表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

30/37

30 お誘い

 そんな山田さんの協力を得ながら、僕はデートの計画を練っていった。

 しかし、大きな問題がひとつある。

 それは、ひまりが応じてくれるかどうかだ。


 僕がどれだけ山田さんに協力してもらい、理想的なデートコースを組んだといしても、ひまりが「行く」と言ってくれなきゃ意味がない。


 デート……、という直接的な言葉はもちろん使わないが、「遊びに行こう」と誘うこと自体、かなりハードルが高い。


 買い物ならいくらでも付き合ってくれるだろうけれど、遊びに行くのとはだいぶ毛色が違う。


 兄弟や姉妹に、「ふたりでどこかに遊びに行こうよ」と言われたら、こんな言葉が出てくるのはないだろうか。


 なんで? と。


 少なくとも、僕は妹に誘われたらそう言うだろうし、ひまりの兄や姉に誘われても、「え、ふたりで?」と言ってしまうと思う。


 訝し気な反応をされることは、十分にあり得た。


 だから、今日はこんなにも緊張している。


 ひまりは今日もウチに来て、黙々と勉強をしていた。

 残暑も過ぎ去り、過ごしやすくなった日のこと。

 秋らしい気候になっていき、やがて冬に移り変わる時期。


「こーたろー。この英文って、どれを指してるの?」

「ん? あぁ。これはここの……」


 ひまりが身体を寄せて、こちらに尋ねてくる。

 彼女の制服はいつの間にか長袖になっていて、僕の腕にぺったりとくっついている。

 肌が直接触れ合わないせいか、以前より近い気がした。


 どれだけされても、女の子のやわらかな身体を押し付けられることに、慣れることはない。

 髪の香りが感じられるのもいつものことで、ただでさえ落ち着かない心臓が強く唸る。

 

