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【3 シズ】


   【3 シズ】


 ホラックリーに限らず、河川敷で働く人足には喧嘩っ早いのが多い。中には仕事に来ているんだか喧嘩に来ているんだかわからないのもいる。そのため、小さな喧嘩はどこかしらで起こっている。だが、この日の争いは先にアリスを呼びに来た男が口にしたように暴動とか戦争とかいうレベルだった。

 辺りに怪我人が溢れ、たくましい男たちが赤子のように「痛えよぉ」と泣きわめいている。

 怪我人を助けて、施療院に運ぶもの、まだ争っている者達を止めるもの、逆に呷るもの。倒れて人達を助けると見せかけて懐を漁るもの。

 施療院の一角で、軽傷の人達の視線を2人の女魔導師が集めていた。

 2人の間には、大の男が苦痛で顔を歪め、少しでも動ける者達が暴れないように彼を押さえつけている。そばでは男の妻が必死に手を合わせ祈っていた。

 男の右足はむしったように千切れていた。女魔導師たちは、彼の身体と千切れた足の傷口を合わせ、挟むように手と杖の魔玉を当てている。

 耳を澄ましても聞き取れないのではと思える微かな2人の詠唱はきれいに重なり、それに合わせて魔玉から淡い光が流れるようにでは傷口を包んでいる。

 周囲は息を飲んで2人の詠唱を見つめ、魔力のほとんどを使い切り、そばでへばっている魔導師が

(すごい……こんな見事な魔力共鳴は初めて見た……)

 疲れも忘れて2人の魔導に魅入っている。

 魔力共鳴。複数の魔導師が発動した同系統の魔導を共鳴させ、その効果を増幅させる手法である。これが成功した時の効果は絶大で、今回、彼女たちが試みているように千切れた手足、それも傷口がぐちゃぐちゃになってしまったような状態でもくっつけることが可能である。

 しかし、実際にやるとなると非常に難易度が高く、互いの魔導の邪魔をして逆効果になることも少なくない。そのため、行われるのは他に手がないほど切羽詰まった状況の時で、お互いよくわかっている魔導師たちがいる時ぐらいである。

 今はそれが揃っていた。

 女魔導師はアリスとアーシュラである。

 2人の言葉が静かに詠唱を終えた時、千切れたはずの彼の右足は手を離しても取れない程度に繋がっていた。

「添え木で固定を」

 アリスに言われて、周囲の者達が男の千切れていた足の部分に添え木をあて、包帯で固定していく。

「傷口が熱っぽいけれど耐えなさい。今は魔導の力で何とかつなぎ止めているだけなんだから。無理に動かせばまた千切れて、今度は魔導でもダメになるわ。2、3日すれば傷口の熱っぽさがなくなるから、医者と治癒魔導専門の魔導師に見てもらいなさい。くっつき具合に問題が無ければ、後は普通の骨折と同じ療養でかまわない」

 男とその妻がアーシュラの説明に何度も頷く。

「あなたもありがとう」

 アリスに言われて、妻は訳がわからない顔をした。

「魔導は力ある精神が根源です。魔導師でなくても、この人が治ることを祈る精神が大きければ、それは力となって私たちの治癒魔導を後押ししてくれます。今回はそれがありました。私たちの治癒魔導が成功したのは、あなたたちの思いがあったからです。ありがとうございます」

