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22 大学の同期の山田さん

「……というわけで。意識してもらえない異性に、どうやったら意識してもらえるようになると思う?」


「…………。いや、それだいぶ厳しくない? 諦めたら?」


「そうしないために頑張ってるんだけど。前提から覆すのやめて」



 昼休みの、大学構内にある学食。

 僕らはいつものテーブルで、昼食をともにしている。

 うちに学食はふたつあるが、人気がないほうの学食を僕たちは好んで利用していた。


 もうひとつの学食のほうが建物も新しいし、メニューも豊富だけど、人が多いだけあってどうしても騒がしくなる。


 それよりは、落ち着いて食べられるほうが嬉しい。

 賑やかなのも得意ではない。


 この話をしたらきっと、ひまりには「浩太郎っぽい!」とけらけら笑われるんだろうけど。


 人気の少ない学食の、さらに端のほう。

 ここで昼ご飯を取るのが、僕らの日課になりつつあった。



「つっても、そこまでしても意識されないんでしょ? 完全に男として見られてないじゃん。アタシからすると、脈なしなんじゃねーの、としか言えないけどねー」


 ズルズルとうどんをすすったあと、彼女は七味を豪快に振りかける。

 気だるげな声ではあるものの、きちんと相談に乗ってくれる彼女の名前は、山田さん。


 山田玲央奈さん。


 整えられたメイクにキラキラしたネイルアート、可愛らしいピアスを身に着け、服装も相応に派手だ。

 下は短いデニムパンツに、上はパープルのパーカー。

 長い金色の髪を後ろで括り、黒いキャップをかぶっている。

 

 まさしくギャルと言った風貌だ。

 かなり派手な格好ではあるけれど、とてもよく似合っている。


 顔の作りが元々綺麗なんだろうけど、そこにメイクで上乗せしているから物凄い美人になっている。

 切れ長の瞳に長いまつ毛、通った鼻筋、艶のある唇。

 顔のパーツひとつひとつが輝きを放ち、それが相乗効果を生み出すものだから、もう手がつけられない。


 美人すぎて近寄りがたい。

 あと怖そう。

 そんな印象であまり人を寄せ付けないのが彼女、山田さんだ。



 女性と話すのが得意ではない僕が、なぜギャルでかつ超美人な山田さんといっしょにご飯を食べているか。

 話は簡単で、彼女もあまり友達がいないのだ。


「やー。うちの大学って結構偏差値高めじゃん? 真面目な奴多いから、アタシみたいなのは、まー、浮く浮く」


 そんなことを笑いながら言っていた。

 僕が彼女と話すようになったきっかけは大したことではなく、クラスで隣になった彼女に「消しゴム貸してくんない?」と頼まれてから、なんとなくいっしょにいるようになった。



 ふたりともサークルに入っておらず、特に仲のいい友達もいない。

 ひとりで昼ご飯を食べるのが苦痛だったので、いつの間にかお昼ご飯をともにするようになった……、と言った感じだ。



 そして今、僕は恋愛相談……、らしきものをしている。

 大して旨くもないらーめんをすすったあと、僕は彼女に質問を重ねた。



「今脈なしなのは、わかってるんだけどさ。山田さんに訊きたいのは、女子はそこからどうやったら脈ありになるの? ってことで」


 僕が尋ねると、山田さんは難しい顔をする。

 煌びやかなネイルを見つめながら、首を傾げた。


「えぇー……? わっかんないけどさ。最初に『ない』って判断されたら、そっから『アリ』に転じることって、アタシはあんまりないと思うんだけど」


「え、そうなの? そんな判定シビアなの?」


 あまりに夢のない話に、僕は目を丸くする。

 それは残酷すぎやしないか。

 

