15 もしも彼女ができたら
……少しだけ、罪悪感が湧く。
ひまりを紹介する相手も、学祭に誘う相手も、いないわけではない。
僕さえ割り切って紹介すれば、ひまりは恋人なんていとも簡単に作れる。
本当にひまりのことを思うのなら、彼女にとって良い人を連れていくほうがいいのかもしれない。
それならひまりが変な男に引っかかる可能性も減らせるわけだし……。
なんて思いながらも、僕は実行には移さないけども。
さすがにそこまで、自分を蔑ろにはできない。
だけど、罪悪感を覚えた僕は、彼女になんとなく問いかけた。
「ひまりは、彼氏ができたら何がしたいの?」
「え! え~、なんだろ~、いっぱいあるなぁ」
ひまりは表情を輝かせて、少しだけ頬を赤く染めた。かわいい。
本当に美人なんだよな、ひまり……。
嬉しそうに指折り数えながら、歌うように語る。
「そうだなあ。彼の家に行って、ご飯作ってあげたいなあ。おいしいって言う彼を見ながら、よかった~なんて笑ったりして。あとはいっしょに買い物! 特別なものじゃなくて、スーパーとか、日常っぽいものがいい。彼の生活にわたしがいるって感じがして、すごくいいよね~」
えへへ、なんて笑いながら、可愛らしいことを言う。
ふにゃふにゃしながら語る彼女は、恋に恋する乙女、そのものだ。
けれど、気付いているだろうか。
それ全部、僕らがやってることなんだけど……。
恋人とやりたいことが、全被りなんだけど……。
僕にやっていることと恋人にやりたいことが同じなのに、依然として関係が家族のままなのが、何とも辛い。
傍から見れば、僕たちは普通の恋人よりも恋人っぽいことをしているのに。
しかし、ひまりはそこで、自分のやっていることに気付いたのかもしれない。
こんなことを言い出した。
「あぁそうだ。こーたろー、彼女ができたらちゃんと言ってね?」
豚汁をずず、と吸ったあと、なんてことはないように言う。
いきなり何の話だ。
僕が怪訝な顔をしていると、彼女はとんとん、とテーブルを指で叩いた。
「だって、彼女からしたら、正直不快だと思うんだよね。彼氏の家に、知らない女が出入りしているのって。わたしと浩太郎は家族みたいなもんだけど、それを伝えるのって難しいでしょ? だから、こーたろーに彼女ができたら、通うのやめるよ」
あり得ない話をするひまり。
さすがにそこは、客観的に見えているらしい。
ひまりのことだから、あっけらかんと「いや、家族だから関係ないでしょ?」と言い出してもおかしくない、とちょっと思っていたのだけれど。
とはいえ、必要のない仮定だ。
僕に彼女ができるとしたら、この恋路が上手くいった先だ。
相手はひまりなのだから、その仮定がそもそもあり得ない。
もし、別の女性と付き合うことがあるとすれば、この恋路が破綻したときだろう……。
ひまりに恋人ができるとか、僕が告白してフラれるとか……。
その何かしらがあって、ひまりが通ってくれる時間が終わったとして。
以前のような生活に戻ったとき、僕は果たして耐えられるだろうか……。
僕がぼうっと悲しい未来を想像していると、ひまりが僕の顔を覗き込んでいた。
唇を緩めながら、こんなことを尋ねてくる。
「こーたろー、恋人ができる予定はないの?」
ない。
あるとしたら、ひまりが僕の恋心に気付いたときだ。
もちろん、そんなことは口にできないし、ひまりだってあると思って言っていない。
ちょっとからかっているだけだ。
自分だって彼氏いないくせに。
「ないない、ないよ。特に出会いがあるわけでもないし」
「えー、つまんない。女の子の友達は? いないの?」
「友達はいるけど……。でも恋人とか、そういう関係になるような相手じゃないよ」
「え! こーたろー、女の子の友達いるの!? ちょっとちょっと、聞かせてよ!」
女友達がいる、と言っただけで色めきたつひまり。
別にコイバナに発展する相手でもないのに、どれだけそういう話に飢えているのか。
そんな彼女に苦笑しつつ、僕は友人の話をするのだった。