【6 不老の姿は】
【6 不老の姿は】
「美しい。なるほど、アリスがわざわざ手に入れようとしただけはある」
ヴァンクの羽根を手にミリードが感嘆の声を上げた。
地下研究室、魔玉の杖を取られたアーシュラもここにまとめて連れ込まれた。魔玉を持たない魔導師に大げさな警戒はいらないと考えたのか、見張りこそそばにいるが、拘束はされていない。
「見たら返しなさいよ。それはソナバァがベルダネウスから買ったものなんだから」
「まだ支払はされていないはずだが。アリス、先ほどの発言を撤回し、我々に協力するならばこの代金は我々が払おう」
「困りましたね。ベルダネウスさん、不足分は何とかなりませんか?」
「そのために今日、訪れたのですが。来た早々、こんな事態になってしまいまして。でも……」
ミリードをじろりと睨み
「こいつらに売るぐらいなら代価は勉強させてもらいます」
「あら、うれしい」
どこかのんきな2人に
「お前たちは自分の立場がわかっていないようだな!」
ミリードが声を上げるのにアーシュラが鼻で笑った。
「この2人はそこまで馬鹿じゃないわ。この状況をわかった上でこんな態度を取っているのよ。それよりも、立場がわかってないのはあんたらの方よ」
「どういうことだ?」
そこへシズの1人が駆け込んできた。
「ルーラとかいう精霊使いはどこにも見当たりません」
「何だと? 逃げたか」
「逃げるわけないでしょ。あの女は、自分の命よりベルダネウスの命の方が大事って女よ。ある意味、護衛の鏡ね」
「……なるほど、君の余裕の源はこれか?」
ミリードは座ったままのベルダネウスの前に立ち
「精霊使いはどこにいる? そもそもどうやって連絡を取った? あの手紙か? 我々に気がつかない隠語を潜ませていたか」
「じゃないの。ルーラは手紙を読んでから変だったから」
言いながらアーシュラが左手で右肩を揉む。大きく3度。そしてベルダネウスに向かって唇の端を持ち上げた。
彼は小さく頷いた。左手で右肩を大きく3度揉む。それは彼とルーラが決めた合図の1つ。「反撃準備完了、隙を作れ」だ。
さらに彼女は周囲を見回すと、壁の一点に目を向け瞬きする。ベルダネウスもそこを見た。
本棚も置いていないただの壁。
だが、彼はその壁に微かな綻びが生じているのを見逃さなかった。
「人間には悪い癖がありましてね。自分ならしない、出来ないことを無意識のうちに他人にも当てはめてしまうんですよ」
「我々はそんなことはしない」
「ついついそう思ってしまう。だから精霊使いに出来ても、自分は出来ない場合は無意識のうちにその可能性を排除してしまう。
精霊使いには相性があります。人間づきあいと同じように、同じように接しても仲良くなれる精霊、なれない精霊がいるんです。ルーラは特に大地の精霊と仲が良いらしいんです」
「それがどうした?」
「だからこんなことも出来るんです」
顎で背後を示すと、みながそちらを向いた。何の変哲も無い壁を。
瞬間、ベルダネウスは思いっきり両足を持ち上げミリードの背中を蹴り飛ばす!
