#002
002.
大変な事になってしまった。
自分の直感がそう告げていた。
世良 六花、18歳。
10年前から一時休戦となっている、“Z大戦”で両親を亡くし、10歳の時から8年間、孤児院で育ってきた。
18歳という、世間では立派な大人と見なされる年齢になり、今日からは孤児院の外に出て、
死んだ母の弟――清純叔父さんの元で世話になる予定だった。
清純叔父さんは私が両親を亡くし、孤児院に入るまでの半年ほどは一緒に住んでいたこともあった。
彼の仕事の都合で私が孤児院に入ることになってからも、彼はたまに私の顔を見に来てくれた。
明るくて優しい、その上、エリス直下の組織に所属しているという優秀な人。
それは分かっていた。
だけど、正直なところ、清純叔父さんの仕事内容や、心根の部分はいまだに掴めないでいる。
自分の事は一切話さない様な人だった。
叔父さんの横顔をじっと見つめる。
視線に気が付いたのか、彼は私をちらりと見て、にこりと目だけで微笑んだ。
彼のオレンジ色の髪の毛がふわりと揺れる。
「六花、どうした?」
「・・・いえ・・・別に・・・」
「ああ・・・由布君?彼は、まあいつもあんな感じだから、気にしない方が良いよ」
「それなら良いんですけど・・・」
「気にしない気にしない。あ、着いたよ。ここが六花の部屋」
案内されたのは、寮の2階にある一室だった。
綺麗に掃除されており、デスクとベッドのみが置いてある、大きな正方形の窓が付いた部屋。
「ちょっと狭いかもしれないけど・・・」
「全然!叔父さん、ありがとう」
「一応、同じ階に由布君ともう一人の子がいるから、何か困ったことがあったらソイツらに訊いてね」
同じ階かあ・・・・
悪い人ではなさそうだけど、少し気まずい。
「もう一人の方はまだ帰ってきていないんですか?」
「そうかなあ・・・」
叔父さんは向かい側の扉をコンコンとノックする。
間もなくして扉が開き、金髪の青年が目をこすりながら出てきた。
「ふあ・・・何だよ、課長か・・・」
「あ?寝てた?起こしちゃってごめんねー。今日から、僕の親戚の子が向かいの部屋に入ることになったから」
「何だよソレ。俺知らねー・・・って女の子!?マジかぁ」
「えっと、世良六花です」
「俺、伊緒。ヨロシク」
彼――新見 伊緒はギョロリとした目が特徴の男の子だった。
ふんわりとした質感の金色の髪に大きな黒い瞳という色のコントラストがさらに彼の目力を強調している。
伊緒は私の前に手を差し出した。
「ん」
「え?」
「握手だよ、握手!わかんねーの」
「あ・・・よろしくお願します!」
彼の手を握ると、力強く握り返され、ぶんぶんと上下に振られた。
「わっ・・・」
「えっと・・・六花、伊緒は確か六花と同い年だから、話しやすいと思うよ。仲良くしてね」
「へぇ。同い年なんだ」
パッと手を放し、彼は私の顔をじいっと見つめる。
強い視線に耐え切れず、反射的に目を逸らした。
18歳で政府直下の組織に所属するということは、則ち、半端ではないくらい優秀だということだ。
正直なところ、至って普通の青年にしか見えない彼の出立からはそうは思えないが・・・
「右京君とは一緒に帰ってきたのか?」
「オッサン?俺が何か食って帰ろーって言ったらダルい、つって先に帰られた。もう家にはいると思うぞ。
リビングとかに居るんじゃね?」
「そうか。右京たちにも早いうちに会わせないとな。じゃ、荷物も置いたし、リビング行こっか」
叔父さんは私の手を軽く掴み、早足で階段の方へと向かった。
そのまま階段を降りて、1階へ。
階段からすぐ右にある部屋がリビングらしい。
部屋を覗くと、なるほど、革張りの大きなソファが置いてあった。
ソファには人影があった。
「右京君。ただいま」
「・・・キヨか」
ソファに腰掛けている人物がちらりとこちらを一瞥する。
その際に、初めてその顔立ちがはっきりと分かった。
真っ白い肌に華奢な首筋。
濃紺のガラス玉の様な瞳をしたその人物は、間違いなく少年の風貌だった。
年齢は、せいぜい15歳くらいだろうか。
「六花。こちらは赤磐 右京君だ。俺と同期で“ベガ”に入ってる」
「え・・・?」
「ああ。コイツが例の・・・お前の姪だったか?」
「そうそう。六花ね」
「・・・よろしく。俺の事は右京と呼べ」
その男の子・・・右京さんはそれだけ言い、また読んでいた本に視線を移した。
それにしても・・・
清純叔父さんと同期でこの第四課に入ったとなると、この子も相当優秀という事になる。
一体、第四課は何をしている組織なのだろうか。
叔父さんはそれについては一向に教えてくれる気配も無いし。
モヤモヤしていると、玄関の方から何やら音がする。
誰かがまた帰ってきた様だった。
「誰か、帰ってきたみたいだね」
「どうせ雅人達だろ」
「ただいまぁ。あっ、右京のオッサンと課長じゃーん」
「・・・雅人、帰宅早々煩いぞ。それと、先程バーで俺がまとめて支払った金。あれは奢りではない。忘れない内にさっさと返せ」
