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11 幼馴染の来襲

「え、え。な、なんで?」


 混乱する。

 なぜ、ひまりがここにいるのか。

 何の連絡も受けていない。


 一人暮らしの部屋に突然、家族が現れたら。

 思考が追いつかないのも仕方がないだろう。


 どうやらひまりはひとりで来たらしく、周りに人影もない。


「ど、どうしたの? なんで?」


 頭の整理がつかないまま、ひまりに問いかける。

 すると彼女は、眉をひそめてこう言う。


「浩太郎があまりに心配だから、チェックしに来た。お邪魔します」


 ぶっきらぼうに言ってから、彼女はするりと僕の横を抜けてしまう。

 素早くローファーを脱ぎ捨て、僕が止める間もなく部屋の中に進んでいった。


 まずい、と思った。

 焦った。


 何とも情けない話だが、このときの焦りは、「片付けろ」と言われていたのに散らかしっぱなしの部屋を母親に見られたとき……、に近い。


 案の定、ひまりは「あーあ……」と呆れ果てた声を出す。

 汚れた部屋の前で、立ち尽くしていた。


 部屋の中は散らかっていて、掃除もかなりサボっている。

 床には色んなものが置きっぱなしだったり、洗濯物がそのまま置いていたり。


 ゴミはないものの、とても人に見せられるような状況ではなかった。

 人に見せる予定もなかったから。


 僕は思わず、弁解のようなことを口にする。


「い、いや……、ひまりが来るとわかっていたら、ちゃんと掃除したんだけど」


 すると、ひまりはじろりとこちらを睨んだ。


「そうやって隠すと思って、こうして抜き打ちに来たの。冷蔵庫見るね」


 僕がいいと言う前に、ひまりはさっさか歩いて冷蔵庫を開ける。

 そして再び、呆れた声を上げた。


「飲み物しかないじゃん……。こーたろーって最近、植物に生まれ変わったの?」


 洗濯機の横の、洗わずに積み上げた洗濯物を見ては。


「この土地だけずっと梅雨入りしてるの?」


 シンクに放置された洗い物を見ては。


「これ見てるだけでストレスでどうにかなりそう」


 と言われる始末。


 そして、汚れた部屋の真ん中で、正座させられた……。

 ひまりは僕の前で腕を組んで、情けない僕を見下ろしている。

 

「……よくこれで、『家事くらいできる』なんて口に出せたね。わたしに言ったよね、ちゃんとできるって」


「面目ない……」


 ひまりは、はぁと大きなため息を吐く。

 疲れた表情で、髪を撫でていた。


 どうしよう、と僕が頭を巡らせていると。

 ひまりは次の瞬間、とんでもない行動を起こした。


 なんと、目の前で制服を脱ぎ出したのだ。


「ちょ、ひ、ひまりっ!?」


 ひまりが来てから、驚きの連続だったっていうのに、その行動は今までの比ではない。

 びっくりしすぎて心臓が止まるかと思った。


 僕はとんでもなく狼狽えたが、彼女は何食わぬ顔をしている。

 それもそのはず。


 彼女は下に、体操服を着ていたのだ……。


「………………」


 いや、これは恥ずかしい。

 そうだよな、ここで下着姿になるわけないもんな……。


 なんというか、これは兄として恥ずかしかった……。


 とはいえ、体操服姿になるのも、それはそれでわけがわからない。


 その疑問に、彼女は答える。

 すぅーっと息を吸ってから、ハキハキした声で。


「今から掃除するよ! 全部綺麗にするの! そのあと、ご飯作るから! ちゃんと食べて!」


「はい……」


 どうやら、彼女はそのつもりで来たようだった。

 生活改善、というか。


 僕の生活が乱れていたことは、メッセージから伝わっていただろうし、心配も掛けたんだろう。

 あらかじめ「今度行くね」と言われれば、僕だって対策はしたはずだから、抜き打ちで来るのも合理的だ。


 何も言えない。


 しかし、次に続いた言葉は、とても見過ごせるものではなかった。

 ひまりは、腰に手を当ててこう言ったのだ。


「それで、わたしも普段から浩太郎の家に寄るようにするよ。来られる日はできるだけ来る。で、ご飯作ったげるから。それぐらいしないと、浩太郎はちゃんと食べないでしょ」


「え。いや。いやいやいや、さすがにそれは悪いって! ひまりの負担がすごいし、申し訳なさすぎるよ」


 慌てて、彼女の提案に首を振る。

 さすがに、そこまでしてもらうわけにはいかない。

 けれど彼女は、ジト目で僕を見下ろした。


「じゃあこれからは、ちゃんとご飯作って食べる?」


「ぜ、ぜんしょする、から……」


 はぁ、と再びため息を吐かれる。


 ……いや。だって。

 自分でご飯を作ってもおいしくないし、後片付けも調理も、面倒なことばかりだ。


 ひとりで食べていても寂しいし、全くいいところがない。

 それを毎日やるなんて、苦痛としか言いようがなかった。

 

 正直、やりたくない。


 ひまりはそんな僕を見て、軽く息を吐く。

 

「わたしの高校、同じ路線だし。学校帰りに途中で降りればいいだけだから、そんなに負担でもないよ」


 そう言う彼女の表情が、少しだけやわらいでいた。

 確かにうちは、実家からひまりの高校へ行くまでの、ちょうど中間点にあたる。


 ひまりが、「家から通いなよ!」と言っていたのも、毎日通る駅なだけに具体的な距離がわかっていたからだ。


 ひまりは一時間かけて家から通っているのに、三十分で行ける僕が一人暮らしするのも、彼女からすれば納得いかない話かもしれない。


 だからまぁ、ひまりが学校帰りに寄れる、というのも間違いではない。

 今日だって、学校帰りにそのまま来てくれたんだろう。


 しかし、比較的来やすいと言っても、負担がないわけではない。

 

 それはひまりも同じ考えなのか、ん-……、と少しばかり悩んだ。


「まぁ……。わたしも勉強しなくちゃいけないし、あんまり寄り道するのもよくないかもだけど……。でも、浩太郎を放っておけないし……」


 そう呟いてから、あっ、と声を漏らした。

 表情をぱっと明るくさせる。

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― 新着の感想 ―
[一言] 策士策に溺れる……と言うかなんというか…… 弟扱いを加速させるだけの結果に終わっとりますな( ̄▽ ̄;) まあ二人っきりの時間を作れた事を前向きにとらえてどう挽回していくか。ですかねぇw
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