たまらず彼が壁近くまで転げていく。
「貴様!」
皆の注意がベルダネウスに向くと、彼は外した手枷を投げつけ
「ルーラ!」
叫びと同時に、ミリードのそばの壁が爆発するように崩れ、中から精霊の槍を手にしたルーラが飛び出した! 崩れた壁がミリードに降り注ぐ。
「ザン!」
槍を振るいつつ、彼女がベルダネウスに向かってこよりで簡単に束ねた鞭を投げる。拷問用を改造した彼愛用の鞭だ。
それを受け止めこよりを外すと、鞭が大きくしなって近くのシズたちを打ち倒す。
アーシュラが近くのシズに体当たりし、その腕から魔玉の杖を奪い取る。
形勢が逆転した。
限られた空間での乱戦となれば魔導師は不利だ。しかもシズのメンバーのほとんどは研究者であって、実戦経験はほとんど無い。アーシュラも魔導師だが、彼女は周囲の犠牲など気にしない。得意の電撃魔導を連射する。
何人かは、たまらず我先へと逃げ出した。そのまま家を飛び出したところを
「全員捕まえろ!」
待ち構えていたのは、フェージング率いる魔導師連盟衛士隊だった。
「ダメだ。外に衛士隊がいる!」
その叫びに、屋敷内のシズたちに絶望が広がった。
「遅いのよ!」
「来るまで待てないって動いたのはアーシュラさんですよ」
階上から叫びと戦いのざわめきが流れてくる。その中の
「かまわん。抵抗する奴らには攻撃魔導を叩き込め!」
フェージングの叫びが残ったシズたちを動揺させた。今まで自分たちがしてきたことを考えれば、捕まったら間違いなく死罪だ。下手に抵抗すればその場で殺される。
何人かが目に付いた衛士達に片っ端から攻撃魔導を向けた。とっさ故に充分魔力が練られていないため威力は低いが、とにかく手当たり次第にぶつけまくる。敵味方関係なくぶつけまくる。
火炎魔導の1つがカーテンに当たった。
爆炎魔導の衝撃が、明かり用の油を入れた容器を倒した。
地下。
「あとは任せた!」
ミリードが戦いを仲間に任せて出口に走る。ヴァンクの羽を手に。
階段に出た途端、その足が止まった。上から転がり割れた脂の容器に火が付き、道を塞いでいたのだ。
しかもそれは階段から地下研究所に伸びてきた。
「待ちなさい!」
ルーラが槍をかざして追いかけてくる。
と、彼が振り向き座は魔玉の杖を向けると、ルーラの体がピタリと止まる。
硬直魔導だ。
動けなくなった彼女に、シズの1人がナイフを手に襲いかかる。
ベルダネウスの鞭が唸り、そいつの顔面を打った。
ミリードが魔玉を向きをルーラからベルダネウスに変えると、今度は彼が動けなくなる。
動けるようになったルーラがミリードに迫る。と、やはり魔玉の向きを変えてまたルーラを動けなくする。
「グスグズするな。早くこいつらを仕留めろ」
「あんた!」
アーシュラが稲妻を帯びた魔玉をミリードに向ける。だが、電撃魔導が発動する寸前、今度は彼女の体が硬直する。
だが彼女の体は硬直しても、魔玉の電撃は消えないどころか少しずつ強くなっている。かろうじて発動だけは防いでいるが、魔導そのものはまだ生きているのだ。
ミリードは恐怖した。彼を凝視する彼女の目が
「私の硬直を解いてごらん。その瞬間、私の電撃があんたを黒焦げにするわよ」
そう言っていた。
彼の硬直魔導の対象は1人だけだ。だから相手を硬直させている隙に、仲間にそいつを無力化させたり殺させたりしていた。
だが今は
「いい加減諦めたらどうですか?」
アリスが笑顔で言った。
それぞれ得物を構えたルーラとベルダネウスがにじり寄ってくる。
すでに研究室のシズたちは、彼をのぞいて床に倒れ呻いていた。死んではいないが、皆、痛みと戦意喪失で動けない状態だ。
もともと戦いに不慣れなシズのメンバーだ。数でこそ勝っていたが、一旦、自分たちの優位が崩れるともろかった。
「くっ」
杖を構えながら、彼は出口に向かって後ずさる。その足下に、階段から流れ出た火の付いた油が伸びてきた。
「気をつけて」
アリスの言葉も間に合わない。伸びた火は、彼のズボンに燃え移った。
「うわっ!」
