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姉様の卒業式を終えて二週間も経つと、あっという間に新学期を迎えた。
五年生になると、再びクラス替えがある。今回同じクラスになった子達と、そのまま卒業まで一緒というわけだ。
さて、昇降口にはすでにクラス表が張り出されているので、こっそりと遠目にチェックする。三年の時のクラス替えでは、クラス表を見にきた俺の進路に合わせて、人の波が二つに割れてモーゼのようになっていたから、今回はそうならないようこっそりと柱の影から見ているわけだ。
「咲也先輩？」
「ひょっ！」
後ろから突然声をかけられ、飛び上がる。
振り返ると、キョトンと不思議そうに首を傾げる真冬がいた。
「ひょ？」
「なんでもないよ。おはよう、真冬さん」
「はい。咲也先輩、ごきげんよう」
「なぜここに？」
昇降口の端の人目につかない場所にくる生徒会メンバーなんて普通いないから、ここからそっと様子を見ていたのに。
よく俺がいることに気づいたね。
「それはこちらの台詞ですよ。どうしてこんな隅にいらっしゃるのですか？」
「いやあ……」
簡単に事情を説明すると、
「咲也先輩は本当に謙虚ですね。皆さんの意思で道を開けてるわけですし、お気になさらなくていいのに」
真冬はいくらか呆れた様子でそう言った。
「でも、咲也先輩のそういうところ、嫌いじゃないですよ」
「え、そうなの」
御曹司っぽくないので、父様みたく情けないと言われるかと思ってた。
俺が何を考えているか察したのか、くすくすと真冬は笑った。
「はい。私はそこが咲也先輩の優しさだと思います」
「優しさか。今まで言われたことなかったな」
「そうですか？ 多分皆さん口に出さないだけで、同じことを思っている人は多いと思いますよ」
「はえ〜」
不思議な気分だ。そして、少し気恥ずかしい。
ちょっと話題を変えたい。
と。思い出した。
「そうだ。クラス表」
「あら、まだ確認してなかったんですか？ ずっと見てらしたので、てっきりもう確認したのかと思ってました」
「ここ遠くて見づらいからさ」
断りを入れて、再度柱の影からクラス表をじっと確認する。
うーん。
どこだろう、俺の名前……。
「あ！」
「ありました？」
「ああ、今年は義弥と一緒だ」
やった！ これでぼっちにはならない。
「良かったですね、咲也先輩」
「うん、ありがとう真冬さん」
無事にクラスを確認した俺は、真冬さんと一緒に教室へ向かう。といっても、俺は五年になり、彼女と教室のあるフロアが変わってしまったので、下駄箱から中央階段までの僅かな間だったが、会話は途切れず、楽しく話せたと思う。
真冬と出会ってから、もう五年ほどか。彼女が闇堕ちすることがないよう、初等部入学からかなり交流を持ってきたように思う。
現時点では、原作と比べて彼女のコンプレックスは、そこまで大きく膨らんでいないように見える。
あくまで俺の主観だが、姉の希空との関係についてもそこまで悪化していないようで、姉妹でどこどこに出かけたというような話をサロンで耳にすることもある。
この調子で、良好な関係を維持することが出来れば、彼女は闇堕ちしないかもしれない。つまり、俺が死ぬルートが一つ潰れるということだ。
「ふ、ふふふ……」
「さ、咲也先輩？」
「おっと失礼」
いけない。つい笑みを漏らしてしまった。
気をつけないと。
とにかく、俺が死ぬ可能性が間接的になくなりそうなのは喜ばしいことだ。
まあ、下世話な話をすれば、闇堕ちすることを除けば小動物的な可愛らしさで、男子の人気も高い真冬に慕われて嬉しくないわけがない。
「ぐふふ」
「咲也先輩……」
「おっと失礼」
またやっちゃった。
気をつけないと。
しかし、真冬は何か察したのかジトっとこちらを睨んできた。
「何か邪なこと、考えていませんか？」
「そんなことないよ」
「……本当かなあ」
疑いの目線が厳しいが、幸いもう目の前に中央階段が迫っている。
俺は、残念そうに別れの挨拶を告げた。
「まあ、いいです。それでは咲也先輩、またサロンで」
「またね」
こうして俺は、まだ何か言いたげな真冬と別れ、階段を登って新しい自分の教室へ向かうのだった。
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