 すると、山田さんは慌てたように付け足した。


「いや、アタシもわっかんないよ? でも連れはそんなこと言ってた気がするんだよなー……。や、わかんね。そいつ、割と好み特殊だったし」


 腕を組んで、うーん、と唸ってしまう。

 端正な顔立ちが悩んだ表情に変わり、金色の髪がわずかに揺れた。

 僕が尋ねたいことがズレている気がして、僕は改めて問う。


「山田さんとしてはどうなの? そういうふうに心情が変化したことはない?」


 僕としては、周りの話より、本人の気持ちを聴いてみたかった。

 しかし、山田さんは目をぱちくりとする。

 手を軽く振りながら、苦笑いしてみせた。


「だーから。わっかんないんだって。アタシも女子高だから、恋愛するどころか男が周りにいなかったしさ。男見つけるより、友達とバカやってるほうが楽しかったし」


 僕はそれがとても意外だったので、思ったままを言葉にする。


「えー、意外。そうなんだ」


 僕の返事に、山田さんの目つきが細くなる。

 頬杖をついて、唇の端を吊り上げた。


「遊んでそうに見えた? まぁこういうカッコしてっからね。そう思われるのは覚悟してるけどさ。でもそういうのは――」


「いや、そうじゃなくて。あぁでも、見た目のことかな? 山田さんって美人だからさ、そういう経験も豊富なのかなって。話しやすいし。女心、すごくわかってそうと思って相談したわけだから」


 だからこそ頼った、というのもある。

 僕は思ったことをそのまま伝えただけだが、山田さんはきょとんとした顔になった。

 そして、顔を赤くしながら、こちらを睨みつける。


「やめてくれよー、そういうこと言うの。耐性ないんだから。照れるっつーの」



 ぶつくさ言いながら山田さんはキャップを深くかぶり、そっぽを向いてしまう。

 それこそ意外な反応というか。

 山田さんなら二万回は言われてそうな言葉だからだ。 


 山田さんに美人と言うのは、背が高い人に「背が高いですね」と言うようなものというか。

 あまりにも当然すぎて、僕もするりと口にできたわけで。


 普段ならこんなこと、女の人に言えない。


 そこで山田さんは、ふっと気が付いたように顔を上げた。

 

「あぁ、そういうの言えばいいじゃない? 『綺麗になったなー』みたいな。容姿褒められて、アタシは嬉しかったけど」


「山田さんって、お兄さんいるんじゃなかった?」


「いるけど?」


「そのお兄さんに、『お前、美人になったよな』って言われたら、どう思う?」


「『きんも』って言う」


「どう思う? って訊いたのに罵声浴びせないでよ」


 山田さんは、そういうことかぁ、と腕を組む。

 呆れたような顔で笑った。


「なるほどなぁ。それくらい、溝が深いのか。いや、逆に溝がないのが問題なのかな? アタシが思ってたより、難題かもね、こりゃ」


「そうなんだよ……」


 さっきのたとえは、大袈裟なものではない。

 ひまりには、僕は兄か弟にしか見えていない。

 いや、九割くらい弟で、残り一割が兄、くらいだろう。


 意識されるためにも、その感覚を取っ払わなければならない。

 そのために、ほかの女性の意見を聴きたかったわけだ。


 山田さんは再び頬杖をつく。

 綺麗なネイルが光って見えた。


「そういうことなら、やっぱ普段と違う姿を見せるべきじゃない? その子が知っているのは、平常の大村だけなんだろうし。いっしょに外に出てみれば?」


「外? スーパーとかはいっしょに行くし、毎日、駅までは送るよ?」


 僕が答えると、山田さんは苦笑する。


「それは、家族としての行動じゃん。家にいるのとあんま変わんねー。それこそ、デートにでも誘ってみれば? 普段と違う、男としての大村を見れば、その子の認識も変わるかも」


「デート、か……」

 

 それは考えたことがなかった。

 もちろん、買い物には行くし、スーパー以外にもひまりと行ったことがあるけれど。


 ふたりで遊びに行く、ということは、したことがないかもしれない。


 だって、兄妹だけで遊びに行くなんてなかなかないことだし。

 だからこそ、そういうことをすることで、ひまりの意識が兄妹から離れてくれるかもしれない。


 いい意見をもらった。

 やっぱり、山田さんは頼りになる。


「ありがとう、山田さん。すごく参考になった。試してみようと思う」


「いーえ。もし上手くいったら、なんか奢って」


「それはもちろん」


 もしこれで上手くいくのなら、山田さんにはいくら感謝しても足りない。

 期待してるよ、と山田さんは笑っていた。

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