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24 風邪引きさんと幼馴染

「あ。起きた」


 ぼんやりした視界の中で、僕は幻を見たんじゃないか、と思った。

 暗い部屋の中、変わらない熱に侵された身体。


 けれど、ベッドのそばに座るひまりがいた。

 普段どおりの可愛らしい顔で、ふわっとした髪で、見慣れたセーラー服で。


 彼女は僕をジトっとした目で、見つめていた。 


「やっぱり寝込んでた。おかしいと思ってたんだよね。こーたろーのことだから、どうせこんなことだろうとは思ってたけど」


 呆れた声で続けたあと、ことさら大きなため息を吐く。


 目の前にいるひまりは、夢でもなんでもないらしい。

 本当に、彼女は目の前にいるのだ。



「ひまり……、なんで……?」

「寝込んでると思ったから、来てあげたの。なんで素直に助けて、って言えないかなー。ほら、とにかく水分」


 ひまりがコップにスポーツドリンクを注ぐ。

 それを僕に手渡してくれた。

 僕は何も答えずに、それを喉の奥に流し込む。


 常温のそれは、普段なら大して美味しくもなかっただろう。

 だけど、まるで数日ぶりに水分を摂ったかのように身体に染み渡っていった。


「薬は何かお腹に入れてからね。食欲ある? ゼリーとか、いろいろ買ってあるけど。リンゴならどう? すってあげようか」


 

 久しぶりに聞くひまりの声は心地よく、心が落ち着くのを感じる。

 その申し出は大変ありがたい。 


 何より、彼女がそばにいてくれることが嬉しくてたまらない。


 とはいえ、それよりも心配なことがある。


「ありがとう……。でも、もう十分だよ……。うつすといけないから、もう帰りな……」


 そのためにひまりを遠ざけたのだ。

 これで彼女に風邪がうつってしまえば、元も子もない。


 しかし、ひまりはさらにジトッとした目を僕に向ける、

 それどころか、ぱちん、と頭を叩いてきた。


「いたっ……」


「ばか。ばかばかばか。こーたろーのばか。人の心配をしている暇があるなら、まず自分のことをちゃんとする! そんな人にほかの人を心配する権利ないからね!」


「でも」


「でもじゃない。大人しく看病される! じゃなきゃ、おばさんに言って、家に連れ戻してもらうからね」


 ひまりは本気で怒っているようで、僕を睨みつけている。

 冗談ではなく、本当に連れ戻さんばかりの勢いだ。


 ……そもそも、ひまりはとても心配性だ。

 僕が一人暮らしをする前もあとも、散々あれだけ言ってきた子だ。


 本気で心配されていることをようやく自覚し、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


 そして同時に、どうしようもなく嬉しくなってしまった。

 ダメだとわかっているのに、やっぱり抑えられない。


 だって、好きな子にこれだけ心配されるのだ。

 それはやっぱり、嬉しいだろう。


 そんなことを、ぼんやりした頭で考える。

 頭の中に薄い靄が掛かっている。

 熱が出ているのだから当然だ。

 思考も本調子ではない。


「ごめん、ひまり……。お世話になっていい……?」


 僕がその言葉を絞り出すと、ようやくひまりが力を抜いた。

 ふっと息を吐き、しょうがないな、という顔で笑う。


「ん。わかった。お世話するから。とりあえず、何か胃に入れよう。りんごは? 食べられそう?」


「たぶん……」


「はい。じゃあ、りんごすってくるから、着替えておいてね。汗だくじゃん、そのパジャマ」


 ひまりは言うや否や、さっさか部屋着を持ってきてくれて、おまけに蒸しタオルまで用意してくれた。

 身体を拭いて、着替えろ、ということらしい。


 その間に、ひまりはキッチンに立つ。

 僕がのろのろと身体を拭き、パジャマに着替える最中、ひまりの足音や物を取り出す音が聞こえてくる。

 ここ最近、ずっと自分の咳の音しか聞いていなかった。


 人の気配って、こんなにも安心するんだな……、と思いながら、僕は新しいパジャマに袖を通す。

 ひまりの言うとおり、パジャマは汗だくだった。


 身体を拭いて、パジャマを着替えるだけでもかなりスッキリした。

 それ以上に安心感で、心が満たされていた。

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