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【4 シズの要求】


   【4 シズの要求】


 翌朝、朝食を済ませると

「私は先にアリスさんの家に行く。ルーラは準備と宿の払いを終えてから馬車で来てくれ。場合によってはそのまま町を出る」

 そう言ってベルダネウスは厚手のマントを羽織り、アリスの家に向かった。

 夜の間に降ったのか、町はうっすらと雪化粧をしていた。町のあちこちでは、雪かきをしている人の姿が見られる。

 先日の衛士のふりをして訪ねてきたという人のこともあり、1人で大丈夫かとルーラは心配したが

「日が昇れば人通りもある。外れとは言えアリスさんの家は住宅街にあるんだ。心配はいらない」

 と彼は笑ってその心配を打ち消した。

 実際、彼女の家に行くまでの道は朝の仕事に勤しむ人々の姿で人目が途切れることはなかった。

「ちょうど良いところへいらっしゃいました」

 出迎えたアリスは上機嫌だった。

「来客ですか?」

 扉横のコートスタンドに自分のマントを掛けながら聞いた。隣には、昨日は無かったコートが掛けられている。

「ええ。ところで、昨日お渡しした代金の鑑定はいかがでした?」

 ベルダネウスは声を潜めて

「あまり芳しくありませんが、来客中にこの話は」

「かまいませんわ。まだ話を始めたばかりですけれど、お客様はあなたにも興味がおありみたいですから」

 どうぞと案内されて居間にはいると、数人の男たちがいた。

「みなさん、こちらが自由商人のベルダネウスさん」

「初めまして。テイクス・ミリードです」

 顔に深い皺を刻み込んだ男が立ち上がり、右手を出す。

「ミリードさんは、私と同じく不老不死の研究をしているの。シズという研究グループを作ってね」

「すると、アリスさんとは研究仲間というわけですね」

 ベルダネウスは握手すると、テーブルを挟んで座った。男たちのうち、1人が入り口のドアを塞ぐように移動した。

「いや、以前、1度声を掛けたことがありましたが断られた。無理もない。あの頃の私は研究を始めたばかりの上、功名心ばかり強くて、彼女の研究を半ば横取りするつもりだった」

「今は違う。と」

「ええ。今の私たちは、彼女のパートナーとなり得る力がある」

「それでは、あなた方は彼女に匹敵するほど不老不死に近づいたと」

「あいにくだが、それはまだまだだ。見ての通り、齢200に近づこうというのに20歳前後の若さを維持する彼女に比べて、私はこの通り。年齢相応の体だ」

 自分の皺が刻まれた腕を見て、ミリードは歯ぎしりした。

「失礼ながら、あなたは今、おいくつで?」

「50を過ぎたところだ。君は……40ぐらいか」

「29歳です。見ての通りの老け顔でしてね」

「見た目は40でも、内なる命は20代前半に感じますわ。それに、あなたの老け顔の原因は」

 アリスの言葉を遮るように、ベルダネウスは「ありがとうございます」と会釈した。その意味を理解したのか、アリスはこの話題はそれっきりにした。

「ならば尚更若さが欲しいだろう。ましてやあんな若い娘を愛人として連れているぐらいだ」

「ルーラのことですか? 彼女は私の愛人などではありません」

「わかった。今はそういうことにしておこう」

 やれやれとばかりにベルダネウスは肩を落として苦笑い。今までにも、自分とルーラを主人と愛人の関係と見た人はたくさんいる。いちいち反論するのもいい加減面倒くさくなっている。

「話を戻すが、今の我々はアリスにはない人脈がある。不老不死の研究に対し、様々な情報を流し、資金を援助してくれる人達だ。これが彼女のパートナーになれるという理由だ」

