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29 山田さんの提案

 しばらく待つと、山田さんはふたつの皿を持って部屋に戻ってきた。

 なぜかにやにやした笑みを浮かべている。


「どうしたの?」

「や、一人暮らしの男の家で食器を選ぶなんて、なんかドキドキすんじゃん」

「へ、変なこと言わないでくれる……」


 あまり意識しないようにしていたのに。

 そもそも、自分の部屋に女の子がいるという状況がとても緊張する。

 しかも山田さんはびっくりするほど美人だ。


 大学でしか会わない、綺麗で可愛らしいギャルの山田玲央奈さん。

 そんな彼女が、僕の部屋でいろいろやっている。

 意識すると、どうしてもドギマギしてしまう。


 すると、山田さんはさらににやにやとした笑みを浮かべた。


「はぁん。ふぅん。なに。大村ったら意識する?」

「そりゃするでしょ」

「そっかー、するかー」


 わはは、と山田さんは笑う。なに笑ってんだ。


「アタシでも意識しちゃうのね、大村くんは」

「むしろ山田さんくらい綺麗な人だから、余計意識するんだけど」

「んへへ」


 身体を揺らして、だらしない笑い方をする。

 赤くなった顔で手を振った。


「ごめん、今の言わせた感ある。こう言えば美人って言ってくれるかなって」

「……」

 