 ゆっくりといいながら、周囲を見回す。彼女と目が合った男たちは、照れくさそうに笑ったり視線を背けたりした。

「アーシュラ、次の怪我人です」

「はいはい。わかっているわ」

 治癒魔導を求める次の怪我人に向かう2人の背中に、妻はもう一度感謝の念を向けた。


 2人が解放され、帰路についたのは太陽が西に傾きはじめた頃だった。

「意外でした。あなたがここまで協力してくれたなんて」

「ソナバァが勝手に怪我人たちを相手に実験を始めやしないか心配だったのよ。足が千切れていた男なんて、ほっといたら実験中の不死魔導を掛けかけないんだから」

 さすがに魔力をほとんど使ったアーシュラの言葉には力が無い。対するアリスには口調からして、まだままだ余力がありそうだった。

「ソナバァの実験でひどい目に会うのは私だけで充分よ」

「……まだ来ないの?」

「来てたら喜んで報告しているわ」

 アリスの表情の陰りが見えた。

「でも、何度も言うけれどあの時は」

「わかっているわよ。不老不死の研究技術を使わなければ、あの時、私は助からなかった。けれど、その代わりに」

 言いかけた口を閉じ

「止めた。今更言っても愚痴にしかならないわ。さすがに疲れたわ。早いところ帰りたいわ」

「そうね。ごはん、まだ残っているかしら?」

「全部食べちゃったわよ。何か買って帰らないと。作るの面倒だから、なにか出来合いのものを適当に」

 歩きながら通りの店をアーシュラは歩きながら物色しはじめる。

「食べて眠れて。羨ましいわ。私、最近そっちの方の調子が悪くて」

「年を取れば食欲も落ちるし眠りも浅くなるわよ。何しろ私の10倍は生きているんだから」

「失礼ですね、8倍ぐらいだと思いますよ」

 言い合う2人に、小走りに駆け寄る男が1人。

「アリス」

 フェージングだった。

「良いところで会いました。これからあなたの所へ伺うところだったんです」

「良いところで会ったわ。食べ物を買うからお金出しなさい」

 言いながら手を出すアーシュラに目を丸くする彼に、アリスは声を出さずに笑って見せた。


 買い込んだ食料の袋を抱えて帰路につく最中

「改めて紹介するわ。シェナズ・フェージングさん。魔導師連盟直属の衛士隊員。あ、ごめんなさい、今は隊長さんでしたね」

 聞いた途端、アーシュラの顔が強張る。

「安心して良いわ。この人は私の研究のことを知った上で、ナイショにしてくれているから」

「良いの?」

 アーシュラの目はまだ訝しげだ。

「もちろんです。立場上、私はアリスが禁断の研究をしていることを上に報告、逮捕しなければならない。しかし、彼女は私の恩人でもあります」

「恩人?」

「20年前、私の妻が死にかけているのを彼女が助けてくれました」

「あの研究で?」

 人通りはないものの、さすがに往来では、おおっぴらに「不老不死の研究」とは言えない。

「そうです」

「それ以来、衛士の情報を私にくれているわ。おかげで逃げられたことも2度ほどあったかしら」

「気にすることはありません。あなたのおかげで妻は助かり、その後、子供も生まれた」

 途端、アーシュラが奇声を上げ、地団駄を踏み始めたものだから、思わず彼は後ずさった。

「いったいどうしました?! 何か変なこと言いましたか」

「気にしないで。そうそう、こちらも紹介しないといけないわ。フェージングさん、この子は私の曾曾曾曾曾曾曾曾孫のアーシュラ……曾の数、合っていたかしら?」

「1つや2つズレてても対して変わらないわ」

「そうか、君があの時の子供か」

 フェージングが懐かしげにアーシュラの顔を見る。

「それにしても、仕事熱心ですね。昼の調書なら明日でも良かったのに。私どもは食費が助かりましたけど」

「いや、調書じゃない……それに」

 苛立ちながら周囲の通行人に威嚇して回るアーシュラを見て

「話はあなたの家に着いてからにしよう。通行人に迷惑だ」

 彼女に威嚇された猫が通りを逃げていった。


 自宅に帰ったアリスは、扉の把手に手をかけると動きを止めた。

「どうしました?」

 フェージングの問いかけには答えず、彼女は静かに扉を開け、中に入る。彼女は出かける際に、扉の鍵に魔力を込める。だから、ただ鍵を開けるだけでは扉は開かない。

 禁断の魔導を研究している故に自然と習慣になったものだ。だが、その魔力が消えていた。

「ソナバァ?」

「……私たちが留守の間、誰かが来たようですね。魔力の残り香を感じます」

 魔導師が普段研究している場所は、魔導を頻繁に使うため、微かながら魔力がたまっている。それを感知することで、隠された研究室や魔導具、魔導陣などを探り出すことが出来る。もっとも、実際にそれをするには魔導に対しかなりの熟練度が必要だ。

 アーシュラが魔玉をかざし、周囲の魔力を探る。が、彼女の力量では感知することは出来なかった。

「泥棒か?」

「単なる泥棒に、あの扉は開けられませんよ」

 居間に入ると、扉の脇にある絵に手をかける。絵が枠ごとぐるりと一回転し、それが合図であるかのように暖炉脇の壁が横に滑るように開いた。中には地下に通じる階段がある。

 杖の魔玉を光らせ、それを灯りにして3人は階段を下りていく。2度左に曲がると、大きな部屋に出た。部屋というよりちょっとした広場と言って良い大きさで、敷地を目一杯使っているようだ。中央には赤みがかった白い塗料で大きな魔導陣が描かれ、壁にはびっしりと本の並んだ棚が並んでいる。棚の本は、1/3程度は専門書だが、その他は背表紙に日付や実験内容が書かれた、彼女の研究結果の記録だった。