「それは素晴らしい。いくら個人の資質が優れても、周囲の支援がなくてはその力は半分も発揮できませんからね」

「その手始めとして、私たちはアリス、先ほども言ったとおり、資金援助を申し出たい。君は資金面で大分苦労をしているようだからな」

「その通りですわ。今も私はベルダネウスさんに対して支払う研究素材の代金に苦労してますの」

「知っている。だから来たのだ」

 ミリードに促され、仲間の1人が大きな木箱を3つ取り出した。サークラー教会などで使われる貨幣専用の収納箱だ。

 箱を開けると、いくつもの区切りに分かれた中に、ディル金貨が隙間無く詰まっている。どれも造幣されたばかりなのか、金の輝きを放ち、手油1つ浮いていない。

「とりあえず、300万ディルほど用意した」

「これはいい目の保養です」

 ベルダネウスはハンカチを取り出し、それで包むように1枚取り出した。彼の見る限り、間違いなく本物だった。

「ヴァンクの羽根の代金としては充分なはずだ」

 その言葉に、ベルダネウスはアリスを見た。

「なるほど、やはり先日、私の家に入り込んだのはあなた方でしたのね。人の研究を勝手に盗み見ることはお行儀が良いとは言えませんね」

「それについては謝罪しよう」

 と言いつつも彼は体を前に倒すことなく胸を張る。

「しかし、我々の申し出はそれを不問にしてでも得る価値があると考える。そして」

 顔をベルダネウスに向け

「我々は君とも取引をしたい。アリスが購入したヴァンクの羽根。我々にも回してもらいたい」

「ヴァンクの羽根を?」

「そうだ。代金も君が満足できる額を払うつもりだ。見ての通り、我々には充分な財力がある」

「申し訳ありません。私が手に入れた羽根は、彼女に販売したものが最後でして」

「また手に入れればいい」

 ミリードはあっさりと言い

「精霊使いを連れ歩いているぐらいだ。ヴァンクと何か特別なつながりがあるのだろう」

「簡単におっしゃりますが、生きたヴァンクというのは大変な力を持っています。今までどれだけの人間がヴァンクを手に入れようとして、返り討ちに遭ったことか」

「ならば君はどうやってあの羽根を手に入れた?」

 静かに息を吐きながら、ベルダネウスはこの場にルーラがいなくて良かったと思った。

「申し訳ありません。私がヴァンクの羽根を手に入れたのは偶然によるものです。もう一度手に入れろとおっしゃられても……」

「無理というのか? 羽根を手に入れたと言うことは、ヴァンクと接触したのだろう。ならばもう一度そこに行き、羽根を取ってくればいい。 手がかかるというなら人を貸そう。ヴァンクを仕留めるのにどれだけ魔導師や剣士を集めればいい?」

「ヴァンクに正面からぶつかっても無駄です。私はヴァンクの戦いを見ました。あれは強いです。精霊の力を抑え気味にしていてあれです。万全の状態のヴァンクを倒そうとするならば、国レベルの軍隊が必要ですね」

「君は精霊使いの愛人がいるだろう。罠を仕掛け、そいつに命じておびき寄せればいい」

「精霊使いは常にヴァンクの味方です。彼女にヴァンクに危害を加える手助けをさせることは、親や友人、愛する者をその手で殺せというようなものです」

 顔をあげたベルダネウスの目は、客を見る目ではなくなっていた。

「そしてもうひとつ。確かに私は生きたヴァンクと出会い、助けられた上に羽根を手に入れました。私にとって、そのヴァンクは恩人、いえ、恩獣です。あなた方に売り飛ばすようなことは出来ません。

 あなた方への羽根の販売はお断りいたします。ヴァンクの居場所も教えることは出来ません。どうしてもというのでしたら、ご自身の力でどうぞ。この世にはヴァンクがいると言われる場所がいくつもあります。そこに赴き、ご自身で手に入れてください」

 周囲がざわめいた。

「格好をつけるな。自由商人は金儲けだけ考えればいい!」

「金は使うものであり、仕えるものではない」

 自分に言い聞かせるように、ベルダネウスは呟き

「私は自由商人ですから、金儲けは大好きです。商売の後、売上を山にして飲む紫茶の味は格別です。しかしそれにも限度があります。金儲けは当面の目標になっても、最終目標にはなりません。

 商人は心ある人から仕入、心ある人に売る。商品を通じて心ある人同士をつなぐ役目である以上、私自身、心を失うわけにはまいりません。キザと言われようが、格好つけたがりと鼻で笑われようが、こればかりは引けません」

「狩人にでも頼めと言うことか!?」

 怒気を孕んだ声でミリードが言った。

「それは無理じゃないかしら」

 答えたのはアリスだった。

「狩人は殺戮者じゃありませんから、自然界のバランスを崩す狩り方はしませんよ」

「どうやら、私に関する用事はこれまでのようですね。アリスさんとのお話が終わった頃にまた来ます。それとあなた方に協力はしませんが、邪魔もしません。衛視に売るような真似はしませんからご安心を」

