表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/37

20 一式の寝具

 別にやることもないので、なんとなくふたりでテレビを観て。

 なんとなく笑って。

 時折、会話を交わすくらい。


 思い返すと、何をしていたわけでもないけれど、穏やかで心地よい時間だった。


 僕の隣で、ひまりが気の抜けた様子でテレビを観て笑っている。

 すぐ隣で、すぐそばで。

 手を伸ばせば、触れられる距離で。


 僕もそれを感じながら、同じように笑う。

 

 僕にとっては、それだけで幸せな時間だった。


 ひまりがお風呂に入るときは、やはり緊張したけれど、今日は先にシャワーも浴びていた。既に部屋着も見ている。昼間ほどはドギマギせずに済んだ。


 あとはもう、寝る用意をするだけ。

 新品の歯ブラシをひまりに渡して、ふたりで洗面台の前で歯を磨く。

 小さな洗面台だから、ふたり並ぶと狭く感じた。


「あー。こーたろー、もうちょっと時間かけて磨きなって。ちゃんと歯の奥まで磨いた~?」

「磨いたって。ひまりこそ、時間かけすぎじゃない? 歯が削れてなくなっちゃうよ」


 鏡の前でそんな話をしながら、肩で押し合う。

 あぁ彼女は本当にウチに泊まっていくだな、と実感する瞬間だった。


 有り体に言って、幸せだった。

 こんな日を、恋人同士で遅れたらどんなにいいか――。


 

 と、思う程度には、僕は問題から目を逸らしていた。


 ひまりが泊まっていくうえで、ひとつ問題がある。

 それは、僕らが恋人同士だったら問題なかったんだろうけど、そうじゃないからこうして浮上した。


 歯磨きも終えて、やることもないのでそろそろ眠ろうか、という話になった際。



「浩太郎の部屋って、お客さん用のお布団とかある?」



 ひまりがそう尋ねたのだ。

 そして、すぐに、バカにしたような顔に変わる。


「いや、聞くまでもないよね。こーたろー、大学にあんまり友達いないみたいだし」


「失礼な……。そりゃないけどさ……」


 友達はいないわけではないが、確かに部屋に来るほどの友人はいない。

 家族特有の侮りが入っているとはいえ、ひまりの言うとおり。


 必要になる機会がないので、布団は用意していない。


 つまり、今、この部屋に寝具は一式。

 眠る人はふたり。

 

 さぁ難題だ。


 ワンルームでふたり立ち尽くし、ベッドを見つめる。

 さて、どうするか。

 


 なんて。

 考える必要があるとも言えなかった。


「ひまり。ベッド使いなよ。僕は床で寝るから」


 夜は暑くもなく、寒くもなく、ちょうどいい気温だった。

 雨で普段より気温は低いが、タオルケットでもあれば問題ない。


 僕が床で、ひまりはベッド。

 これは、ひまりが「そう? ありがと~」と言えば、終わる話だった。

 しかし、意外にもひまりは食い下がる。


「え。いいよ。わたしが床で寝るよ。こーたろーがベッド使いなよ。家主なんだから」

「……何言ってんの。いいよ」


 ひまりの言葉が、一応の遠慮じゃないことに驚く。

 彼女は本気で床で寝る、と主張している。


 当然、ひまりを床に眠らせて自分がベッドで眠るなんて、できるわけがない。

 しかし、ひまりはなおも「いいって!」と声の温度を上げた。


「こーたろー、床で寝たら絶対風邪ひくじゃん! ダメだよ! ただでさえ細いんだから! 長引くよ!」



 ……どうやら、ひまりは僕のことを心配して言っているらしい。

 それこそ、弟相手にするかのように。

 虚弱な弟を床に寝かせて、お姉ちゃんがベッドで眠るなんて、できません! と。

 そう言いたいわけだ。


 ほとんど僕と同じ目線でモノを言っているわけである……。

 それに僕は軽くめまいを感じながらも、はっきりと言う。


「……ひまりは女の子なんだから。女の子を床で眠らせられないでしょ」


「女の子って! こーたろー、わたしを女の子扱いしてくれるの?」


 わはは、と豪快にひまりは笑う。

 ツボに入ったようで、腹を抱えていた。

 いや笑うところじゃないんだけど。

 なに笑ってんだ。


 ていうか、そんなことさえも本気にしてもらえないの?


「……じゃあ、言い方変えるよ。かわいい妹を、お兄ちゃんとしては床で眠らせることはできません」


 仕方なくそう言うと、ひまりは再びけらけら笑う。

 かわいい妹、お兄ちゃんというワードがおかしかったらしい。


 まぁそこは茶化してしまった部分はあるものの、本当の気持ちではある。


 それはひまりにも伝わったらしい。

 しばらく彼女は笑い続けていたが、やがてやさしい表情に変わった。

 穏やかに微笑みながら、僕を見上げる。


「うん。そういうことなら、お言葉に甘えようかな。ありがとうね、お兄ちゃん」


 僕の腕をぽんぽんと叩きながら、やさしい目で僕を見ていた。

 できればそこは、お兄ちゃんじゃなく、ひとりの男として受け取ってほしかったけれど。


 まぁこれでひまりが床で寝ずに済むのなら、それに越したことはない。


 ひまりは素直にベッドに近付いたが、そこで首を傾げた。



「ねぇ、浩太郎。別に床で寝なくても、これならふたりでも眠れそうじゃない?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