21 いっしょに寝る?
……せっかく話がまとまったのに、そんな爆弾を落とさないでほしい。
いやそりゃ、僕も思ったよ。
多分、無理をすればふたりでも横になれる。
だけどいくら何でも、目の前にひまりの身体と顔があって、そのまま眠れるとは思えない……。
いくら僕でも、間違いを犯してしまう可能性はあるだけで……。
そんな可能性のある道を、自ら提示しないでほしい。
僕はその言葉に無関心を装いながら、タオルケットを持ち出す。
「いくら何でも狭いでしょ。ひまり、寝相悪いし」
「そりゃそうだけどぉ。大丈夫だよ、落としたりしないし」
そんなことを言いながら、ひまりはベッドに横になる。
いっぱいまで端に寄って、布団をぺんぺんと叩いた。
「ほら。浩太郎ならいっしょに寝られるよ。ちゃんとスペ―スあるでしょ?」
「……………………」
心がぐらりと揺れる。
僕の部屋着を着て、ベッドで横になるひまり。
ぽんぽん、とこっちに来るよう促すひまり。
僕は彼女といっしょに眠るのを許されている。
きっと身体が触れ合う距離で、眠ることになる。
腕や足がひまりの白い肌に当たり、寝息は耳のそばでそよぐ。
少し顔を傾ければ、可愛らしく眠る彼女の顔がある。
髪に触れることも容易で。
身体のどこに触れても、眠りの深い彼女はきっと起きなくて。
ひまりのやわらかな身体を抱き締めたとしても、彼女は起きないかもしれない。
彼女の香りに包まれ、顔を胸に埋めて眠ることさえできてしまう。
……もし、起きてしまったとしても。
いっしょに寝よう、と言い出したのはひまりだ。
戸惑いの顔で僕を見る、その目さえも、すぐそばで。
抱き締めたまま、彼女の唇を奪うことだって、難しくない。
そんな妄想が一気に脳に流れ込んできて、頭を振りたい衝動に駆られる。
ダメすぎる。
理性を保てる自信がない。
いっしょに寝て、何もしない保証がない。
そうなるわけにはいかない。
僕は自分の欲望を彼女にぶつけたいわけではない。
受け入れられたいのだ。
その道を誤ってはいけない。
「だからいいって。狭いところでぎゅうぎゅうになって眠るくらいなら、床のほうが僕はいいよ」
そんな出まかせを言って、僕は床にごろんと横になる。
ひまりはそんな僕を見て唇を尖らせたが、そのままの姿勢で力を抜いた。
「入りたくなったら、いつでも入ってきていいからねー」
そんな言葉に返事をせず、僕はリモコンで部屋の照明を落とした。
部屋は暗くなるが、窓の外からはわずかな光が差し込む。
ベッドに横になったひまりが、穏やかな声でこう言った。
「おやすみ、こーたろー」
「おやすみ」
僕が返事をすると、ひまりは両目を瞑る。
窓の外では、未だ雨が音を立て続けている。
僕が暗闇に目を向けていると、雨音に寝息が重なってきた。
ひまりを見ると、もう眠りに落ちている。
「相変わらず、寝つきの良い……」
そんな姿を見て、苦笑してしまう。
すぐそばに歳の変わらない男がいるっていうのに。
無防備な寝顔を晒している。
僕は思わず、ため息を吐いた。
以前、ひまりが僕のそばで居眠りをしているのを見て、「このままではいけない」と家を出たけれど。
今もひまりは、僕の目の前でスヤスヤと眠っている。
本当に安心しきった顔で。
状況としては、前よりむしろ悪いんじゃないか、とさえ思う。
それでも、家を出たのは間違いじゃないと信じたい。
前進している、とは言い切れないが、変化したことはいっぱいある。
ひまりが今まで見せなかった表情も見られた。
家にいたままじゃ経験できないこともたくさんあった。
また違う関係性を築くことができた。
今日だって、部屋にふたりでお泊まりなんて、以前なら起こりえないことだ。
その変化は、きっと何かに繋がっていく。
僕はそう信じて、目を瞑った。
すぐそばに好きな女の子が眠っている。
その状況は緊張を呼び、果たして僕は眠れるんだろうか、と心配になったものだが。
案外早く、僕は眠りに落ちていった。
「……ん」
トントントン、という小気味いい音につられて、目を覚ました。
外からは陽の光が入ってきていて、眩しさを覚える。
普段と違う光景に戸惑うが、身体の痛みで思い出した。
昨日はひまりにベッドを譲って、床で眠っていたんだ。
そのせいで身体が痛い。
ベッドを見ると、既にひまりの姿はなかった。
窓の外は明るく、鳥の声まで聞こえてくる。
雨はあがったようだ。
台所に目を向けると、部屋着にエプロン姿のひまりが包丁で何かを刻んでいた。
鼻歌もいっしょに聞こえてくる。
すん、と感じるのは味噌汁の匂い。
どうやら、今日はおいしい朝ご飯にありつけそうだ。
ちゃんとした朝ご飯を食べるなんて、いつぶりだろう。
幸福を感じながら、僕は痛む身体を起こした。
「ひまり、おはよう」
「あ。おはよー、こーたろー。よく眠れた? ……わけないか。わたしは浩太郎のおかげでよく眠れたよ。ありがとね」
振り返った彼女は、そう言って笑顔になる。
こんなふうに朝の挨拶をするのも、久しぶりだ。
それはひまりも感じたのか、くすくすと笑う。
なんか、変な感じだね、と。
笑う彼女が、とても眩しく見えた。