 一礼して扉に歩いて行くベルダネウス。その動きが突然止まった。

「な……」

 彼の顔が強張った。動こうにも動けない。

「すまないが、君を帰すわけにはいかない」

 彼の姿をじっと見据えるミリードの持つ杖の魔玉が光っていた。

 ベルダネウスは必死に体を動かそうとするが、心と体が切り離されたかのように、彼の思いに体が反応しない。かろうじて顔の表情が引きつるだけだ。

「おい」

 指示を受け、周りの魔導師たちが剣を抜き、動けないベルダネウスに突きつけた。

「硬直魔導ですか……珍しい力をお使いですね」

 アリスの口調はあくまでも静か。ミリードの助けはしなかったが、ベルダネウスを助けもしなかった。


 ルーラはベルダネウスの護衛が主な仕事だが、家事、雑用係としても契約している。宿の契約からサークラー教会に対する各種書類作成、申請も一通り出来る。その他にも馬車馬グラッシェの世話から馬車の掃除、衣類の洗濯までやることはいくらでもある。

 出発準備なので洗濯はしないが、新しい荷物に備えて荷車の整頓をする。グラッシェは力持ちだが、やはり引っ張りやすいようバランスを考えた配置が必要だ。

 冬の朝はまだ空気が冷たいが、動いていると気にならなくなってくる。

「ベルダネウスはいる?」

 アーシュラが宿に顔を見せたのは、ベルダネウスが出かけて小1時間ほどしてから、ルーラが宿の支払をしている時だった。

「アリスさんのところへ行きましたけど。よくここがわかりましたね」

「サークラー教会で聞いたわ。そのせいで入れ違いになったのかしら」

「そうかもしれません。準備が出来たら、私もアリスさんのところに行きますから一緒に行きましょう」

「そうね」

 馬小屋に行くと、グラッシェが一声鳴いて「あれ、見覚えある人?」と言いたげにアーシュラに向かって首を傾げた。と言っても冬毛に覆われ、ほとんど毛玉のようになっているため、傍目からは上の方が少し斜めになっただけである。

「グラッシェだっけ。相変わらず毛が多いわね」

「春になればまた生え替わりますよ」

 飼い葉を与え、専用の巨大ブラシで毛並みを整えてやる。

「ところで、ソナバァの払った代金、どれぐらいになった?」

 それが……と想定した金額には遠く及ばないことを説明すると。

「そんなことだと思ったわ。ソナバァ、結構お金に無頓着なところがあるから。稼ぎ方、使い方が下手なのよ。100年以上生きてきたくせに」

「不老不死だと、そういうことを気にかけないようになるんじゃないですか」

 気楽な笑顔でグラッシェの世話をするルーラを、アーシュラはじっと見ていたが

「ところで、あんたはベルダネウスと結婚するの?」

「え!? そんな……そりゃまぁ、でも……」

 いきなりの問いに、真っ赤になって返事に詰まるが

「ただ……ザンにその気があるか。アーシュラさんこそ、結婚の予定とかないんですか」

「あるわけないでしょ」

「でも、意外です。アーシュラさんって、結婚とかには興味ないんだと思ってました」

「結婚には興味ないけど」

 しばらく口の中をもごもごさせていたが

「あんた、アレ、ある?」

「あれって?」

「……女の月のもの」

 その意味を知って、たまらずルーラは真っ赤になり

「まぁ、あたしも16ですから」

「私はないの」

「それって! おめでたなんですか?」

 笑顔で返され、アーシュラはたまらず首を思いっきり横に振る。

「違う違う。私は……まだ月のものが始まってもいないのよ」

「え?」

「もう22なのに……」

 なぜこんなことを話し始めたのか、アーシュラ自身わからなかった。自分1人でため込むのが嫌になったのかも知れない。


「10歳の時だったわ。山火事に巻き込まれてね。助けだされた時は全身大やけどで、その場の魔導師たちも治癒魔導の限界を超えているって諦めて。誰が見てももう助からないと思ったそうよ。