 僕は平静を装って、普段どおりに教えていた。

 僕が指で教科書を指していると、ひまりはさらにぐっと身体を近付けて、その文章に顔を近付ける。

 密着されるのは、嬉しいような、困るような。


 しばらく教えると、ひまりは「ふうん」と呟いて、身体を離した。


「わかった。ありがとう」


 そのあと、再びペンを動かし始める。

 今日のひまりは、ちょっと大人しい。

 時折、窓の外をぼうっと見ていることもある。


 普段はもっと、彼氏欲しいよ~! なんて元気に騒いでいるのに。

 暑がりではあるものの、ひまりは夏が好きだ。

 好きな夏が過ぎ去ってしまったうえに、結局彼氏を作る、という目標も未達成。

 近付く秋に思うところがあるのかもしれない。


「…………」


 いや、実を言うと、ドキドキしていた部分はある。

 彼女の様子が普段と違うのは、この間の看病のせいかと。


 僕は思わず、ひまりを抱き締めてしまった。


 あのとき、ひまりは何てことないように受け流してくれたが、あとから色々思うところが出て来たんじゃないかと。


 端的に言うと、怒っているんじゃないかと。

 もしくは、気持ち悪がっている。


 しかし、それだとちょっとタイムラグがあるように思う。以前までは普段どおりの態度でうちに来ていたし。

 そもそも、怒っていたらうちには寄らないだろう。


 もしかしたら、中間テストが終わったから気が抜けたのかもしれない。

 一生懸命頑張っていたし、その反動が出た可能性はある。


 そして、だからこそ誘いやすい、というのもあった。


「ねぇひまり」

「ん-?」


 ひまりはノートに目を落としたまま、緩い返事をする。

 僕は声が上擦らないよう注意しながら、言葉を続けた。


「ひまり、この前テスト終わったじゃない?」

「終わったねえ」

「うん。それでさ、お疲れ様会……、とでも言えばいいかな。ええと、今度――、どっか遊びに行かない?」


 僕が言葉を絞り出すと、ひまりはぱっと顔を上げた。

 きょとんとして、僕を見つめている。

 その顔はとても可愛かったけれど、今はそれを楽しむ余裕はない。


 彼女はその表情のまま、驚いた声を出す。


「え。わたしとこーたろーで?」

「そう。僕とひまりで」


 ここで、「なんで?」と言われてしまったら。

 僕の心はここで折れてしまうかもしれない。

 だから、ここで止まるわけにはいかない。乗りかかった船だ。


 僕は用意していた言葉を、吐き出していく。


「いやさ。この辺って、ひまりはあんまり遊んだことないでしょ? 僕もなんだけどさ。ひとりで回っても面白くないし、どうかなって」

「あー…………」


 ひまりは気の抜けた声を出す。

 そして、呆れたような顔に変わった。

 頬杖をついて、ふっと笑う。


「友達と行けばいいのにー、って言わないほうがいい?」

「まぁ……」


 僕が答えると、ひまりはくしゃっと笑った。

 いつものひまりの表情に、少しだけ安心する。

 僕はそれで余裕ができたわけじゃないが、さらに言葉を積み重ねた。

 一番言うべき言葉を、まだ伝えていなかったのだ。


「それに、ひまりにはこの前、助けてもらったじゃない? 僕が寝込んだとき、来てくれて本当に助かったからさ。そのお礼もしたくて。前に言ってた、大人っぽい店にでも行って、ご馳走しようかと思ってるんだけど」

「あー……。そういえば、前にそんなこと言ってたねえ」

 

 ひまりは姿勢を崩して、テーブルにぺたんと顔を付ける。

 よく覚えてるねえ、と言いたげに苦笑していた。


 忘れるわけがない。

 以前、スーパーで「浩太郎は舌が子供っぽい」と言われ、僕は「じゃあ大人っぽい店に行ってみようか」と答えた。

 あのとき、彼女は「ご馳走してくれるのなら、行こっかな」と口にした。


 それはずっと、胸の中に残っていた。

 あぁお金を出せば、いっしょに行ってくれるんだ、と。


 けれど、ひまりは少し身体を引いた。

 ちょっと困ったような顔で、遠慮がちな言葉を並べる。


「でも、別にいいよ? 大したことしてないし。なんか悪いよ」

「いやいや。本当に助かったんだって。ひまりが来てくれなかったら、かなりまずかったし。すごく感謝してて、ちゃんとお礼したいんだ」


 あまり必死にならないよう注意しながら、言葉を重ねる。

 しつこくなってひまりに変に思われてもいけないし、引かれるのもまずい。

 ここはあくまで「ちょっとした出来事」くらいに思ってもらわないと、いろいろと支障が出る。


 そのせいで、誘い文句も慎重にならざるを得ない。

 結局どの口実も、決め手になるものではなかった。

 最悪、引くことも考えておかないと……。


 僕は手に汗握りながら、ひまりの動向を窺う。


「こーたろーと遊びに行く、かー……。ありそうでなかったなぁ、そういえば」


 ひまりはぼんやりと呟く。

 そうだ、僕たちが外出するのはせいぜいスーパーや駅まで。

 実家にいたときもふたりきりでどこかに行くことはなかった。

 常に、どちらかの家族が傍にいた。


 だから相応にハードルが高い。

 今までにないことだから。

 普段と違うことだから。

 その壁が、僕の前に立ち塞がっている。


 僕はひまりの返事を待つ。

 ドクドクと心臓が音を立て、握った拳は力が入りすぎていた。

 女の子をデートに誘うのは、こんなにも緊張するものなのか。

 

 しばらく針のむしろでひまりの返事を待っていたが。

 やがて、ひまりはぽつりと呟いた。


「いいよ。いこっか」

「本当? じゃあ今度、土日のどこかにでも行こうか」


 平静を装って、僕はそう答える。

 本当は飛び上がりたいほど喜びたかった。

 歓喜のあまり、踊り出したかった。


 やったーーーーーーーーーー!!!

 嬉しい!!! 

 山田さん、僕やったよー!!


 そんなふうに叫びたかった。

 だけど、兄妹相手にそんな反応をしたら、間違いなく引かれる。

 僕はあくまで、家族の延長線上としてふたりで出かけ、そこで彼女にまた違う姿を見せるべきなのだ。


 だから、心の中でやったー! と叫ぶだけに留める。

 やったー! ひまりとデートだ! 断られなくてよかった! 嬉しい! いっしょに行ける! ひまりとデートだー! やったやったー!


 まさか僕が心の中で狂喜乱舞しているとは思わないひまりは、いつもの調子で、「さ、勉強もどろーっと」とノートに視線を落とすのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 少しは気があるのかな?と思ってましたが、この反応は本格的に脈がない感じですね…
[気になる点] ひまりが、超鈍感、なのでしょうね。
[一言] やったー 一歩前進だー って感じかなぁ。 いやぁ、一途だねぇ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