6 帰り道のできごと
そのあとはいつもどおり。
洗い物は僕が片付けて、ひまりはのんびりとスマホをイジっていた。
ぽつぽつと他愛もない話をしたあと、ひまりが「じゃあ、そろそろ帰るね」と言い出すので、僕は「送るよ」と返事をする。
これもまた、いつもどおりだった。
街灯に照らされた住宅街を、僕とひまりは歩いていく。
駅までは数分ほど。
昼間はその数分だけで汗だくになるが、夜はそれほど苦でもない。
暑さのピークは過ぎていた。
まだまだ残暑は厳しいとはいえ、日が落ちる時間は日に日に早くなっている。
今も、辺りは既に夜の気配だ。
「すっかり日が落ちるのが早くなったねー。前までは明るかったのに」
僕と同じことを考えていたのか、ひまりは空を見上げていた。
はっとするほど綺麗な横顔なのに、ぽかんと口を開けているのがとてもひまりらしい。
ひまりを駅まで送るのはいつものことだが、今はその必要性をより感じる。
うちから駅までは数分だが、ここはあまり人通りもない。街灯も心許ない。
女の子をひとりで帰らせるにはちょっと不安だ。
駅のそばまでくると、徐々に人の気配が多くなり、駅の明かりが辺りを照らしていた。
駅の入り口の前で、いつもどおり別れの挨拶をする。
「それじゃあね、こーたろー」
「うん。ありがとうね」
軽く手を振る彼女に、僕もまた手を振って見送る。
それはいつもどおりの光景なのだが、今日は少しだけ違った。
ひまりははにかんで笑うと、こう続けたのだ。
「正直、今までは、送ってもらわなくてもいいのになーって思ってたんだ。でも、暗いとやっぱり怖いね。男の人に居てもらうと安心するよ。ありがとね、こーたろー。今の浩太郎、ちょっとだけ頼りになるよ」
そんなことを照れくさそうに言うと、彼女は返事も聞かずにぱたぱたと駅の中に消えていった。
不意打ちでそんなことを言われ、僕はその場で固まってしまう。
だけど、徐々に実感が湧いてきて。
僕はわーっとなった。
思わず、僕はダッシュで家までの道のりを駆けていく。
あんなふうに笑うひまりや、あんなことを言ってくれるひまり。
今までとは、ちょっとだけ違う気がする。
変化が、あったように感じる。
それは、本当にわずかではあるけど、今まではそんな些細な変化すらも感じ取れなかった。
だから、これは進歩だと、前に進んでいるんだと、思っていいのではないだろうか。
ずっと止まっていた関係が、ちょっとだけでも前に進み始めた。
それは僕にとって、どんなことよりも嬉しい。
そして何より、さっきのひまりは――本当に、本当に可愛かった。
いつもかわいいのに、可愛さが何十倍も増していた。
自分がやってきたことが「無意味じゃない」と証明されたようで、僕は飛び跳ねるように帰った。