 それを助けてくれたのがソナバァ。不老不死の研究結果を生かした治癒魔導で私を治したの。

 私が魔導師を目指すことになったきっかけよ。

 それから何年かは問題はなかったわ。ソナバァから研究のことは口止めされていたけど、その頃は禁断の研究と言うより、秘密の研究って感じでむしろわくわくしていた。

 けれど、3年、4年、5年と経つうちに私はなんだか不安になってきた。

 いつまで経っても月のものが始まらない。中にはその時の辛さから羨ましいって言ってくれる人もいたけれど、次第に怖くなってきた。18の時、ちょうど結婚を申し込んでくれた人がいてね。背中を押されたように思い切って魔導師連盟の治癒魔導師に見てもらったの。もちろん、不老不死の研究のことはナイショのままで。

 驚かれたわ。私の体、子供を作るところが全くと言って良いほど育っていなかったのよ。10歳のまま。

 ソナバァの治癒魔導の影響で、不老不死になってしまったんじゃないかって思ったわ。ソナバァほどじゃなくても、体の成長が著しく遅くなってしまったんじゃないかって。

 不老不死に近い体と引き換えに、私は子供を産む力を失ってしまった。そう思うと怖くなった。

 相手の男には不老不死のことは言わず、私は子供が作れない体だって伝えたの。

 途端、結婚の話はなしになったわ。その人は地元ではそれなりに地位があってね。跡継ぎを産めない女に用はないって。

 それが町に広まるにつれ、みんな私を気味悪がりはじめた。それを忘れるつもりで私は魔導の勉強に没頭したわ。おかげで魔導師学園は首席で卒業出来たけどね。

 こっそり禁断とされている魔導のことも調べて、私は魔導人のことを知ったわ」

「もしかして、子供が作れないから代わりに魔導人を?」

 いつの間にかルーラも手を止めてアーシュラの話を聞いている。

「きっかけはそうだったわ。でも、次第に魔導人の研究そのものが楽しくなってきたけどね。だいたい、その気持ちが今でも続いていたら、詰所での一件、ベルダネウスより先にさっさと魔導人を見つけて連れ出していたわ」

「それもそうですけど。本当にアーシュラさんの体は不老不死に近くなっているんですか? これまではちゃんと成長していたんですよね。つまり体は年を取っていたってことですよね」

「まだわからないわ。ソナバァの不老不死って、肉体を20歳ぐらいに維持し続けるものだから、私の肉体がここまで成長しても不老不死の否定にはならない」

 彼女はそっと手のひらを太陽にかざし

「結果はあと20年もすればでるわ。不老不死に近いならばこのままかほとんど年を取らないし、そうでなければ私の顔に皺がでて、肌の張りも失われる」

「アーシュラさんは、不老不死はいやなんですか?」

「嫌よ」

 きっぱりと言い放つ。

「私だって禁断の研究をしているんだから、不老不死が道義的にどうこうなんて言う気はないわ。ただ単純に受け付けないだけよ。私は普通に年取って、シワシワのお婆ちゃんになって死にたいだけ」

「あの……」

 恐る恐るルーラが片手を挙げ

「アリスさんって、不老不死になってから子供を産んだことありますか?」

「えらく突然ね。私の知る限りないわ。どうしてそんなこと聞くの?」

「あたし、本で読んだことがあるんですけど、生き物が産む子供の数は生まれてどれぐらい無事に大人になれるか、寿命の長さで決まるって。だからすごく敵が多くて大人になるまでにほとんどが死んじゃう魚なんか、1度に100個以上も卵を産むし、強いって言われる大きな肉食獣ですら4、5匹は産みます。人間は早くても1年に1度、産むのは1度に1人だけですからものすごく少ないんです。

 それは人間は生まれた子供が無事に大人になれる確率が高くて、他の生き物よりずっと長生きだからです。生まれて70年近く生きる生き物なんて人間ぐらいしかいないです。……あ、ヴァンクは例外です」

 ちなみに、ヴァンクの寿命は500年前後と言うのが多数の意見だが、実際に確かめられたわけではない。人によって200年程度~10,000年以上まで幅広い。

「何が言いたいわけ?」

「もしも人間が不老不死になったら、きっと、生まれる子供数はもっと少なくなります。そうでしょう。誰も死なないのに生まれる数は変わらないなんてことになったら、この世は人間で溢れちゃいます。他の生き物たちはみんな人間に食べられてしまいます。