たまらず声を上げた途端、硬直魔導の集中が途切れる。
「あんた、ど最低!」
アーシュラの電撃魔導が一気に膨れあがり、硬直魔導を押し払って津波のようにミリードを飲み込む。
弾かれるように彼は電撃とともに壁に叩きつけられ、跳ね返って床に倒れた。
ルーラたちが駆け寄り、彼のズボンの火を消す。
一同の気の隙を突くように、彼が倒れた弾みで手から離れたヴァンクの羽根が床に落ちる。そこへ伸びる油の火。
皆がそれに気がつくと同時にヴァンクの羽根に火が付き、あっという間に燃え上がる。
アリスが走った。部屋の中央に描かれた魔導陣の中央に。
燃える羽根から何か大きな力が弾かれるように広がるのをその場の人達は感じた。羽根という宿りの場を失った精霊力が解放されたのだ。
「命の時を紡ぐ力よ。その流れをここにとどめよ」
魔導陣の中央に立ったアリスがつぶやくようになにかを詠唱しながら振り返り、精霊力に向かって魔玉の杖を伸ばす。
魔玉が淡い金色の光を放ち、床の魔導陣の紋様がそれに合わせるようにゆっくり点滅する。
「みんな、魔導陣から離れて!」
アーシュラが叫んで魔導陣から離れた。ここにいる者のほとんどは魔導師だ。儀式を始めた魔導陣に関係ない者が触れることがどれほど危険なのかわかっている。意識あるものは力を振り絞って魔導陣から離れ、ベルダネウスやルーラが急いで動けないものを抱え出す。
魔導陣からアリス以外の人が消えた時、精霊力の広がりが止まった。
「我を宿り木とせよ。その力、我の内にて流れを休め、静かな眠りにつくが良い」
精霊力は広がりこそ収まったものの、その場に留まったままだ。
ハッキリと目には見えなかったが、その空間に何か強い力があることは皆にわかった。微かに空間が歪んでいる。まるで蜃気楼が踊っているように。
ルーラは以前、解放された魔力を魔玉に封じる儀式をアーシュラが行うのを見たことがある。それと似たような感じだが、完成度は遙かにこちらの方が上に思えた。プロのダンサーと幼児のお遊戯ほどの差がある。
アリスが杖を振るうと、魔力の道が生まれ、それに導かれるように精霊力が流れ、彼女を取り囲んでいく。力を取り込んでいくというより、精霊力が自ら彼女に入り込んでいくようだ。幼子が母親に抱きつくように、疲れた体で帰った父親が、灯りと食事の良い臭いに包まれた我が家に入るように。
周囲の誰もが無言で彼女の行いに魅入られていた。倒れているシズたちも呻くのを忘れていた。
突発で行ったにもかかわらずこれである。間違いない。彼らは今、世界でもトップレベルの魔導儀式を目の当たりにしているのだ。
ただ一人をのぞいて。
(あれだ……あれで不老不死になれる)
倒れていたミリードが体を起こす。痛みもしびれも忘れていた。
彼が動くのに気がついたものはいたが、注意はしなかった。彼もまた自分たち同様、彼女に魅入られているとはなから決めつけていた。
精霊力が渦となって彼女に吸い寄せられていく。
ミリードが最後の力を振り絞って彼女に駆けだした。火傷や電撃魔導の痛みも耐えた。その手の魔玉が光っている。
突然のことで誰も動けなかった。
「私にも、私にも不老不死を!」
彼はアリスを突き飛ばすと、精霊力の渦の中心に自分の魔玉を差し込んだ。
精霊力が乱れた。穏やかな清流に荒々しく踏み込んだように彼の魔玉は精霊力の流れを乱し、かき回す。
ルーラには精霊たちが驚き、慌てて逃げていくのが見えた。
しかし、いくらかは魔玉を通じてミリードの中に入っていった。
魔導陣の輝きが消え、精霊力が霧散した後、魔玉の杖を掲げて高笑いするミリードが残った。
「ふははははは。わかる。わかるぞ、私の中に精霊の力が蠢いているのが。これで不老不死か、それに近い命が得られる」
彼の言葉を妄想と笑うものはいなかった。
アーシュラの電撃魔導で半ば焼けただれた彼の身体が、みるみる治っていくのだ。
焦げた肌が剥がれ落ち、真新しい肌が表れる。
高笑いする姿にアーシュラが魔玉の杖を向けた。