「侵入者はここを調べたようですね」

「無くなっているのがあるの?」

「まだわかりません。でも、見た感じなくなっているものはなさそうですけど」

「持っていってはいなくても、一通り目を通すことはしたかもね」

 アーシュラが一番新しい日付のを取り出し、パラパラとめくった。

「だとしたらがっかりしたかも知れません。最近、ほとんど進展がなくて……どうしました?」

 魔導陣の中心に座り込んだフェージングが、床の赤黒いシミを静かに撫でていた。

「アリス……シズという組織を知っていますか?」

「この街に来る前に声をかけられました。私と同じ、不老不死の研究をしているとかで」

「それで?」

「私に協力して欲しいと。けれど断りました。あの人たち、単に私の研究資料が欲しかっただけみたいだから。あなたはここに入り込んだのは彼らだと考えているんですか?」

「連中だったらこの地下室のことも知っている」

「?」

「この地下室でかつて何が行われたかは知っているだろう」

「はい。不老不死の研究をしていた人達が、幼児をさらい、その血を浴びたり飲んだりしていたとか。この広さはその儀式や集会に使っていたせいで、床の染みはその時の血の跡。

 もっとも、魔導陣自体は私が新たに描き直したものですけれど」

「私はその事件を担当していたんだ。隊長に任命されて初めての事件だった」

 彼は手近に椅子を引き寄せ座ると、天井を見た。

 当時のことを思い出すかのように静かに目を閉じ、口を開いた。


「シズは不老不死を求める連中が作り上げた組織です。その基本的な考えは他の命を取り込むこと。それもできるだけ若く、自分たちと同じ人間の命を」

「それで子供を狙ったわけですね」

「ええ。連中が手にかけた子供は、記録にあるだけで36人。最初の内は単に子供というだけだったが、次第に体力のある子供、頭のいい子供というように何かに秀でた子供を選ぶようになった」

「命を取り込むという考え方は珍しいものじゃないし、それが正攻法だと思いますけれど、彼らはこの子供達を食べたそうですね」

「そうだ。だが、最初は血をはじめとする体液を浴びたり、血を一杯に張った水槽に自分の体を沈めるという方法だった。さすがに人間を食べるという方法に抵抗があったらしいな」

「それでも胸くそ悪いわ。で、それがダメだから今度は直接食べることにしたわけ? 全部で36人? 普通そこまで行く前にこの方法はダメだって気がつくわよ」

 アーシュラが吐き捨てるように答えた。

「それだったら、魔導の力で自分の肉体を強化するって方がよっぽど健全よ」

「無茶を言ってはいけません。あなたも魔導師なんだからわかりますね。魔導による肉体強化とは、自分の精神を食べて自分の肉体を強化するようなもの。ましてや寿命に関わるとなれば、半永久的な効果を望むことになります。1つ間違えば心が尽きて廃人になりますよ。

 実際、それで死んでしまった人を私は何人か知っています。私自身、今の体になるまでにどれだけの失敗をしたことか。命があったのは運が良かったとしか言えません」

 2人のやりとりを聞いていたフェージングが「あの……」と割って入った。

「その言い回しだと、君は不老不死を嫌っているようだが」

「そうよ。まさか、私もソナバァ同様、不老不死の研究をしていると思っていたわけ?」

「違うのか?」

「魔導師連盟が禁止している研究というのは同じですけどね。この子の研究は魔導人です」

 魔導人。いわば魔導によって生み出される人造人間である。魔力をエネルギーに動く機械といっても良いだろう。

「そうよ。私は不老不死になる気なんて、これっぽっちもないわ。私はね、将来は当たり前に年を取って、シワシワのババアになって、私の作った魔導人たちに囲まれて死ぬことにしているの」

 途端、フェージングが引きつった笑みを浮かべると

「何がおかしいの!?」

「いや、おかしいんじゃない。何というか……そういうのは普通、死ぬ時に囲むのは自分の子供達じゃないか?」

「よけいなお世話よ!」

 アーシュラが子供のように頬を膨らませてむくれるのを見て、アリスは話を続けるよう彼に促した。

「ああ……わかった。

 あれからずっと連中を追いかけているが、手にかかるのは下っ端ばかりだ。連中も次第にやり方が巧みになってくる。国をまたがれると、それだけで追跡が困難になる。魔導師連盟に国境は無いが、捜査にはどうしても地元衛士の協力が必要だが、なかなかな」

