13 反応に困るお話
ひまりがうちに通うようになって、嬉しいことばかりだけれど。
ひとつだけ、困ったことがある。
「いやー、今日はおいしくできたなー」
料理が並んだテーブルを挟み、ふたりで晩ご飯を食べていたときだ。
今日の料理は、サバの味噌煮に豚汁、ほうれんそうのお浸し、筑前煮……、としっかりとした和食だった。
筑前煮はとても味が染みているし、サバの味噌煮もちょうどよい味付けで、豚汁は具沢山。
どれもこれもおいしく、ひまりが満足そうにしているのも頷ける。
ここまでしっかり和食が作れる女子高生も珍しいのではないか。
「これだったら、すぐにでも結婚できそうだよねえ。わたし、いいお嫁さんになるよ~」
ふふふ、と笑みを浮かべながら、豚汁を啜るひまり。
さぞかし素敵な旦那様を想像していて、それは僕のことではないんだろうな、と思えるのが悲しい。
実際、いいお嫁さんにはなれるだろうけど。
僕がいい仕事をしているお浸しに舌鼓を打っているとき、それは始まった。
ひまりが、上目遣いにこう問いかけてきたのだ。
「ねぇねぇ、こーたろー。大学の話、なんか聞かせてよ~」
それ自体は、大した問題ではない。
僕はあまりいい大学生活を過ごしているとは言えないが、それはひまりもとっくに知っている。今更恥ずかしがるようなことじゃない。
問題なのは、ひまりの望みが見え隠れしていることだ。
それに気付いているせいで、僕の口はどうしても重くなる。
「僕の大学生活なんて、聞いても面白くないと思うけど……。なんでそんなこと聞くのさ」
「だって、わたしも再来年には大学生だよ? どんなところかな~? って気になるじゃーん」
楽しげに身体を小刻みに揺らすので、そのたびに彼女の髪とセーラー服のタイが揺れる。
僕はそれを見ながら、筑前煮を口の中に入れた。おいしい。
「僕に訊かれてもなあ。友達がいれば楽しいところだと思うけど、僕はあんまり人付き合いが得意じゃないし」
ぼんやりと言う。
大学は自分の行動によって、充実度合いが全然違ってくる。
僕みたいな自分からあまり動かない人間には、向いていない環境だ。
僕が一人暮らしに早々に飽きたのも、遊ぶことに慣れていないのが原因だろう。
人によっては、自分の部屋に人を招いたり、外で夜通し遊んだりして、すごく楽しい環境だと思う。
僕の言葉に、ひまりは唇を尖らせた。
「浩太郎はもう少し、積極的になってもいいと思うな。サークルとか、入ればいいのに」
サークルになんて入ったら、ひまりはもううちに来なくなるだろ。
僕にとって一番重要なのはひまりだ。
彼女に合わせた大学生活を送っている。
取っている講義だって、彼女が家に来るのに問題ない時間ばかりだ。
以前はあまりに暇だったので、サークルに入ることも考えたけれど、今となっては入らなくてよかった。
しかし、そんなことをつゆとも知らぬひまりは、ぽややん、とした顔になっていた。
「わたしはサークル、絶対入りたいけどなあ。掛け持ちしたいくらい。だって、絶対楽しいじゃん」
宙に視線を向けながら、うっとりと語る。
これだ。
ひまりは大学生活に、夢を持っている。
「サークル入って~、友達いっぱい作って~、素敵な彼氏も作って~、楽しいキャンパスライフを送るんだー」
そんなことを口にした。
ひまりは、「今まで彼氏ができなかったのは、女子校で出会いがなかったから」、と考えている。
大学に入れば、環境が一気に変わって、彼氏もできるはずだ、と。
「大学に入ったくらいで、そんな変わらないよ」と甘い夢を否定したいところだが、彼女の場合は真実だから厄介なのだ。
ふっつーに彼氏できると思う。
ひまりはこう見えて若干人見知りだから、少しだけ時間は掛かるかもしれないけど、それも多少遅い早いの違いでしかない。
これだけ可愛くて明るくて、積極的な人間だ。
彼氏も友達も、いくらでも作れると思う。
だからこそ、僕は焦っているわけで。
彼女の計画を聞いていると、ため息を吐きたくなるわけだ。
もしかしたら、それが顔に出たのかもしれない。
ひまりは、今度は心配そうな表情になった。
「……こーたろー、大丈夫? 大学でひとりぼっちになってない? 友達、ちゃんといる?」
好きな人にも、家族にも、とても言われたくない言葉を掛けられている……。
そこを心配されるのは、普通に嫌だな……。
僕は白米を口に運びながら、ちゃんと自分のことを伝えた。
「ひとりで昼ご飯を食べないで済む程度には、いるよ。多くはないけどさ」
以前、スーパーで会った沢田くんのような人もいるし、昼食をともにする友人とはよく講義もいっしょに受ける。
まぁ、お昼ご飯をいっしょに食べる人以外は、「友達」と言っていいかわからない関係ではあるけれど……。
僕に限らず、大学生なんてそんなものだろう。
人間関係は広くなるが、全体的に薄くなるイメージがある。
「そうなんだ。ちゃんと友達いるんだ。それはよかった。ふぅん」
ひまりは何やらニヤニヤしながら、僕を見ている。
「なに。ニヤニヤしちゃって」
「いや~。もし、こーたろーに友達がいるなら、紹介してもらったりできないかなーって」
出た。
あー、出た出た出た。
出たよ、出た出た。
僕はめちゃくちゃでかいため息を吐きたくなる。
勘弁してほしい。
この会話の流れは、非常に心臓に悪い。