「こんの、最低男!」
彼女の電撃魔導が再び彼を襲う。が、それは流れるように彼にまとわりついたものの、すぐに力を失い消滅する。
「え?」
唖然とするアーシュラに、彼の高笑いが答えた。
「無駄だ。精霊の力は人間の魔力を遙かに凌駕する。それを宿した私に攻撃魔導が通じるものか!」
「ミリードさん」
アリスが体の土埃を払うと、彼を見ながら小首を傾げる。
「どこか異常はありませんか?」
「何だと?」
「あなたの言うとおり、精霊の力は人の魔力より遙かに大きく、強いものです。それをいくらかですが体に取り込んだのです。あなたの体がもつかどうか」
ミリードの顔が引きつった。
「ですから、私は精霊力を取り込むに当たって充分な準備をしてきました。どうすれば人間でありつづけながら強大な精霊力をこの身に宿し続けられるか。宿した力を不老不死の力にうまく使えるか。
できれば、こんな突発的なやり方ではなく、充分な下準備を整えた上で行いたかったのですが。
あなたは、精霊の力を受け入れるために何か準備をしましたか?」
彼女はルーラを見、
「わかりませんか? 彼の身体の中で精霊たちがどうなっているか?」
言われてルーラは精霊の槍をかざし、先端の精霊石の穂先を通じて精霊の声を聞こうとする。
「……戸惑っている。苦しんでいる。あなたの体は精霊たちにとって居心地が悪すぎる」
途端、彼の体が小刻みに震えだした。目を大きく見開き、どっと汗が噴き出す。
その様子にアーシュラが苦く笑い
「そんなに脅かさなくてもいいんじゃない」
「違う」
彼女にはわかった。ミリードの体の中で精霊力がもがいている。ただもがいているのではない。
「精霊たちが、少しでも自分たちの居心地がいいようにって、あなたの体を作り替えようとしている」
「へぇあっ!」
間の抜けたような叫びを上げて、ミリードが床に転がった。苦しみ悶えるその肌が少しずつ変色しはじめる。
「ちょっと……本当にこいつ……」
アーシュラの戸惑いにルーラは無言で頷いた。
皆の前で彼の体は少しずつ茶色っぽく変わり、肌が乾きはじめる。
床に付いた手を持ち上げようとするが、上がらない。
無理矢理引き剥がすと
「ひぃっ!」
指先から細長い木の根のようなものが生えていた。
「ア……アリス……助けてくれ……。どうすればいい?」
半泣きで彼女ににじり寄る。
「あなたの体から精霊力を抜き出し、解放するしか無いと思いますけど」
「頼む……助けてくれ……お前なら出来るだろう。出来るはずだ」
だが、彼女はゆっくりと首を横に振った。
「ごめんなさい。私、精霊の力を取り込むことは考えたけど、解放する方法はまだ見つけてないの」
「そん……なっ!」
彼の服の肩を突き破って、木の枝のようなものが生えてきた。
「……木だわ」
アーシュラがつぶやくまでもなく、今、精霊たちが彼の身体を何に作り替えようとしているのかは明らかだった。
ミリードは木になろうとしていた。
彼の服を破って枝が伸びてきた。
彼の足から生えた根が靴を壊し、土を求めて床石を割り、潜り込んでいく。
「ミリードさん。受け入れなさい。あなたは人間でなくなるけれど、人間よりずっと長い寿命を手に入れます。見た感じ、あなたはイハンの木になるようです。イハンの寿命は数千年と言われています」
「い……やだぁ……」
恐怖に白目を剥き、大口を開けたまま彼のもがきは止まった。彼の体の変化が加速した。彼の肌が樹皮となり、頭や手の先端から緑の葉が顔を出した。
もう、誰も彼の変化を止めることは出来なかった。
もとの体の3倍ぐらいまで大きく成長して、やっとその変化は止まった。
アリスの推測通り、彼はイハンの木になっていた。数千年の寿命を持つと言われる広葉樹。夏から秋の終わりにかけて薄紫の花を咲かせ、その実はエグくて人は食べないが、鳥や獣は食べるものが多い。
冬のこの時期はほとんど葉を落とすが、急激な変化のせいか、彼には多くの葉が繁っていた。てっぺんの葉は研究室の天井に届いている。
