33 おとなっぽいでぃなー
「ふ、ふおおおおお……」
上品なライトに照らされたお店を見上げて、ひまりは何やらおかしな声を出していた。
普通のデートなら絶対しなさそうな顔をしている。
既に時刻は夜に差し掛かり、陽も落ちていた。
昼間、存分に遊んだ僕たちは、「じゃあそろそろディナーに行こうか」「いやディナーって」とけらけら笑いながらこの店に来たのだが。
まぁディナーと言う言葉が相応しいお店だ。
喧騒から離れた場所にあるこの店は、洋館のような佇まいをしている。
窓から内装が見えるが、何から何まで品があって大人っぽい。
客層だって、僕らみたいな十代がいる様子はなかった。
いかにも高そうなお店だ。
高校生や大学生がふらっと立ち寄る店でない。
雰囲気もそうだけど、値段だってそうだ。
しかし、僕らが今から夕食を取るのは、このお店だ。
「ほら。行くよ、ひまり」
外観を見上げて困惑しているひまりに、声を掛ける。
すると、ひまりはお店を指差しながら声を張った。
「こ、こーたろー! このお店に入るの!? だ、大丈夫なの!? 高そうだよ大人っぽすぎるよ浩太郎が破産しちゃうよ!」
「恥ずかしいこと言わないでくんない……。大丈夫だよ、そんなに高いってわけじゃないから」
安いわけではないけれど、まぁ常識の範囲内というか。
払える範囲内というか。
そりゃ学食とかファミレスとか、普段行っている店に比べればお高いけども。
しかし、どうもひまりは、ふたりだけで入るのが不安らしい。
「浩太郎、お金足りる? わたしそんなに持ってないよ? 子供だけで入れるお店なの?」
「前も言ったけど、僕は来年には成人するんだけどね……。大丈夫だよ、ちゃんとお金はあるから。今日はひまりに、ちょっと大人っぽい店を体験してもらうために来たんだよ」
「いいって~。見た目だけでいいって~。ファミレス行こうよ~、七百円でお腹いっぱいになろ?」
「いや、もう予約してるし……」
相変わらず、僕のことを弟くらいにしか思っていないのが丸わかりだ。
尻込みしているひまりを引き連れて、店の扉をくぐった。
ひまりは僕の腕に掴まって、不安そうに店内を見回している。
くっつかれるのは嬉しいけど、バカップルに思われそうなのがちょっと怖い。
すぐに店員さんがやってきたので、「予約した大村です」と伝えると、「お待ちしておりました」と笑みを浮かべて、席に案内してくれる。
店内は落ち着いた雰囲気で、テーブルについた人たちも穏やかに食事している。
ひまりは席についても、まだ不安そうに周りを見回していた。
店員さんが離れてから、ひまりはメニューを開く。
すぐに、「たっか……」と呟いた。
まぁバイトしていない高校生からすれば、高く見えるかもしれない。
実際、僕もこんな機会じゃなければ絶対に来ない。
「ひまり、コースでいいよね? どれにする? 別に遠慮しなくていいから、好きなの選びな」
「こ、こーたろー……。大丈夫なの? 本当に払える?」
ひまりはメニューで口元を隠しながら、こそっと尋ねてきた。
どうにも財布事情を心配されている。
財布の中身が、あまりひよりと変わらないとでも思われているのだろうか……。
そりゃ多少は無理をしているけれど、物凄く意地を張っているわけでもないのに。
僕は息を吐きながら、彼女の問いに答える。
「大丈夫だよ。ちゃんとバイトで稼いでるし。あとは、まぁ。使うところもないしね……」
本音を言うと、それも大きい。
暇だからとなんとなくバイトをしていたけれど、特に使うあてがないのだ。
食費だって、ひまりが工夫してくれているので、ひとりのときよりよっぽど安く抑えられている。
あと変なところで無駄遣いすると、ひまりに怒られるし。
「そ、そぉ……?」
なおも心配そうに見てくるひまりは、完全に弟を心配するお姉ちゃんだ。
たまにひより、僕のことを小学生だと思っていないか……?
そんなことを考えつつ、僕は店員さんに注文を済ませる。
そこでようやく、力を抜いた。
「ふぅー……。でもやっぱり、ちょっと緊張するね」
普段行くような店とは勝手が違うので、身体が強張ってしまった。
ひまりが遠慮するのを避けるために、なんとか虚勢を張っていたけれど。
注文さえしてしまえば、ひまりも取り消せ、とは言わないだろう。
僕の言葉を聞いたひまりは目をぱちくりとさせ、そして、安心したように笑った。
「なんだぁ~。こーたろーも、緊張してたんだあ。よかったぁ」
彼女は気の抜けた笑みを浮かべる。
思ったよりも声が大きくなってしまったらしく、ひまりは慌てて口を押さえた。
周りをきょろきょろと見たあと、おかしそうに笑う。
僕に顔を近付けて、囁き声で言った。
「さっきのこーたろー、すごく落ち着いてて、大人っぽい振る舞いだったからさ~。服装もちゃんとしてるし、知らない男の人みたいだったよ」
「……………………」
嬉しいことを言ってくれる……。
これはもう、デートは大成功、と言ってもいいのではないだろうか……。
普段と違う姿を見せるために、僕は、僕たちはここまで準備してきたのだ。
山田さんに、やったよー! と報告したくなる。
感謝してもし足りない。
何せ、ひまりには絶対に言うつもりはないけれど、僕がこの店に来店したのは二度目なのだ。
昼間だったので今ほど雰囲気はなかったけれど、それでもさっきのひまりのように、きょろきょろと店内を見回してしまった。
山田さんといっしょに。
なんてことはない。
今回は二回目だから、多少は落ち着いていただけだ。
『そりゃ、お店は下見したほうがいいっしょー。ただでさえ高い店って緊張すんだからさー。そこを落ち着いているように見せるから、格好いいじゃん?』
そんな山田さんのアドバイスを受け、ふたりで訪れた。
山田さんは、本当に付き合いのいい人だ。
ランチとはいえ値段も張るし、さすがに申し訳ないので、僕は彼女の分も払おうとした。
元からご飯はご馳走する予定だったし。
しかし、彼女には断られてしまった。
『こんな高いところで奢ってもらうほど、なんかやったわけじゃねーし。借り作るみたいでヤだから別の店でいいよ。食堂とかファミレスでいい』
なんて言いながら、強引に割り勘にされてしまった。
僕としては、彼女にこれだけお世話になったのだから借りなんて思ってほしくないし、むしろ僕のほうが借りを作ったことになるんじゃ? と思って食い下がったが、結局受け入れてもらえなかった。
見た目はギャルなのに、男気に溢れた人だ。
僕が女性だったら、うっかり惚れたかもしれない。
ちゃんとお礼しないとな……、改めて思った。
ちなみに、食事はまぁまぁだった。
ひまりのおいしい食事に舌が肥えたのかもしれない。
まぁ、雰囲気代ということで。




