32 歩き出す
『まず最初に、とにかく服装を褒めること。妹ちゃんも、普段と違う格好をしてるわけだから。でもあくまでサラっと、さりげなくね。大村は兄貴分なんだから、あんまり褒められてもキモいし』
そう言われて、僕はとにかく褒めよう、と心に誓っていたのに。
突然現れたひまりに、ペースを乱されてしまった。
ひまりのほうがよっぽどスマートに、僕の容姿を褒めてくれている……。
どうなんだ、それは……。
完全に後手に回ってしまったけれど、僕はそれでも口にする。
「ひまりもかわいいよ。似合ってる」
僕が必死でさりげなさを装って言うと、ひまりはおかしそうに笑った。
「はー? なにそれ、気持ち悪~。いいよ、無理に褒めなくても」
笑いながらではあるが、ひどいことを言う……。
そりゃ、兄に服装をかわいい、って言われても嬉しくないかもだけどさぁ……。
僕はがっくりしながらも、それでもちゃんと伝えることにした。
「無理じゃないって。僕、ひまりの私服って最近見てないからさ。大人っぽくなったなぁって思った。かわいいよ」
また気持ち悪い、と言われることを覚悟していたが、ひまりはきょとんとした顔になった。
そして、ほんの少しだけはにかんで見せる。
「そ? じゃあありがたく褒められておこっかな。ありがと」
ふふ、と嬉しそうに笑う。
やっぱり、ひまりはかわいい。
それにいい雰囲気になった気がする。
普段とは、ちょっと違うような。
けれどその空気は長く続かず、ひまりは気を取り直したように腰に手を当てた。
「で。こーたろー。今日はどうするの?」
今日のデートプラン。
晩ご飯以外は特に何かをする! と言って集まったわけではないので、ひまりの疑問は最もだ。
そしてこれもまた、山田さんに相談していた。
『大村は気合入ってるけどさ。服装と同じで、あんまり凝ったデートコースにすると引かれるっしょ。晩ご飯だけは気合入れて、昼間は一旦、妹ちゃんの希望を訊いてみれば? 特に希望がなければ大村がエスコートする、くらいのほうがいいと思うよ』
だ、そうだ。
まぁ確かに、「ちょっと遊びに行かない?」と誘い出しているのに、ガチガチのデートプランを妹相手にするのは、よくない。
それは僕もわかる。
だから山田さんの言うとおり、まずはひまりの意見を訊いてみた。
「ひまりはどこか行きたいところある?」
「あるある! 服屋さん付き合ってよ。それと、気になってたお店があるんだー。お昼ご飯、そこで食べない?」
ひまりはぱっと表情を明るくさせ、にぎやかなほうを指差した。
僕が引っ張っていくより、ひまりの好きなように付き合うほうが、彼女の満足度は高そうだ。
「じゃあそうしようか。どこから行く?」
「まずねー、チェックしておきたい店があって~……。最近遊びに行けてなかったからさー、いっぱいあるんだー……」
ひまりとともに、歩き出す。
一応用意していたプランはあっさり捨てた。
予習していた問題が出てこないことは、まぁよくあることだし。
どうやら、ひまりも久しぶりに街で遊ぶらしく、嬉しそうにはしゃいでいた。
服屋さんを何件も回ったり、食べ歩きをしたり。
食べ歩くにしても、「一個は多い!」とひまりが言うので、ふたりでひとつのものを分けたり。
ひまりが、「ここ行きたい」「これ食べたい」と気軽に言ってくれるのは、正直、嬉しかった。
リラックスしていて、僕を引っ張っていくひまりはとてもひまりっぽかったからだ。
きっとひまりは、本当に男の人とデートすることになっても、初デートでここまで意見を主張できないと思う。
変なところで遠慮する子だし、大人しくついていく姿が想像できる。
それはつまり、結局僕が男と意識してもらえないことになるのだけれど。
それでもどこか、清々しいような気持ちになっていたのだ。
「こーたろー! 行くよー!」
街中で僕に手を振るひまりに、やっぱり僕は心地よさを感じていた。




