31 待ち合わせ
そして、約束をして。
ひまりとの初デートの日がやってきた。
土曜日の昼前。
駅前の時計台の前で、待ち合わせしていた。
決して遅れるわけにはいかないので、だいぶ早い時間についている。
待ち合わせ、というのももちろん、意識してもらうためだ。
いつもどおりうちにひまりが来て、いっしょに出かける……、では、普段の買い物と変わらない感じがしてしまう。
どこかで待ち合わせという行為自体、僕たちには初めての出来事だった。
駅前は僕と同じように、待ち合わせしている人が多く見られる。
カップルの姿も多い。
僕とひまりだって、今日は並んでいたらカップルに見られるはずだ。
前みたいに、「兄妹?」なんて言われないよう、僕だって準備をしてきた。
「……よし」
まず、服装。
これは、山田さんにアドバイスをもらった。
『大村は、その妹ちゃんとしょっちゅう部屋で会ってるわけじゃん? だから、オシャレしてる大村を見慣れてないわけよ。そこがねらい目なのね』
『ふんふん。と、言うと?』
『外で会ったときに、大村がオシャレな格好で来たら、あ、外ではかっこいいじゃーん、ってなるでしょ。そのギャップに女はやられるんだよ』
『そうなんだ。ギャップかぁ。女の子はギャップに弱いの?』
『いや知らん。だいぶ適当に言った』
『大丈夫……? それ本当に合ってる……?』
『合ってる合ってる。オシャレしてて悪いことはないって』
そんな話をしたあと、服屋さんに行って選んでもらったのだ。
僕ひとりではとても入れないようなオシャレな店でも、山田さんはガンガン進んでいくからとても心強かった。
『とりあえず、バイト代は下ろしてきたけど。やっぱり、高くて良さそうなのを買えばいいのかな?』
『ちょい待ち、大村。あんまり気合入れちゃダメ。妹ちゃんとは、ちょっと遊びに行こう? くらいのノリで遊ぶんでしょ? そこにバッチバチで気合入れた服装で、今日に賭けてます! って服装で来てみろよ。引くでしょ?』
『ひ、引くなぁ……。えぇと、じゃあどういう服装を選べば?』
『あたかも普段から着てます、って顔ができる範囲で、オシャレで清潔感のある服装。だから安くてもいい。高そうな店を見てるのも、そういう服を大村に見てもらうためだから。重要なのは、ぱっと見のオシャレ感』
『さっきからずっと難しいこと言ってない?』
『そういうもんよ。こういうのも積み重ね、勉強だから。勉強は得意だろ、大村』
『答えがある問題って素晴らしいなあ……』
大変に難題ではあったけれど、山田さんの協力のおかげで何とか服を見繕えた。
選んでもらったのは、黒のテーラードジャケットに、薄手の白いパーカー、黒のスキニーパンツ。紺色のスニーカー。
これくらいが、まぁまぁちょうどいいオシャレらしい……。
オシャレは全然わからないけれど、山田さんが言うんだからそうなんだろう。
確かに、普段の僕の格好よりは、かなりオシャレだ。多分。
これで間違いないと思う。多分。
「……山田さんにも、お礼しないとな」
今回の件だけでも、大変お世話になった。
山田さんがいなければデートに誘うなんて考えもしなかっただろうし、服だって適当に選んだだろう。
この前もお見舞いに来てくれたし、何かお礼を考えておかなくちゃ。
「だれにお礼するって?」
独り言だったはずなのに、それに返事があって心臓がひっくり返るかと思った。
声のほうを見ると、そこにはひまりが立っていた。
来るのはまだまだ先だと思っていたので、思い切り油断していた。
「ひ、ひまり……、は、早いね……」
「まあね。どうせこーたろーのことだから、待ち合わせ時間より早めに来てるんじゃないか、と思って。やっぱりそうだった」
いたずらっぽい笑みを浮かべている。
そのとおりもそのとおりなのだが、早めに来たのは心の準備をするつもりでもあったのだけれど……。
理解されている、と喜ぶべきなのか、見通されていることに恥じるべきなのか。
しかし、そんな些細な悩みは、彼女の容姿の前では吹き飛んでしまった。
ひまりはベージュの大きなパーカーを着ており、下はチェックのミニスカート。
白い脚の先では黒いブーツが見える。
やわらかな髪は後ろで可愛らしくまとめられていて、首は涼しげだ。
メイクもしているようで、目鼻立ちがいつもよりはっきりしていた。
かわいい。
かわいい。
気合を入れたオシャレ、と言う感じではないが、ひまりの可愛さが十二分に引き出されている。
普段、制服姿のひまりしか見ていないから、外向けの彼女がぴかぴかに輝いて見えた。
いや、普段ももちろんかわいいんだけど。
あぁこれがギャップか。
山田さんの言っていたことがわかった。
これは確かに、ぐっときてしまう……。
いや、僕がぐっときてどうする。
「ん」
ひまりはただでさえかわいいのに、さらに可愛らしく小首を傾げた。
手を後ろで組んで、僕を見上げる。
そして、意外そうに口を開いた。
「こーたろー、こんなちゃんとした服持ってたの?」
「……。僕だって、服くらい買うよ。大学生なんだから」
しれっと嘘を吐く。持ってませんでした。
山田さんのおかげです。
ひまりはしげしげと僕の服装を見つめていたが、ふっと笑顔になった。
「そっかぁ。そうだよねぇ。こーたろーも大学生だもんねえ。いいじゃん、格好いいよ。見直した」
そんなことを言いながら、僕のお腹をぽんぽんと叩く。
褒められた。
うわ、嬉しい。
いや、どう考えても年下の女の子から言われて嬉しい言葉じゃないだろ。そんなふうに思われるかもしれないが、僕にとってはとても嬉しい。
だって、こんなふうにひまりに言われたの、初めてだ。
山田さん様様だ。
持つべきものは、オシャレな友達だなぁ。
そして、はっとする。
山田さんに言われたことを思い出したのだ。




