3 スーパーでお買い物
「こーたろー。なに食べたいか、決まったー?」
スカートを揺らしながら、ひまりが僕の前を歩いていた。
僕はスーパーのカゴを持って、彼女の後ろをついていく。
夕方のスーパーはそれなりに混んでいる。
生鮮食品に目を光らせるお客さんも多く、レジに何人も並んでいる。
どこかで聴いた音楽が店内に流れていて、時折、業務連絡の放送が紛れ込んでいた。
僕は店内に並ぶ商品に目を向けながら、自分の食べたいものを口にする。
「カレーが食べたいな」
「カレー? べつにいいけど、浩太郎ってカレー好きだねえ。ちょっと前に作ったばかりじゃない?」
「ひまりのカレーっておいしいからさ。しょっちゅう食べたくなるっていうか。うちのカレーの中で一番おいしいんじゃない?」
「えー、そんなに? そう言ってくれるのは嬉しいけど」
てへへ、と笑うひまりはまんざらでもなさそうだ。
そのまま、彼女は「んー、カレーかぁ~」と野菜に目を向けた。
ニンジンやジャガイモに視線が移る。
その瞬間、ひまりの眼差しが今までにないほど真剣なものになった。
玉ねぎを手に取って、じっと見つめている。
真剣に野菜を選ぶ高校生、というのもなかなかに珍しい。
制服には似つかわしくないはずなのに、ひまりは妙に堂に入っている。
その姿がまた魅力的だった。
彼女は「これだ」と呟いてから、玉ねぎの入った袋をカゴに入れる。
ちなみに僕の目は彼女からすると落第らしく、選ばせてもらえない。
ひまりは玉ねぎを入れたあと、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
「でも、こーたろーって味覚はまだまだお子様だよねえ。リクエスト聞くと子供っぽいもの多いし。カレーも甘口だしね~。おっこさま~」
ひまりは僕に指を差し、からかいの混じった声を上げる。
どういうわけか、ひまりは僕を子供扱いするときは嬉しそうだ。
その笑顔がとても眩しい。
本音を言えば、僕は辛いほうが好きだ。
本当は辛口が望ましい。
でも、ひまりは辛いものが苦手だ。
僕はそれを口に出さず、違う話を切り出す。
「それじゃあ一回、大人っぽいお店に行ってみる? ちょっとお高いフレンチとか。僕、この前のバイト代、かなり多かったし」
「あー、夏休みの? そだねー。ご馳走してくれるなら、行ってもいいかな~」
そんな他愛無い話をしながら、店内を進んでいく。
僕はせいぜいカゴを持つだけで、ひまりが商品をほいほい、と選んでくれていた。
すると。
「あれ。大村?」
声を掛けられる。
顔を向けると、大学の同期の沢田くんが立っていた。
それほど仲がいいわけじゃないが、クラスが同じで、時折言葉を交わすことがある。
顔を見たら、軽く挨拶する程度の間柄だ。
偶然見かけて、つい声を掛けてしまった、という感じだった。
「沢田くん? あ、そういえば、家この辺だって言ってたっけ」
「そうそう。スーパーで会うなんて、不思議な感じがするな。俺、普段はあんまり寄らないんだけどさ。ええと、それで……」
沢田くんは、視線を僕の隣に動かす。
今まさに、僕のカゴに商品を入れようとしていたひまり。
沢田くんは、ひまりを見て固まっている。
まぁ、大学の同期がこんなにかわいい子とスーパーに来ていれば、そうなるだろう。
明らかに僕と不釣り合いだし。
僕だって逆の立場なら、きっとびっくりする。
それだけひまりはかわいい。
そして、沢田くんに期待する。
ぜひ、言って頂きたい。
「その子は大村の彼女?」と。
恋人扱いされれば、もしかしたらひまりの意識も、ほんの少しは変わるかもしれない……!
そして、沢田くんはそっと口を開いた。
「その子は大村の――、妹さん?」
「……………………」
そうじゃない。
そうだけどそうじゃない。
僕は内心でがっくりする。
すると、ひまりが微笑みを浮かべて答えた。
「妹みたいなものです。本当は幼馴染なんですけど。いつも、うちの不甲斐ない兄がお世話になってます」
「あぁいえ、こちらこそ……」
沢田くんも女の子に慣れていないのか、ぎこちない受け答えをしている。
いくつか言葉を交わしたあと、彼とは別れた。
……ひまりの言ったことは、間違ってはいないのだけれど。
やっぱり、言葉にされると悲しいものがある……。
というか、第三者にそんなことを言われたら、より意識が強固なものになるじゃないか。
勘弁してほしい。
「やっぱり、わたしたちが並んでいると、兄妹に見えるのかなあ」
ひまりが、ぽつりと呟いた。
その顔が不満げなものになっていて、僕は驚く。
まさか。
まさかまさか。
ひまりも、兄妹に見られたくないのだろうか。
妹と言われることに、不満があるのだろうか。
妹じゃなくて、もっと別の何かに見られたい、と思っているのだろうか――。
僕がドキドキしながら続きの言葉を待っていると、ひまりは僕を見上げて自分の顔を指差した。
「わたしのほうが、お姉ちゃんっぽくない?」
「…………………………」
変な期待をした僕が悪いのだけれど。
なんともがっくり来る答えだった。
まぁいろいろ言いたいことはあるけれど、とりあえず。
僕は、ひまりの服装を指差した。
「セーラー服着てるのに、ひまりが僕のお姉ちゃんっておかしいでしょ」
「あ。そっか。そっかそっか、そういうことかぁ。そうだよねー、私服だったらわたしのほうがお姉ちゃんに見られると思うもん」
さすがにそれはないと思う。
別に童顔ってわけでもないし、順当に僕が年上に見えると思うけど。
なんというか、家族って家族相手に特有の侮り方するよな。
あれってなんなんだろう。