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幼女は悪魔にだってなれる  作者: 散田真
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ただ、騎士は綴る

 代償を負うきっかけとなったのは、恐らく支給品のパンだったと思う。


 アラバストは昔から、商人の好む香辛料の生産が盛んだった。近くに交易の要衝であるレルレッタがあったことも相まって、比べ物にならないほどの大きな街だった時もあった。

 しかし、次第に科学の発展、技術の進化で船や蒸気車などが開発され、 商人の動ける範囲が何倍も大きくなった。

 アラバストよりも安く香辛料を売る街も出てきたこともあり、この村の需要は落ちていった。

 昔のお得意様はそっぽを向き、新規の客もみんな新しい街ばかり目を向ける。段々と小さな村になり、細々と常連にしか売れない作物を作るばかり。この村を捨てて行く人は数え切れないほど。果ては二十人ほどしか残らない限界集落になっていた。

 僕は下に妹と弟がいて、両親は栄養失調で満足には動けない身体だったから一番の稼ぎ手だった。

 いくら作っても売れない。腹も膨れない。それでも僕は家族を食わせていかなければならない。

 もういっぱいいっぱいで、全てを投げ出しそうになった頃もあった。

 その時、ある常連だった商人がパンを配るようになった。


「ここのスパイスは他よりも上出来で、高くても買う人はいる。出来る限り、私も援助がしたい」


 オルロフ、と言う商人だった。

 彼は僕たちが作った香辛料を持って行くたびに、相場より高いお金と人数分のパンを渡してくれた。

 パンなんて一日一度食べられるかどうか、なんていう食生活だったからみんなすごく喜んでたのを覚えている。

 妹や弟達を食べさせてあげようと分けたから、僕の分は半分ほどしかなかった。  

 それでも、あの時のパンの味は、あの時のみんなの笑顔は忘れられなかった。

 

 配給が始まって半年が過ぎた頃、両親の顔色も戻り、作業ができるようになった。

 村のみんなも働く意欲が湧き始めていて、作物の収穫も目前に迫っていたことから、村中が活気にあふれていた。

 ようやく貧しい生活に希望の光が見え始めていた、まさにその時だった。


 ある朝、いつものように配給されていたパンを食していた。

 食後のお茶を飲んでいた時、突然、身体の奥底が熱くなった。

 今でも忘れられない、どろりとした重い液体が胃の中をうねり続けている感触。身体全体が、それを拒否し続けている状態。

 気持ち悪くなって思わず吐く。

 目の前には、柔らかい銀色の塊。

 うねうねと気味悪く動いていて、まるで一つの生命のようにも思えた。

 息つく暇もなく、また身体が熱く燃え盛る。もはや、指先さえも侵食されているかの様。

 周りを見ると、家族みんな同じように苦しんでいた。首を掻き毟りながら、床を転げ回っている。

 助けようにも身体は動かない。

 僕もまた、みんなと同じ様に苦しむしか他なかった。


 最初に変化が起きたのは、確か父親だった。

 人一倍に悲鳴をあげ、必死に何かを堪えようとし続けていた。

 次第に、上半身が膨らみ始めた。

 風船の様に、身体の中にガスが吹き込まれたかの様相だった。もはや人ではない。何かのおもちゃにも見えた。

 それでも尚のこと苦しみ続け、とっくに機能を失っていたであろう声帯を振り絞り、叫んでいた。

 

「もう、嫌だ」


 多分、そんなことを言っていた。

 そしてそのまま──


 ──パン、と爆ぜた。


 辺りに飛び散る銀色の何か。

 壁に飛び散り、それらは重力に逆らえずにするすると落ちて行く。

 残された下半身もどろどろと溶けていき、父親の面影すら残されていなかった。

 血も肉も存在しない。

 もはや、父親は人ではなくなっていた。

 悲しみに浸る間もなく、その後は順々に爆ぜていった。

 次は母親。その次に弟、妹。


 家族が壊れて行く様を見た僕は、不思議と何とも思わなかった。

 もうすぐ僕もああなるんだから。

 今更何考えたって仕方ないんだ、と。

 

 その考えとは裏腹に、僕の身体は爆ぜなかった。恐らくはパンをあまり食べなかったから。

 あのパンには仕掛けが施されていた。後で知ったことだが、恐らく人体を──非金属を金属へと変化させる細かい石を中に埋め込んでいたらしい。勿論、それは消化されずにそのまま胃の中に残り続ける。そしてそれが規定量に達した時、自動的に錬金が行われていく。その臨界点を見極めるための実験だったらしい。

