10 一人暮らしはやっぱりたいへん
ひまりは結局、僕が家を出る直前まで、心配そうにしていた。
志望校に危なげなく合格し、一人暮らしの準備を進めている最中も、「本当に大丈夫?」「やっぱり家から通えば?」と何度言われたかわからない。
正直、そのときのひまりはとても可愛く、心配されていることが嬉しくて取りやめそうになったけれど。
その代償として、彼女が別の男に取られては堪らない。
僕は予定どおり一人暮らしを始めた。
しかし、まー、大変だった。
一人暮らしは面倒くさいことこのうえない。
想像した何倍も面倒だった。
自由を謳歌する、という意味では楽しさや気楽さはあったし、「なんでも自分の好きなようにできる」という解放感はすごく気持ちよかった。
別に縛られていたわけでもないのに、自由だー! なんて思ったものだ。
けれど、残念ながら僕はアクティブな性格ではない。
これといった仲のいい友達もできず、サークルも迷ったものの結局入らずじまい。
自由ではあるものの、その自由を楽しむような性格ではなかった。
生活が自分の好きなようにできる自由さに、家のことを自分でやらなくちゃいけない面倒くささが勝つのに、さほど時間は掛からなかった。
そして、その状況を見抜いているかのように、ひまりからはほとんど毎日メッセージが届いた。
やれご飯は食べているかだの、洗濯物は溜めてないかだの、掃除はまめにすべきだの。
母親からも心配のメッセージが届いていたが、母よりよっぽど多かったくらいだ。
本当の家族なら鬱陶しいと思うところかもしれないが、好きな人からの心配だ。
とても嬉しかった。
だが、その心配メールが追及の段階になると、ちょっと困ったことになる。
『ちゃんとご飯食べてる?』
「食べてるよ」
『晩ご飯だけじゃなくて、朝も昼もちゃんと食べてる?』
『おい』
『返事しなさい』
「夜はしっかり食べてるから大丈夫」
『朝はヨーグルトでも何でもいいから、少しでもお腹に入れて。大学に学食あるんでしょ? お昼も食べなよ』
『今日なに食べた?』
「チャーハン作って食べたよ」
『作ったんだ! 偉いじゃん! 浩太郎は器用だから、やる気になったら料理すぐできるようになるよ。今度、簡単なレシピ送るね。作ってみて』
「……ごめん。チャーハンって冷食……」
『(既読無視)』
といった感じだ。
どうやら僕は、自分で思っていたよりも自堕落な人間だったらしい。
ひまりからのレシピは、一度は試してみたものの、それ以降は自炊もしなくなった。
だって、カップ麺や冷食のほうが楽だし……。
自分でも作っても、そんなにおいしくないし……。
料理ほどじゃないが、掃除も洗濯もいい加減。
とても、「ちゃんとしている」とは言えない生活だった。
とはいえ、男の一人暮らしなんてこんなものじゃないだろうか。
家にだれか呼ぶこともないし、だれかに迷惑を掛けるわけでもない。
ある意味、これも一人暮らしの醍醐味だよな――、なんて嘯いていたころ。
突然、ぴんぽーん、とインターホンが鳴った。
はいはーい、と返事をして扉を開けて、面喰らった。
「……こーたろー、久しぶり」
ジト目で僕を睨む、制服姿のひまりが立っていたからである。




