51
ついに卒業式当日。俺は、父様と母様と一緒に学園まで車でやってきた。
式は、入学式同様に講堂で行われる。生徒会席は、保護者席とはまた違う区画に固まって座ることになっているので、入口で二人とは別れる。ちなみに、姉様に渡す予定の花やプレゼントは、車に置いて、使用人に見てもらっている。
生徒会エリアに行くと、後輩や先輩方が挨拶をしてくれる。
「明前様、この度は姉君の卒業おめでとうございます」
「ありがとう」
「中等部で外部の方が入学してきますから、輝夜様のファンがまた増えてしまいますわね」
「ははは、そこまではないと思いますよ。でも、姉がそれだけ人から好かれているというのは喜ばしいことではありますけどね」
それらに返事をしながら生徒会エリアの中で四年のメンバーが座る場所を目指す。
見ると、すでに俺が一番乗りのようだったので、四人掛けの椅子の端っこに座り、他の三人が来るのを待つ。
すると、
「明前くん、この度はお姉様のご卒業おめでとう」
前に座っていた男子生徒が振り返り、声をかけてきた。
五年生の桐生知高先輩だ。一つ上ということもあって、割と入学時から気にかけてもらっているような気がする。
桐生先輩は、玲明では珍しく体育会系の人なので、上下関係にはうるさいけれど、面倒見はすごくいい。おまけに、人を運動神経で見る脳筋だから、家柄とか関係なく俺と話をしてくれるので、気を遣わなくて良い分楽だ。
「ありがとうございます。桐生先輩も今年最高学年ですね」
「ああ、俺としてはしっかりと部活動をやりたいから、早く卒業して中等部に行きたいよ」
玲明は、初等部にも部活動はあるにはあるけれど、習い事等で忙しい子が多いことから、活動人口が非常に少ない。
しかし、多くの家庭は中等部に入学する頃から少しずつ習い事がひと段落していき、放課後に少しずつ時間が取れるようになっていく。学園側も部活動に本腰入れるのはそこからなので、運動をがっつりとやりたい人は、先輩のように中等部に入学することを心待ちにしているのだ。
「桐生先輩は何部に入る予定なんですか?」
「よく聞いてくれたな。俺は天文部に入ろうと思っているよ」
運動じゃないのかよ!
と、思ったのも束の間、
「冗談だ。星にも興味はあるけど、今は野球だな」
桐生先輩はそう言って、豪快に笑った。
まあ冗談でしょうよ。何せこの人、どうして玲明にいるのかってくらい脳筋レベル高いもの。
「明前くんはどうするんだ?」
「俺は……」
正直な話、何も決めていない。
漠然とスポーツに興味はあるけど、何をするかは決めきれていないという状況だ。
「まだ、迷ってます。運動系にはしたいと思ってますけど」
「そうか! スポーツはいいぞ。野球部だと嬉しいけど、明前くんがやりたいと思ったことをやればいい」
「ありがとうございます」
それからも桐生先輩とスポーツ談義に花を咲かせていると、銀水兄妹がやってきた。
「ごきげんよう、咲也さん。この度は輝夜さんのご卒業おめでとうございます」
「おめでとう」
「二人とも、ありがとう」
二人と簡単に挨拶を交わす。
その後、一緒に話をしていた桐生先輩の方へ視線を向ける。
「桐生先輩もこんにちは。会話の邪魔をしてしまいましたか?」
「こんにちは、義弥くん。ただの雑談だよ」
「ごきげんよう、桐生先輩。雑談って、またスポーツの話ですか?」
「亜梨沙くんもこんにちは。もちろん、スポーツ以外に他人と話のできるテーマがないからな」
「はあ……程々にしてくださいませ。これじゃあ事あるたびに野球の話をしてくる親戚のおじ様達と変わりませんわ」
「悪い悪い。……お」
亜梨沙がジトっとした目線を送ると、後頭部を掻きながら、苦笑いを浮かべていたが、ふと何かを見つけたようで視線が僅かに上を向く。
視線の先を見るため振り向くと、三年が座るための後ろの席に真冬がやってきた。ということは、横を見ると希空も亜梨沙の隣にやってきていた。
桐生先輩は、雨林院姉妹と簡単に挨拶を交わすと、「では、邪魔にならないよう俺は前に戻るよ」と前を向き直った。
続いて、彼女らは俺に目線を向ける。
「ごきげんよう、咲也様。輝夜様のご卒業おめでとうございます」
「咲也先輩、ごきげんよう。お姉様のご卒業おめでとうございます」
「希空さん、真冬さん、こんにちは。二人ともありがとう」
挨拶を返しながら、希空達や他の学年の生徒会選別メンバーも皆、姉様のことを尊敬していたのだということがひしひしと伝わってくる。
嬉しいものだ。俺も同じように後輩達に慕ってもらえていたらいいなあ。せめて生徒会選別メンバーの中だけでもいいから。
「咲也様は、輝夜様が卒業されて寂しくないですか?」
「全きゅ」
噛んだ。動じてなんていないんだけどね。全然寂しくなんかないんだけどね。
「……っ!」
真冬が、後ろで丸くなって笑いを堪えている。
「んんっ! ……とにかく、俺は姉様が卒業しても、おめでたいとしか思いません。中等部へ行っても、校舎は同じ敷地内にいるわけですし」
しかし、隣の義弥はまるで信じていないかのような懐疑的な表情を浮かべている。
「本当かなあ? 咲也はなんだかんだで家族大好きだからねえ」
「おい、義弥」
「別に間違ったことは言ってないでしょ?」
「たしかに、家族が好きというのは隠すようなことではないですよ。私だって、真冬も、お父様やお母様も大好きですもの」
後光が差しているような希空の眩い笑顔に、思わず目を細める。いつも思うんだけど、能力使ってないよね?
「そういえば、五年になったらクラス替えだな」
このままでは分が悪かったので、話題を変える。
「どうせ私達はクラスが離れると思いますわ」
「そうなるよねえ」
自分から振っておいて何だけど、クラス変わると思うと憂鬱だな。ついぞ友達らしい友達は出来なかったけどさ。
せめてこのメンバーの誰かとは一緒になりたいけどなあ。
なんて思っていたら、ふと講堂の前方の舞台端に司会の先生が現れ、会場がしんとなる。
そして、姉様の卒業式が始まった。
いつもありがとうございます。評価やブックマークいただけると嬉しいです。