 だから人間の寿命が伸びれば伸びるほど、子供を作らなくなる。産まなくなる。無意識のうちにバランスを取ろうとするんです。全ての人間が不老不死になったら、きっと人間は子供を産まない生き物になると思います」

「それって、私が子供を作れない体になったのは、不老不死の肉体になったからって言いたいの?」

「その可能性はあると思います。あくまで、可能性ですけど」

「そうね……今は何を言っても推測でしかないわね」

「でも、推測は大事です。未来を予測することは、それをより明るく、暗さを緩和する準備だから……って、これはお父さんの受け売りですけど」

「あんたのお父さんって、おめでたい男だったのね。悪人にあっさり騙されそう」

 途端ルーラがむっとした目を向けてきたので

「ごめん。余計な言葉だったわ」

 アーシュラが軽く頭を下げた。

 そこへ宿屋から1人の顔色のあまり良くない男がやってきた。この一見、さえない若者。彼女たちは知らないが、ムダザである。

 彼は事情もよくわからないまま使いを頼まれたと言うように

「あの、ルーラ・レミィ・エルティースという人は」

「あたしですけど」

「ベルダネウスって人から手紙を預かってきました」

 と、封筒を差し出した。役所で使っているような何の変哲も無い封筒だ。

「ザンから? 本人は?」

「どうしても離れられないからって言ってましたけど」

 手紙を開く。間違いなくベルダネウスの字だ。


『エルティースへ

 事情が変わった。馬車でアリスさんの家まで来て欲しい。研究資料を持ち出すことになった。

 来る前にサークラー教会に行って、未払いのままになっていたファルトの預かり口座に5万ディル入れておいてくれ。これ以上遅れるとまずいことになる。

 途中、アーシュラさんと会ったら連れてきて欲しい。彼女に預けていたヴァンクの羽根も忘れずに。

 早めに来て欲しいが、あまり急いで衛士に目をつけられないよう気をつけろ。

 この手紙を持ってきた男に、駄賃を頼む。多めにな。

 ザン・ベルダネウス』


「誰、ファルトって?」

 横から手紙をのぞき込んでいたアーシュラが

「時々、護衛とかの応援を頼む魔導師です。お金にうるさいですけど、腕は良いです」

「賃金の払いを送らせるなんて、あいつらしくないわね」

「ちょっとゴタゴタがあって」

 手紙をきれいに折りたたむと

「ご苦労様、運び賃を渡すから来て」

「すみませんね」

 精霊の槍を取ると男を馬小屋の隣に止めてある馬車まで案内する。

 馬車の陰に入って外から見えなくなった時だった。ルーラが体を捻り、ムダザの首筋に精霊の槍を振るった。

 だが、彼はそれを躱すと間合いを開け

「何をするんです」

 ルーラはそれに答えず、彼に追撃の槍を振るう。その槍を素手で払いながら交代するムダザの動きは明らかに素人ではない。

 彼の目つきが変わり、袖口から細身の剣を引き抜いた。

 反撃する彼の剣をルーラが槍で受け流しては間合いを外そうとするが、彼も剣の間合いに詰めようと前に出る。

「ちょっと、何をしてるのよ?!」

「下がって!」

 驚くアーシュラに叫びつつ、ルーラは飛ぶようにして間合いを大きく外す。

 そこを責めようと前に出たムダザを囲むように、雪が舞い上がった。彼を中心に雪の壁が渦を巻く。

 ルーラの頼みを受けた雪の精霊たちが、彼を中心にダンスを踊っているのだ。

 吹雪に囲まれ、ムダザの視界が真っ白になる。視界だけではない。吹雪の轟音が聴覚を奪い、渦巻く冷気が皮膚の感覚を鈍らせる。

 動きが止まった彼の腹部に鈍い衝撃が走る。

 雪が舞い降り、再び彼の姿が見えた時、その腹には逆手に持ったルーラの槍がめり込んでいた。精霊の力で雪を舞い上げ、視界を奪った一瞬で再び間合いを詰めて一撃を見舞ったのだ。

