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 玲明学園の卒業式は、特に他の学校と比べて特に変わったことはない。

 一人ずつ壇上で卒業証書を受け取り、校歌を歌い、学園長の式辞、在校生代表の送辞の後、卒業生代表の答辞をもって締めくくりとなる。

 まず、証書の授与が行われた。姉様も名前を呼ばれた後、壇上に上がって学園長から証書を受け取っていた。舞台を歩く姉様は、背筋をピンと伸ばし、まるでモデルのような姿で、会場内の注目を一手に集めていた。

 後ろで、真冬が「はあ……っ」と見惚れて吐息を漏らしている。

 色っぽいな。

 俺も思わず「ほう……」と息を吐いた。

 全員が証書を受け取ると、続いて校歌斉唱だ。これは俺達在校生も一緒に歌うので、司会の合図と共に立ち上がる。

 こういう時って、もちろん真面目に歌わなければならないのだけど、どのくらいの声量で歌えばいいか迷うよね。

 一度、気合を入れて歌ったら、声が周りよりも頭一つ飛び抜けて大きくてすごく目立ったことがある。

 あれは恥ずかしかった。

 今回は協調性を認識した俺に死角はなく、難なく校歌斉唱を終えた。

 次に、学園長の式辞だ。

 ダラダラせずに要点を押さえ、かつ淡白になりすぎない、絶妙な長さの挨拶文だった。学園長本人が作っているのか、事務方が作っているのかは分からないけど、こういうところも玲明はレベルが違うと感じた。

 続いて、在校生の送辞である。司会に呼ばれ、手前に座っていた桐生先輩が返事と共に立ち上がる。

 この人、在校生代表だったのか。

 そういえばそんなことを以前サロンで聞いたような気もするが、姉様のことで頭が一杯で覚えてられなかったのだろう。すみません。

 桐生先輩は、爽やかな雰囲気を纏って、緊張などどこ吹く風と言わんばかりににこやかに微笑みながら軽い足取りで演台へ進む。

 こういう所作が、この人のファンが日々増えていく理由なのだろう。きっと、先輩の入る部活は、マネージャー希望者が殺到すること必至だ。

 はきはきと話し終え、先輩は元の席に戻ってきた。

 途中、俺と目が合うと、「次はいよいよ君の姉さんだな」と言わんばかりにニヤリと笑われた。

 程なくして、司会が卒業生代表である姉様の名前を呼んだ。


「はい」


 凛と式場内に響く返事があった。それから数拍置いて、姉様は舞台上に姿を現した。堂々とした振る舞いで演台へと歩いていく。

 俺は姉様の姿に釘付けとなっていた。

 舞台の真ん中で歩みを止め、真っ直ぐに前を向いた姉様は、用意していたはずのカンペは出さずに、そのまま喋り始めた。


「本日は、私達のため、卒業式を開いていただき、ありがとうございます」


 抑揚をつけながら、姉様は聞き取りやすい喋り方で、暗記した答辞を読み上げていく。

 その姿を弟として誇らしいと思うのと同時に、もう初等部を卒業してしまうのだなという思いが溢れて、なんだかうるっときてしまった。

 最後まで、ペースを崩すことなく、姉様は答辞を読み終え、静かにお辞儀をしてから、舞台を後にした。

 静かに拍手が起こり、波状のように広がって、そして卒業式は幕を下ろした。

 立派な姉様の姿を見て、俺は考える。自分の卒業式の時、姉様のように堂々としていられるだろうか、と。


 その後、一度教室へ戻った姉様達卒業生を待つ間に父様達と合流し、花束と贈り物を用意する。


「あらあら」

「咲也……さすがに鼻水は拭きなさい」


 合流した時、俺の顔を見るや二人は苦笑いを浮かべていた。でも、そんな余裕がない俺は、父様に言われた通り、ハンカチで鼻水を拭うことしか出来なかった。

 花束と贈り物で両手塞がってるし。

 それから三人で待っていると、最後のホームルームを終えた卒業生達が続々と中庭に出てきた。卒業生を在校生や保護者が取り囲んでいく。

 姉様はその中でも一際多くの人を集めていた。隣には、少し涙ぐんでいる莉々先輩の姿もあった。どんなに怖いホラー映画を見ても飄々としている彼女が、あんな涙ぐんでいる姿は初めて見た。

 同じ敷地にあるのだとしても、卒業という区切りがつくことに寂しさを覚える人もいるのだ。あ、なんかつられて泣きそう。

 その後も、変わる変わる挨拶にくる人の相手をしている姉様を待ち、ようやく人の流れが収まってきた頃合いを見て、姉様のところへ三人で近寄った。


「あら、父様に母様。それに、さ、咲也……」


 俺達の姿を見つけた姉様が、一瞬嬉しそうな顔をして、それから俺の顔を見てギョッとした。


「ねえざま……ごぞづぎょうおべでどうございばず……」

「まったく、ありがとうね」


 耐えきれず涙と鼻水が止まらない俺から、恐る恐る花束と贈り物を受け取った姉様は、やれやれという表情で俺の顔をハンカチで拭ってくれた。


「寂しくなるわね」

「ゔぁい……」

「校舎は変わるけれど、サロンで会えるのだからもう泣かないの」


 苦笑しながら、鼻水を拭ったハンカチをそのまま俺の手に握らせると、隣の父様や母様の方へ移動していった。

 姉様のハンカチで、顔から出てくる色んな液体を拭っていると、ふとこちらを見ていた義弥と目があった。

 何か嫌な予感がしたが、目を逸らす。

 出待ちの人達との挨拶はその後も少し続いた。全てつつがなく終わる頃には、俺の涙も鼻水もすっかり引いていた。

 玲明を後にすると、家族四人で都内の高級料亭へ車で移動だ。元々、式の後は姉様の卒業祝いとして外食する予定だったからだ。

 泣き疲れて空腹だったので、俺は心ゆくまで食事を堪能した。まだ少し肌寒さが残る日だったから、松茸の土瓶蒸しは特に体に染みた。

 何はともあれ、こうして姉様の卒業式は無事に終了した。

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