幹には彼の叫びの顔そのままの紋様が浮かんでおり、人面樹のようだった。
アーシュラが杖でその紋様のそばを叩き
「希望とは違うだろうけど、数千年の寿命を手に入れたんだから。こいつも満足でしょ」
「満足してないと思いますけどね」
ベルダネウスの言葉にも、哀れみが感じられた。
研究室のシズたちは、皆、リーダーのなれの果てに皆呆然としている。
「アリスさんは大丈夫ですか?」
改めてその場の視線が彼女に集まる。
「私は精霊の力が体内に入った時のことを想定して、いろいろ準備をしてきましたから……けれども」
彼女の顔に陰りが見えた。
「実際に行うのは初めてですし、あんな突発的なやり方でしたから。今のところは大丈夫みた……」
苦しげに胸を押さえるのを見て、皆が身構える。
「ソナバァ!」
アーシュラが駆け寄り、倒れそうな彼女を抱きかかえる。
「精霊力を出すのよ。さっきの逆をやればいいでしょ」
「……そんな簡単なものではないことは……あなたもわかっているで……」
アリスが大きく口を開いてぱくぱくさせる。必死に空気を求めるように。その体が固まるように動かなくなり、皮膚が変色をはじめる。ミリードと同じように。
シズの何人かが悲鳴を上げて研究室から逃げ出した。
体を揺らいで倒れるアリスの腕をとっさにルーラがつかむ。
途端、その腕がボロッと取れた。腕をなくしたアリスの体が床に転がる。
ルーラに握られたままの変色した腕が崩れた。
ミリードとは違う。アリスの体は木になろうとしてはいなかった。
「土?!」
ルーラが手に残った砕けたアリスの腕を見てつぶやいた。
「違う!」
ベルダネウスの声に、ルーラはもう一度手に残ったそれを見た。確かにそれは土とは違うようだった。
倒れたアリスの体が少しずつ膨れるように大きくなった。だがそれは人の形はしておらず、ただ赤茶けた汚れの塊が増殖しているように見えた。彼女の服が膨れに耐えられず、ボタンがはじけ飛び、生地が裂けた。
何か腐ったような、饐えたような匂いが漂いはじめた。
「な、何なのよ?」
「この匂い……」
鼻をひくつかせるベルダネウス。彼はこの匂いに覚えがあった。
「知ってるの?」
「ああ……。昔、ファルトがこんな匂いをさせていた。50日ぐらい風呂に入らず、体を洗っていないと言っていた」
「ふざけないでよ!」
「私は大真面目だ」
やがてアリスが動かなくなったとき、よりふたまわりは大きい赤茶けた山になっていた。
ベルダネウスが歩み寄り、山を手ですくい上げ、匂いを嗅いだ。
「やっぱり、これは垢だ」
「垢?」
「輪廻鳥」
彼がつぶやくと同時に山に亀裂が入った。中から何かが飛び出そうとしているように、突き上げられるような形で次々と亀裂が入る。鳥が卵の殻を破って生まれる時のように。
それを打ち破って短い金髪の頭が現れた。無数の破片をまき散らしながら
「あー、苦しかった」
大きく息をする。
「アリス……さん?」
恐る恐るルーラが聞く。出てきた顔は確かにアリスだった。しかし顔は幼く、声も今までより一音高くなっていた。
アリスが山から体を抜き出した。服が破けたせいで、彼女は裸だった。
「上着を脱いであっち向いてなさい!」
ベルダネウスに回れ右させると、アーシュラが彼に脱がせた上着を這わせた。
「ありがとう。アーシュラ、いつの間に大きくなったの?」
「……ソナバァが小さくなったのよ」
その通り。アリスはもともと小柄だったが、今はそれが更に小さくなっている。
いや、小さいと言うより、幼くなっていた。10才ぐらいに見える。胸の膨らみなどはほとんど無くなってしまっている。
階段を駆け下りる無数の足音がして、フェージングを銭湯に魔導師連盟の衛士達が研究室に飛び込んできた。
「アリス、無事か?」
叫んだものの、部屋の様子に唖然とした。
「フェージングさん、ご苦労様です」
にっこり笑う、だぶだぶの上着を羽織っただけの10才ぐらいの裸の少女。それがアリスだと気がつくのに、彼はたっぷり30秒かかった。
(つづく)