「ぐうっ!」

 倒れたムダザの腹にさらに一撃を加えると、ルーラは馬小屋に出入り口まで走り、周囲を伺う。

 彼女たちの他に人の姿はないが、周囲は既に足跡だらけなので、既に逃げたのかも知れない。

「とりあえず仲間はいないみたいだけど……アーシュラさん?」

 見回すが彼女の姿はない。先ほどまで彼女のいたところには、雪の柱が1本立っているだけ

「あんたね」

 柱が震えたと思ったら、雪が払い落ちてアーシュラの姿になる。

「周りを見て精霊の力を借りなさいよ。おかげで雪まみれよ」

 体を払って残った雪を落とす。

 精霊の力は強力だが、あらっぽく大雑把。使ったらその場にいる者を見境無く巻き込んでしまうのだ。

「ところで、こいつが何かしたの?」

 アーシュラが気を失っているムダザを足で突っつく。

「手を貸して。ザンが捕まってる」

「え?」

「彼が手紙で教えてくれました」

 ベルダネウスとルーラの間には、おおっぴらに中身を話せない時のために簡単な合図を決めている。

 手紙ではじめに相手の名前を書くのは普通だが、普段呼び合うのとは違う言い方で書く時、それはこの手紙の中身に合図を紛れ込ませているという印だ。

 ファルトへの未払いなどない。大事なのは彼が魔導師であること、そして支払額は人数を示す。すなわち相手は魔導師を含む最低5人が彼を束縛しているということ。

 駄賃を多めとあるのは男が敵だと言うこと。

 書いてすぐ、敵が中身をチェックするだろうからあまり不自然な文章には出来ない。伝えられる情報は断片的なものになるが、それでも状況をある程度伝えるヒントにはなる。

 ルーラたちは早々に宿への支払いを済ませて出発した。荷台では、縛り上げたムダザをアーシュラが見張っている。

「それにしても、そんな決まりまで作らなきゃならないなんてね。もっとも、力玉なんて禁制品を扱っているじゃ無理ないか」

「ただ、ザンを捕まえている連中の正体がわかりません」

 アーシュラはムダザをちらと見

「こいつに吐かせる?」

「そう簡単に吐くとは思えません。こんな偽手紙まで書かせたぐらいですから、簡単にザンの命を取ることはないと思いますけれど」

「そうね。私のことに触れていた以上、狙いはヴァンクがらみだと思うけど。でも、羽根だけが目当てなら、あいつを生かしたり、あんたを呼ぶ必要はないわよね……。もしかして、あいつらの目当ては羽根の入手方法じゃない。あんたをわざわざ呼んだのは、精霊使いであるあんたも必要だと思ったか、あいつの口を割らせる人質にするつもりなのか」

 2人は馬車を進めながら周囲をうかがい、後をつけるものがないのを確かめる。

「ただ、アリスさんの立場がわかりません」

「そうね。ソナバァが一枚噛んでいるんなら、わざわざこんなことする必要は無いし。反対しているなら、こんなことはさせないわ。多分様子見ってところね。まあ様子見ってことは、あんたの言うとおりベルダネウスに危害を加えてはいないんだろうけど」

 言い終わってから、アーシュラはふと気がついた。

「そうか。連中の目的はあんたかもしれないわ」

「あたし?」

 ルーラが怪訝な顔で自分を指さした。

「そう。私や私の持っている羽根が目当てだったら、特に何かする必要は無いわ。黙ってたって向こうに行くんだから。馬車だって、連中が手配ぐらい出来るでしょう。だったら、こんな手紙を書かせた目的はあんたを呼ぶためよ。対象があんた個人か、精霊使いかはわからないけど。

 それに、こいつらの正体だけどね、もしかしたらあいつらかも知れない」

「あいつら?」

「シズとか言う集団よ。ソナバァと同じく、不老不死になりたがっている奴ら。そいつらがソナバァ同様、精霊の力に目をつけたとしたら?」

 手綱を握ったまま、ルーラは唾を飲んだ。

「まだそいつらと決まったわけじゃないけどね。ただ、今、ソナバァの家に敵がいてベルダネウスが捕まっていることは確かね。で、どうするの?」

「衛士隊に助けを求めるべきか迷ってます。あたしたちも衛士隊に知られたくない取引や研究をしているわけですし。でも、あたし達2人でどこまで出来るか」

「だったら大丈夫。手心を加えてくれる衛視を1人知っているわ。近くの魔導師連盟に寄ってちょうだい」

 不敵な笑みを浮かべながらアーシュラは意識を取り戻しかけたムダザに一撃、再び気絶させた。


(つづく)




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