バタバタとリビングに入ってきたのは、恐らく190cm程はあるのではないだろうか、背の高い男と、眼鏡をかけ、口元を黒い布で覆った男の二人組だった。
二人とも、由布さん同様に黒いケープを身に纏っていることから、恐らく第四課のメンバーだという事は察しがついた。
「あれェ?何、この子」
「・・・新入りか?」
二人が私の存在に気が付いた様だ。
すかさず、叔父さんが口を開く。
「そうそう。丁度良かった。この間話した、しばらくここで暮らすことになったうちの姪の六花。こっちは、壱岐 雅人と名取 一慶君」
「課長、そんな事言ってたかァ?俺覚えてねー。一慶知ってる?」
「馬鹿が。この間話していただろう。課長の姪か・・・よろしく頼む」
一慶、と呼ばれた人物が軽く会釈をする。
クリアカラーの縁どりの眼鏡とその口布のせいで表情は上手く読み取れないが、声の調子からすると特に何とも思っていない様だった。
一方、雅人と呼ばれた、色素の薄い髪を横に撫でつけた、背の高い男は私の事をさして気にもしていない様子で、小走りで右京さんの方へと近寄った。
「なあなあ、オッサン!俺さっきまた“仕事道具”壊しちゃったんだけど・・・直してくんねェ?」
そう言って右京さんの元にしゃがみこむ。
二人の体格さはまるで大人と小さな子どもの様だった。
「あァ?この前直してやっただろ。そんなんは伊緒にでも頼んどけ。面倒くせえ」
「えー、伊緒に頼むと変なデザインになって返ってくるからヤダ!オッサンの修理が良い!」
言っていることや態度が見た目とは全く逆なのが何ともちぐはぐだ。
ここには変わった人たちしか居ないのだろうか。
そう思いながら、叔父さんを見ると、視線に気が付いたのか、彼は言葉を発する。
「まあ・・・変な奴らばかりだけど、うちの課は大体こんな感じ。本当はあと一人この寮に住んでるんだけど、数日任務で空けてるから、帰ってきたら紹介するよ」
「キヨ・・・お前、まさかまだ話してねえのか」
右京さんが口を開いた。
叔父さんの表情が強張る。
「あー・・・そうなんだよねえ・・・」
「・・・やっぱりな。今すぐ言うべきなんじゃねえの」
「課長、俺たちは一旦各自の部屋へ戻る。だから、その間に一度話し合ってくれ。雅人。一度部屋に戻れ」
「えー!まだオッサンとの交渉が」
「煩い。戻るぞ。右京も」
「そうだな」
男たちがぞろぞろとリビングを出ていき、私と叔父さんの二人だけが残された。
気まずそうな表情の叔父さんはゆっくりと口を開く。
「えっと・・・とりあえず、ソファ座る?」
促されるまま、ソファに腰を下す。
叔父さんも私の横に座った。
「俺の仕事・・・第四課での任務について話したい。
六花にはちゃんと話さなきゃなって思ってたんだけど、嫌われちゃうかなと思って言えてなかったんだ」
私とは目を合わそうとせず、前方をじっと見つめる。
「第四課の任務は主に、他都市へのスパイや、他都市の要人の・・・暗殺を行ってる」
「・・・」
何か言わないと。
そうは思ったものの、叔父さんの発言に言葉を咄嗟に返すことが出来ない。
暗殺・・・?戦争は休戦なのに・・・
「確かに、“Z大戦”は今は休戦協定を結んでいる。でもそれは表向きの話で、各都市は“ゼロ”を使って諜報活動や秘密裏に要人を拘束したり、時には・・・始末をしたり。そういった事が延々と続いているんだ。
六花も、“ゼロ”の事は知ってるでしょ」
“ゼロ”―――
勿論知っている。エリスで育った者はその言葉を知らない者は居なかった。
Z大戦のための人間兵器。加えて、エリスが最初に生み出したこの“兵器”は国の工学力の高さの象徴ともされていた。
「俺は――――“ゼロ”なんだ。第四課・ベガのメンバーは皆そう。“ゼロ”だからこそ、政府が監視しやすい様に一か所に集まって暮らしてる」
叔父さんが、“ゼロ”・・・
にわかには信じられない言葉だった。
“ゼロ”は殆どの市民にとって、人間というよりも伝説上のモノに近かった。
それが自分の身近に居るなんて。
「で、でも!六花の身の安全は保障するから!絶対に傷つけはしないし、誰にも傷つけさせない。それだけは約束する!」
顔を上げると、泣きそうな表情の叔父さんがいて。
そんな彼の顔は見たことがなかった。
「だ、大丈夫・・・叔父さん、私怖くなんてないから!」
「六花・・・」
「ここに置いてもらえるだけでも感謝してるの。だから、叔父さん達の事も怖くはないし、仲良く暮らせたらって思ってる」
「・・・そうか。なら良かった・・・」
彼の表情にみるみる安堵の色が浮かぶ。
叔父さんってこんな顔もする人だったのか。知らなかったな。
「はー!嫌われたらどうしようかと思ってたけど安心した!今日は俺が皆のご飯作っちゃおうかな!」
「て、手伝います!」
「お!さっすが六花。偉いなー。ありがとう!」
ポンポン、と軽く頭を撫でられる。
大丈夫。
そう思おうとするものの、やはり心の奥底で不安が拭いきれずにいた。