 そんなことを言う。 

 この容姿でその程度の言葉で喜ぶのだから、つくづくおかしな人というか。

 喜んでもらえて何よりだけど、それはそれで僕までちょっと照れる。


 山田さんはごまかすように、桃を口の中に放り込んだ。

 おいしー、と幸せそうにしている。


 僕も同じように、桃を口に入れた。

 うん。

 おいしい。

 普段食べないからか、確かにこれはちょっと特別な感じがする。


 ふたりで桃を楽しんでいると、山田さんがおもむろにフォークを持ち上げた。

 何かを思いついたように口を開く。


「あぁそうだ。幼馴染ちゃんのことだけどさ。大村は今回、めちゃくちゃお世話になったんでしょ?」

「なったね。すごく」


 迷惑をかけまいとして、結果的に迷惑をかけまくってしまった。

 僕としては反省すべき点だが、山田さんはそこに焦点を当てる。

 ちょっと前のめりになりながら、僕の顔を覗き込む。


「前にデートに誘ってみろって言ったじゃん? 口実としてはちょうどよくない? 前にお世話になったから、ご飯でもご馳走するよ、的な」


 なるほど、と手を打ちたくなった。

 山田さんに言われ、ひまりをデートに誘いたい、とは思った。

 けれど、誘い方を迷っていた。

 口実がない、とでも言おうか。


 僕が急にひまりに、「デートしない?」と言っても、冗談だと思われるのがオチだろう。

 いや、いっしょにどこかへ行けるのならば、別に冗談と思われても構わないのだけれど。

 ちゃんとした理由があるのなら、それに越したことはない。



「そっか。お詫びにってことなら、誘いやすいもんね」

「詫びって言うと相手がちょっと引いちゃうかもだろ。そこは素直にお礼でいいでしょ」


 山田さんは呆れてしまう。

 こういうところが、僕はダメなのかもしれない。


 山田さんの言うとおり、「この前のお礼に、おいしいご飯でもご馳走するよ」なんて言えば、普段とはまた違う空気になるはずだ。

 ふたりでどこかに食べに行く、ということ自体が珍しいし。

 それに誘いやすい。

 口実としては、これ以上ないくらいだ。

 山田さんに尊敬の拍手を送りたくなる。


「いや、さすが山田さん。実は、どうやって誘ったものかとずっと悩んでいたんだ。それ、すごくいいと思う」

「でしょ。まぁアタシに任せたまえよ」


 山田さんはふふん、と胸を張る。

 やっぱり山田さんは頼りになる。


 そんな彼女に、僕はさらに頼ることにした。

 問題はまだまだ山積みだからだ。


「それで、山田さん。相談になるんだけどさ。デートって、どうすればいいと思う? どこ行けばいいか、とか何すればいいか、とか。全然想像もつかなくてさ」


 何せ、経験がない。

 昔から好きな女の子はひまりだったし、ひまりはあの調子だし。

 普通の男女は、どんなところへ行くのが「デート」と呼ばれるのだろう。


 僕が尋ねると、胸を張っていた山田さんが固まる。

 途端に怪訝な表情になり、猫背になってしまった。


「わからん。デートなんてしたことないし」


 山田さんがそういう発言をするたび、意外に思ってしまう。

 山田さんは美人で話しやすい人だが、女子高育ちなために今まで出会いがなかったそうだ。

 そのあたり、ひまりと似ている。


 しかし、そういう経験がなくとも、山田さんは女の子なわけで。


「僕だってデートなんてしたことないけど。山田さんは女の子だから、どこ連れてってもらえると嬉しい、とかない? ここだったら遊びに行きたい、とか」

「えぇー……? 男と行くんでしょ? わっかんねー……」


 山田さんは腕を組んで、両目を瞑ってしまった。

 首を傾げたまま、絞り出すように言う。


「まー、でも、妹みたいな子と行くんでしょ? ショッピングとか、映画行けば? それだったら肩肘はらんでしょ。昼間は遊んで、夜はちょっと大人っぽい店でディナー。どう?」

「おお……、それっぽい……、ような……気がする……」

「アタシら、正解がわからないのがよくねーな」


 顔を突き合わせて苦笑してしまう。

 それっぽい、とは思っても、「それだ!」と言えないのが悲しいところだ。


「あんまり気合入れてデートコース組んでも、引かれちゃうだろうしさ。ちょっと遊んで、夜ご飯食べようよ、お礼したいからー、くらいでいいと思うよ。接し方を何もかも変える必要はないんだし」

「それは……、そうだね……」


 ひまりをデートに誘うにあたって、慣れないデートコースなんて調べてもみた。

 ネットでおすすめスポットを検索してみたり。


 しかし、出て来たものはなんだか違う、というか。


 夜景を見に行ったり、ドライブをしたり。

 温泉宿なんて泊まったり。

 そんな大人っぽくて、まさしくデート! と言えるようなものはいくらでもあった。


 でももちろん、いきなりそんなところに誘えるわけがない。


 予算的に厳しい、というのもあるけれど、僕らが行く場所としては不釣り合いだ。

 それこそ冗談だと思われるか、実際に行っても微妙な空気になってしまうんじゃないだろうか。

 兄妹の行く場所ではない。


 それなら山田さんが言うような、友人や家族の延長で行く場所のほうがいい気がする。

 だから、彼女の提案は非常に魅力的ではあるものの……。


「それでも、ちょっと不安だな……。ショッピング……か……。ご飯もちゃんと選ばないとなぁ……」


 いくら気楽なデートコースと言えど、失敗はしたくない。

 ひまりには頼れるところを見せたい。


 というか、家族とちょっと変わったところに出かけてみました、じゃわざわざデートに行く意味がないのだ。

 ほどほどに意識してもらうためにも、きちんと計画を練らないと。


 すると、山田さんがふふんと笑って、僕に顔を近付けてきた。

 可愛らしく、自分の顔を指差している。


「そういうことなら、アタシがデートコースの下見に付き合おうか。これでも一応女だし、感想くらいなら言ってあげられるよ」

「え、本当に? いいの?」

「いいよいいよ。アタシも遊びたいし」


 なんと心強い。

 女性視点から意見をもらえるのなら、こんなにありがたいことはない。

 無邪気な笑みを浮かべる山田さんに、僕は頭を下げる。


「ありがとう。じゃあ、ぜひいっしょに行ってほしいな」

「おっけー、おっけー。ご飯くらい奢ってね」

「それはもちろん」

「甲斐性あるえね。あ、でも、アタシのは安いのでいいから。ファミレスでもらーめんでもね」


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