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26 浮かぶ熱

 暗い部屋の中で、僕はひまりの息遣いを感じた。

 彼女の背中に腕を回し、頭を肩に付けて、全身で彼女を感じていた。

 熱い。

 ひまりの熱を、息を、身体の柔らかさを、感じる。

 肩に顔を寄せると、髪が鼻をくすぐった。


 理性がどうにかなりそうだった。

 いや、もうどうにかなっているのかもしれない。


「こーたろー……」


 耳元で、ひまりの声が聞こえた。

 怒っただろうか。

 戸惑っただろうか。


 彼女がどう思ったか、僕にはわからない。

 けれど、熱に浮かされるように彼女をそばに抱き寄せていた。


 心地よかった。

 彼女の身体も、匂いも、熱も感じ取れて。

 大好きな女の子を抱き締めて。

 これほどまでに、幸福を感じる瞬間なんて、ないと思う。


 僕はやっぱり、ひまりが好きだった。

 家族としてじゃなく、ひとりの女の子で。



「――――――――――――――ぁ」


 しかし、すぐに我に返る。


 なんてことをしてしまったんだ。


 これだけは、絶対にやっちゃいけないのに。

 信頼で成り立っているこの関係を、自分から壊しにいく行為だ。

 サーッと青褪め、僕はすぐにひまりから身体を離した。


「ご、ごめん」


 弁明するべきなのに、弁解するべきなのに、僕はそれだけしか言えなかった。

 頭が真っ白になって、何も言えない。


 自分の欲望のままに行動してしまったことが、ショックだったし、ひまりにも申し訳なかった。


 ひまりには僕の気持ちに気付いてほしい、と思っている。

 だけど、今じゃない。

 こんな形じゃない。


 今の関係のまま、僕の気持ちを知ってもひまりは受け入れらない。


 だから、何かしら言うべきなのに。

 僕はひまりの肩を掴んだまま、何も言えなかった。


 ひまりは僕の顔をじぃっと見ている。

 黙って、無表情のまま、僕を見つめている。

 その瞳の奥に、どんな感情があるのか。

 僕にはわからない。


 次に、彼女からどんな言葉が飛び出すのか。


 判決を待つ罪人のようだ。

 さっき十分に水分を摂ったはずなのに、もう喉が渇いている。


 ――しかしそこで。

 ひまりは予想外の行動に出た。



「――ぁ。ひ、ひまり……?」


 再び、やわらかなひまりの身体が密着する。

 温かな彼女の体温が流れ込んでくる。


 今度はひまりのほうが、僕のことを抱きしめたのだ。


 あまりのことに、頭がついていかない。

 熱に浮かされた頭が、さらに温度が上がる。

 沸騰するほどに熱くなる。


 そして、ひまりは耳元でこう囁いた。


「……よしよし。そんなに心細かったんだねえ。わかるよー、風邪引いちゃってひとりだと、そうもなるよねー……」


 そんな、まるで子供をあやすような優しい口調が聞こえてきた。

 ついでに、背中をぽんぽんとされる。


 昔、小さな頃に母親にされたことを思い出した。

 沸騰していた頭が、冷や水をかけられたかのように、さっと冷える。


 ……明らかに、温度感が違う。

 

 残酷な現実が突き付けられるだけとわかりつつも、僕は口を開いた。


「えぇと、ひまり……、怒ってない?」

「怒る? なんで? いやー、わかるよ。こういうとき、人恋しくなるもんねえ。わたしも一回、熱出したときにお母さんに抱き着いたことあったなー。なんかこう、すっごく寂しくなっちゃうよね」


 そんなことを、なんてことはないように言われる。

 僕はひまりのことが、あまりに愛しくて抱きしめてしまったとというのに。


 ひまりの中では、僕がただ人恋しく、寂しくて触れたのだと思われているのだ……。

 子供が母親にするような行為だと……。

 しかもそのひまりのエピソード、多分ひまりがすごく小さい頃の話じゃないの……?



 僕の起こした過ちが、大事にならずに済んで安心はした。

 何なら、今後一切、ひまりがうちに寄らなくなる可能性がある行為だったから。

 それだけは避けたかったから、安堵はしたけれど――、その反面、反動も大きい。


 僕はここまでしても、彼女に何とも思ってもらえないのか……?

 これもしかして、キスを迫ろうが、押し倒そうが、本気で受け取ってもらえないんじゃないの……?

 さっきとは違う意味で、頭がぐわんぐわんしてくる……。


「ん」


 しかし、抱き着いたままのひまりが、声を上げた。

 なぜか僕の背中を何度か擦ってから、身体を離す。

 僕の顔を見て、意外そうに呟いた。


「浩太郎、背中大きくなったねえ。もっと細っこいと思っていたのに」


「……一応、僕も男だからね」


「やー、なんかこーたろーってずっと子供なイメージがあって」


「来年、成人するんだけどね……」



 僕が疲れた様子で受け答えすると、ひまりは笑いながら僕から離れた。

 そっかそっか、と繰り返して、僕に背中を向けてしまう。

 僕はそっと息を吐いて、今度こそ横になった。


 ひまりと密着した余韻は残っているし、正直嬉しかったけれど、それでも別の感情がそれを洗い流してしまう。

 罪悪感も強い。

 ごめん、と彼女の背中に心の中で謝った。


 でも、大事故にならなかっただけ、よかったと思うべきだ。 

 関係が悪いほうに転がらなくて、よかった。


 興奮も落胆も冷めていないので、眠るのに時間がかかるかと思ったが、僕はすんなりと眠りに落ちていった。


 その中で、遠くのほうでひまりの「そっかー……」という声だけが静かに響いていた。



 そして、ひまりは何事もなく同じ時間に帰っていった。

 送る、と言ったら、「寝てなさい」と怒られたけれど。


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