっか行くって言ってたような」
そんなことを朝、聞いた気がする。
妹もいつの間にか外出していたようだ。
ひまりは特に意味があって訊いたわけじゃないようで、ふーん、と言いながら、テレビのリモコンを手に取った。
こういうことはよくあるので、勝手知ったる、だ。
テレビの前のソファに、ふたりで座る。
適当に飲み物を用意し、映画を再生した。
テレビからは映画の音だけが流れ、ほかの音は聞こえてこない。
ほかにだれもいないから、当然だ。
「……………………」
僕は、この状況に若干の戸惑いを抱いた。
こんなことは珍しい。
ひまりは日常的に家に来るけれど、ふたりきりになることは滅多にない。
両家ともに常にだれかしらがいるもので、人の気配があったり、物音が聞こえてくるものなのに。
でも今は、僕とひまりだけのふたりきり。
リビングで、ふたりきりだ。
僕は心臓が高鳴っていた。
だって、好きな女の子とふたりきりで家にいるのだ。
緊張しないほうがおかしい。
もちろん、ひまりからすれば、家族といっしょに映画を観ているに過ぎない。
僕だって、ほかの兄妹やおばさんおじさん、ましてや妹とふたりでいても何とも思わない。
だから、ここでおかしな態度を取って、変に思われちゃダメだ。
僕はひそかに深呼吸しながら、映画に集中した。
……しかし。
「んんー……」
映画に集中しようとしても、あまり面白い作品ではなかった。
退屈な光景が続くうえに、内容が難解だ。
予告を観たときはすごく面白そうで、ひまりといっしょに「あれ絶対観よう!」なんて盛り上がったのに。
あんまり面白くないね、とひまりに声を掛けようとしたときだった。
突然、肩に重みを感じた。
「ひ、ひまり……?」
裏返った声で、彼女の表情を窺ってしまう。
ひまりが、僕の肩に頭を預けてきたのだ。
こてん、と頭を置いてきた。
身体ももたれかかるようにして、ぴったりとくっついている。
すぐそばに彼女の顔と身体があり、どぎまぎする。
さらりと揺れた髪が、僕の手を撫でていった。
シャンプーの香りが鼻に届く。
映画の音が、急に遠く感じる。
だれもいない家の中で、ひまりが僕に身体を預けている。
くっついている。
夢なんじゃないか、と疑うものの、ぼうっとした頭でもこれが現実だとわかる。
ドッドッド、と心臓が強く、早く鳴っていた。
ど、どうしたんだ急に……。
何か、僕から言ったほうがいいんだろうか。