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4.幸せな生活

「とりあえず、一ヶ月ここに置いてもらえる?」

 凪はそう章に頼んだ。アパートを逃げ出してきた凪には行く当てがない。今月振り込まれる給料は、無給になる予定の来月分も合わせて二ヶ月分の社会保険代が引かれることになっていた。健康保険が使えるのでありがたいが、給料はいつもより少ない。貯金も殆どない凪にとって、章の申し出はとても有難いことだった。

 高校生の章に生活を頼ってもいいのか凪は悩んだが、お金は後日に返すことにして、一か月間ここで世話になろうと決める。章と一緒にいると、一人になってしまったのだという寂しさを埋められるような気がしていた。


 こうして、この高級マンションで凪の慎ましい生活が始まった。


 凪が思った以上に章は真面目な生活を送っていた。

 章は高校生といっても、工業科の授業だけを受ける科目履修生であった。そのため、毎日授業があるわけではない。

 日曜日以外は朝の八時過ぎに出勤して、高校の授業がない日は午後五時に帰宅。工場は八時半から四時半までの七時間勤務で、自転車で通勤している。高校のある日は午後九時くらいに帰宅した。

 毎朝帰宅時間を告げて出ていく章は、一回もその時間よりも遅くなったことはない。


 凪の朝はお弁当作りから始まる。弁当代を節約してもらうために凪が提案した。

 高校へ行く日は授業前に食べる用と昼用の二個の弁当を用意しておいた。中身は変えているので、六時起きで用意を始めなければならないが、章が美味しかったと感謝してくれるので負担に思うことはない。


 何でも美味しそうに食べる章だったが、やはり好き嫌いはあるらしく、破顔する章を見たくて凪は様々な料理を試していた。

 凪はそんな毎日が本当に楽しい。同棲していた時はすっかり義務のようになって負担に感じていた家事が、こんなに楽しいと思わなかった。


 章もまたこの生活に満足していた。それよりも、予想以上に快適な暮らしを手に入れてしまって戸惑いの方が大きいかもしれない。

 約束の一ヶ月が過ぎて凪が出ていってしまい、またあの味気ない生活が戻って来ると思うと章は不安になる。

 しかし、この生活がずっと続かないだろうとは覚悟していた。



「凪は十六歳なんだよな。高校へは行かなくていいのか? 今から勉強して来年受験したらどうだ? ここから通ってもいいし」

 スーパーで働いていると凪が言っていたのを章は覚えている。一ヶ月の休職扱いになっていることも。

 章は凪がこの街で高校へ入学すれば、何年かは一緒に暮らせるのではないかと期待した。

 凪が今までのように家事ができなくなってもいいと章は思っている。章が手伝えば済むことだ。今まで殆ど無駄使いをしていない章は、高校の授業料を払うくらいの蓄えはあった。

 公立は難しいかもしれないが、私立ならば中学卒業からブランクがあっても入学可能な高校があるはずだ。

 凪が望むならば授業料を出してもいいと章は思っている。


「僕は高認に受かっているから」

 性別も年齢も偽っている凪が、ばれずに高校へ通うことができるとはとても思えない。引きこもり気味の知り合いが十六歳で高卒認定試験に受かったと聞いたことがあったので、凪はその設定を使わせてもらうことにする。

「そうか。凪は優秀なんだな」

 章は少し残念そうにそう答えた。凪は嘘を重ねていくことが後ろめたくて内心で手を合わせていた。



 そんな穏やかな生活が二週間ほど過ぎていった。

 義父に襲われたという凪は男を恐れていると感じていたので、章は必要以上に接触はしないように気をつけて生活をしていた。そのため、未だに凪が女性だとは気づいていない。



 土曜日は工場の勤務はあるが、高校は休みだった。

 夕食を終えた章は凪より先に風呂へ入り、日曜日は工場も高校も休みなのでリビングでのんびりとしていた。



 凪が風呂に行ったので章は大型スクリーンでビデオを観ようと思った。

 契約している映像視聴サイトのコンテンツを適当に選ぶ。


 スクリーンに見入っている章は凪がリビングに入ってきたのも気がつかない。

 スクリーンには水着の女性が自己紹介をしている場面が写っていた。

「章って、女が嫌いじゃないのか?」

 驚いて振り向いた章は、ビデオを止めようとする。

「嫌いってわけじゃない。俺は女が怖いだけで。凪はまだ十六歳だよな。こんな映像を観るのには早すぎる」

「これぐらい別にいいよ。続けて」

 凪は大きなソファの端に座る。章とは少し離れた位置だ。

 章は一瞬悩んでいたが、そのまま観続けることにした。


 章が観ていたのはアダルトビデオとも言えないぐらいのソフトなものだ。女性が最後に水着をゆっくりと脱いでいくだけで、男性との絡みもない。恥ずかしそうに裸体をさらすスクリーンの中の女性は、凪が観ても可愛らしい。

「こんな女が好みなのか?」

 笑顔でこちらを見ている胸の大きな女性を、凪は複雑な思いで睨んでしまう。


「別にそういうわけでもない。どんなに興味があってもどうせ触れることもできないんだから、好みなんて言っても虚しいだけだな」

 ため息をつきながら章が目を伏せた。

「女には興味があるんだ?」

 興味があるけれど怖いという気持ちが凪には理解できなかった。

「当たり前だろ。俺だって男だから」

 章が少し不快そうに目を上げた。

「女を抱きたいと思ってる?」

 真意を見極めたいというように章の顔を凪が覗き込む。

「そりゃな。でも、どうせ無理だから。男とでもしないと、一生童貞だな」

 再び章が目を伏せた。


「相手をしようか?」

 凪の呟きに、章は驚いたように顔を上げた。

「悪かった。そんなつもりで言ったわけじゃない。凪にそんなことをさせるつもりはないから」

 必死で頭を振って否定する章を凪は可愛いと感じた。そして、そんな章を自分のものにしたいと思ってしまった。


「いいよ。章なら」

 凪は章を見て笑っている。

「凪、何を言っている! 男に襲われて恐れているんじゃないのか。俺のことも怖がっていたじゃないか。馬鹿なことを言うな!」

「僕は殴られて無理やり何回もやられた。だから、章が上書きしてほしい」

 凪は今でも男が怖いと感じている。暴力を受けるのは嫌だ。でも、章は怖くない。


 絶句している章をリビングに残して、凪は自室へ向かう。


 リュックサックの中には休憩時間に使うためのアイマスクが入っている。そして、中のポケットにはカラフルな袋に入った避妊具があった。

 洗面所に行って、洗濯機の上に使われていない物干し用のロープが置いてあったので、凪はそれも持っていく。

 

 

 凪がリビングへ戻ると章が不安そうに見上げてきた。

「冗談だよな」

 章の声は震えている。

「アイマスクをするよ。そして、手を拘束する。そうしたら、相手が男だと気づかないだろう。気持ちよくしてあげるから、好みの女を想像していたらいい」 

 凪はその女が自分であってほしいとは思うが、男だと思われているので無理だと諦めていた。

 章は大きく息を飲み込んだ。揺れる瞳は不安のためか。それとも快楽への期待か。

 

 リビングは広い。中央には毛足の長い大きめのラグが敷かれている。

「こっちへ来て」

 凪が章を呼ぶと、ぎこちない動きで章がやってくる。

 凪はこの優しい年下の男を慰めたいと思う。そして、快楽を知った章はあの男のように豹変してしまうのか確かめたいと思った。

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