 僕は妹と弟に分けていたからか、規定量の石は摂取していなかった。皮肉にも僕の身体は爆ぜずに、その形を保ち続けた。

 その代わりに、皮膚から銀色の液体が滲み出てきた。身体を覆うように侵食する液体はとんでもなく熱かった。

 高温に耐え切れずに、大声で叫ぶ。


 熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い

 やめろやめろやめろやめろやめろやめろ


 声が擦り切れるまで何度も。

 訴えかけるように何度も。

 得体の知れない銀色に何度も。

 僕の身体を奪うな。

 僕の身体を壊すな。

 それでもやめないと言うのなら。

 あの銀色を、お前を殺してやる。


 痛みの果て。抱いたのは強大なる憎しみだった。家族を奪い、自分をも奪おうとするそいつに、僕は純粋なる殺意を抱いた。


 殺してやる。

 殺してやる。

 滅多刺しだ。それとも燃やすか凍らすか。

 でもだめだ。僕は僕自身を殺せない。

 殺せないのなら、僕がお前を奪う。

 僕がお前を支配してやる。


 殺意の果て。抱いたのは壮大なる支配欲だった。殺せないと悟った僕は何とかして屈服させたい、そんな気持ちに溢れていた。


 そうだ。鎧にしてやる。

 お前は一生僕に尽くせ。

 壁となり僕を守れ。

 銀色を僕に捧げろ。

 それなら僕が何かに貫かれて死ぬ時、お前もまた死ぬことになるんだから。


 痛みから数時間。

 燃えるような熱さは鳴りを潜め、身体の奥底へと引っ込んでいく。

 やけに重い身体を立ち上がらせ、周りを見渡す。

 テーブルの上には、誰のものかも分からない銀が散乱している。皮肉にも、朝食のパン皿の上に一際大きな塊があった。

 窓の外を見ると太陽はすでに沈み、月明かりが部屋に染まる銀を照らす。

 他の家を覗いてみても誰もいない。 

 残ったのは僕だけだった。

 僕だけが、あの銀を支配できた。

 僕だけが、自由になった。

 でも、まだ侵されている。

 身に纏った中途半端な鎧が、その証拠だ。




「──そう、だったのか」


 言葉が出なかった。  

 壮絶な過去。悪人に騙され、家族を失い、自分も不自由な身体になった。

 そんな奴に、中途半端な慰めの言葉をかけることはできなかった。


「その後、僕は村から逃げ出してそして、キングと出会った」

「それが、お前のルーツなのか」

「そう。それまでは力を扱えてなかったけど、魔術師のビショップに扱い方を教えて貰った。そこで初めて錬金術って言う魔術を知ったんだ」

「錬金術…… ってもう廃れた分野じゃなかったのか?」

「難しいことはよく分かんなかったけど、ビショップは存続しているって言っていた。禁術の一つとして規制されているけど」 


 錬金術。 

 それは金を追い求めた人間が辿り着いた、我が身を滅ぼしかねない禁術。

 あらゆる物を金に変え、富を自らの手で生み出していく。しかし、美味しい話には裏がある様にその術はあまりにも成功率が低く、対象の物は勿論のこと、それを扱う術者でさえも被害が及びかねない。

 科学の発展により金は作り出せないことが解明された今、魔術ですら夢絵空事として鼻で笑われかねない術となった、が。

 数少ない魔術師のビショップが言うにはまだ生きているらしい。 

 現にナイトは身体に銀を内蔵し、それを自由に出し入れすることができる。


「と、言うことはオルロフがアラバストの住民で実験をしたのか」

「多分。過疎で事件が起きても騒ぎにならず、魔術の学がなさそうな村を探してここに行き着いたのだと思う」

「……酷い話だ」

「本当に、そうだと思う」


 騎士は遠い目をしていた。

 たった一人のエゴでみんなが殺された。

 それは突然、馬車に轢かれるように突拍子もなく、無抵抗に。

 その言葉には亡くなった人々の悲しみと、やり場のない怒りが混ざっていた。

 今ならナイトの気持ちが分かる気がする。


 せめて、抵抗したかった。

 ただ何も言わずに全てを奪われることほど悔しくて悲しいことはない。

 その怒りはみんなを守れなかった自分。

 一人だけ生き残ってしまった自分に向けて。

 中途半端で歪な銀に向けて。



「そろそろ戻ろう。みんなが待ってる」


 西の空の太陽は赤く燃えている。

 辺りは橙の光に染まり、もう直ぐ夜が来ることを伝えている。

 あんまり遅くなるとマリーの説教が待っていることとなる。ただでさえ疲れているのにそれだけはごめん被る。


「今日はありがとうな。その、お前のルーツが知れて、仲間として良かった」

「僕も正直、心の中に秘めて置きたかったんだ。でも、それじゃダメだと思った」

「どうしてだ?」

「僕がキングについて行ったのは『この力が必要にならないほど強くなる』ため。要らないって言うにはもう一度、この代償と向き合わないとね」


 代償と向き合う。 

 忘れ去りたい過去から逃れられない。

 それがどんなに辛く苦しいことか。

 それでも騎士は、柔らかな笑みを浮かべていた。


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