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23 風邪を引いて

 と、山田さんとそんな話をした数日後。

 僕は山田さんの言うとおり、本気でひまりをデートに誘うことを考えていたのだけれど。


 それを実行に移す前に、ちょっとした問題が起きた。


「げほ……」


 暗い部屋の中、僕の咳の音が浮かんでは消える。

 痰の絡んだ、いかにも痛々しい咳だった。


 自分が咳をするたび胸と喉が痛み、その音に気が滅入る。 

 身体が重いのに、咳が出ると強制的に全身が動く。それがまた苦痛だった。

 頭はずっとぼうっとしていて、脳が熱いお湯に浸かっているかのようだ。


「デートどころじゃないな、これは……」


 うー、と唸る。

 僕は寝込んでしまっていた。


 おそらくだが、以前の大雨が原因だと思う。

 雨に濡れて帰ってきたときに、どうも風邪を引いてしまったらしい。

 そのときから、調子が悪かったのだ。

 ちょっとした風邪をこじらせて、今回、寝込むまでに至ってしまった。


「ひまりは元気だったのになぁ……、情けない……」


 ひまりはあれだけずぶ濡れになっても、あのあともピンピンしていたというのに。

 僕はと言えば、少し雨に濡れただけで、ここまでグロッキーになっている。


「参ったな……」


 思った以上に、しんどい。

 一人暮らしで熱を出すことが、こんなにもキツイとは思わなかった。


 大学も休んで、既に寝込んで三日目。


 冷蔵庫の食べ物は尽き始め、薬はそもそも買うのを忘れていた。

 飲み物も心許ない。

 元々備蓄をしていないせいで、こんなときに頼れるものがない。


 買い物に行かなければ。

 栄養を取って、薬を飲んで、そうして温かくして眠るべきだ。

 そうでないと、治るものも治らない。


 そう思うものの、身体が動かなかった。

 今から着替えて、外に出て、買い物に行け、と?


「冗談だろ……」


 考えるだけでクラクラしてくる。

 これが実家だったら、ぜんぜん問題ないのに。

 食べ物も飲み物も何かしらあるし、薬だって常備してある。


 なかったら、家族に「ちょっと買ってきて」と言うだけでいい。

 特にうちは、ひまりの家族もいるのでだれにでも頼めた。


 だけど、今はひとり。


「ひまり……」


 苦しくて、思わず彼女の名を呼ぶ。

 ひまりには、「風邪を引いたから治るまで来ないでね」と連絡してある。


 正直に話せば間違いなく心配されるので、「ちょっと風邪気味なだけなんだけど、うつすといけないから念のために」とごまかして。

 時折、ひまりからはメッセージが届くが、それにはきちんと返信してある。

 なので、僕がこんなふうにうんうん唸っているとは夢にも思わないだろう。


 だから、ひとり。


 心細かった。

 ひまりに会いたかった。

 彼女に風邪がうつってしまう、とかそんなこと考えず、来てくれ、会いたい、と言ってしまいたかった。

 

 それは、この状況をなんとかしてほしい、というよりは。

 単にひまりが恋しくて仕方がなかったのだ。


「風邪を引くと、弱気になるって本当だな……」


 辛い身体で苦笑してしまう。

 笑っている場合じゃないっていうのに。


 仕方ないから、眠るしかない。

 眠って目が覚めたとき、多少は身体が楽になることを祈って。

 買い物に行けるくらいには回復していてくれ、と思って眠り、起きたときに落胆する。


 そんなことを、ずっと繰り返していた。


 本当に、いつまで続くんだろうか――。


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