「地元の縄張り争いですね。私もそれを利用してよく追跡をかわしたものです」

「最近、連中がまたこの街に戻ってきたことがわかりました。事実、奴らの仲間を見つけて尾行をしていたのですが、へまをやらかしまして」

「昼間ソナバァを人質に取ったあの連中ね。何かわかった?」

「まだ取調中だ。仲間が捕まったことは、連中もわかったはずですから、グズグズしていたらまた逃げられる」

 その言い方にアーシュラはむっとした。アリスに対してと自分に対してとでは、明らかに彼の口調に差がある。

「彼らは何のためにこの町に戻ったのですか? 何か目的があって? それともただの待ち合わせ?」

「それも調査中です。今はとにかく、奴らが立ち入りそうな場所を片っ端から調べているところです」

「なるほど、それで彼らはまたここに来るのではと考えたわけですね」

 フェージングは頷き

「何しろかつてのアジトです。しかも、そこには連中の目指す不老不死の研究をしている魔導師が住んでいる。可能性は高い」

「そうかしら? 来るならとっくに来てたんじゃないの。それに、かつてのアジトなんて真っ先に目をつけられる場所じゃない」

 彼はアーシュラの意見に否定的に手を振り、

「だからこれまでは寄りつかなかった。けれどもし昼間の件を奴らの仲間がどこかで見ていたら。アリス、あなたの存在に気がついたかも知れない」

「それで、私に忠告しに来たわけですね」

「出来れば連中が来たら知らせて欲しいのです。一網打尽にしたい」

「その場合、私はどうなります? 私も彼らと同じく禁断の不老不死の研究者。魔導師連盟衛士隊から見ればどちらも同じだと思いますけれど」

「何とか隙を見て逃げ出してください。あなたの力なら簡単のはずだ」

「ここの資料を捨てることになりますね。もったいない。そんなことをするぐらいなら、前とは違ってそのシズとかいう組織に協力するかも知れませんよ」

「それは困ります」

 苦笑いを浮かべるフェージングに、アーシュラは荒い鼻息を向けた。

「ここを部下に見晴らせて、やってきた連中をその場で捕まえれば良いのよ」

「なんと言って見晴らせるんだ? 人員に余裕があれば、かつてのアジトだったからと1人ぐらい見張りをおけるかも知れないが。1人では奴らがやってきた時に対処できない。奴らがここに入り込んでからでは遅いんだ」

「それをうまくするのがあんたの仕事でしょう」

 偉そうに腕を組む彼女の姿に、

「ごめんなさい。口の悪い曾曾曾曾曾曾曾曾孫で……曾の数合ってるかしら?」

 アリスは指折り数えた曾の数に小首を傾げた。


 ホラックリーの外れに一件の質屋がある。見たところどこにでもあるようなこの店の奥、預かった品を置く倉庫の中、椅子が持ち込まれ十数名の男女が集まっていた。

 頭に白いものが混ざり始めた黒髪の男が彼らの正面に立ち、

「皆も知っての通り、バックレーが捕まった。口を割る男ではないが、あいつに目をつけていた以上、衛士隊が踏み込んでくるのも時間の問題だ。すぐにここを引き払わなければならない」

 不服そうな顔を隠しもせず言った。

 何人かが舌打ちをして「ちくしょう」と唸る。

 彼らは不老不死の研究集団「シズ」のメンバーで、ここはそのアジト。そしてこの黒髪の男が彼らのリーダーであるテイクス・ミリードである。

「ミリード様。次はどこへ?」

「それだが、ムダザは覚えているだろう。昔、我々がアジトに使っていた屋敷。あそこへ移ろうと考えている」

 ムダザと呼ばれた男が顔をあげた。びっくりするほど顔が青白く血色が感じられない。顔には無数の皺が刻まれ、くたびれたスーツに身を包んでいる。

「覚えております。壊されず残っていたのですか?」

「残っている。建物もそのまま、儀式を行った地下室もそのままだ。人も住んでいる」

「その者、事情を知っているのですか?」

「知っているどころか。アリス・ライフ・アルトハウゼンだ」

 その名前に皆がどよめいた。

「本当か? 本当にあのアルトハウゼンなのか? 不老不死研究の第一人者」

「もちろんだ。顔も確かめた。以前会ってから20年ほど経つが、あの頃と全く変わらない若さを維持している。あれで研究半ばとは思えない」

「すごい、彼女が協力してくれれば、我々の不老不死は約束されたも同じだ」

「不老不死とまでは行かなくても、数百年の若さは手に入れられる」

 皆が浮かれる中、ムダザは顔をしかめたまま

「しかし、彼女には以前協力を申し出て、断られたと聞きました。改めて協力を取り付けたので?」

「まだだ。だが、今度は嫌と言うまい。以前は我々側は彼女から得るだけで、提供できるものがなかった。それに我々の態度も少々悪かった。だが、今は違う。我らはあの頃よりも大きくなり、多数の支援者を得た。

 それに対し、アリスは研究仲間も乏しく、費用にも困っているようだ。彼女にとって我々と手を組むメリットは大きい。丁重に申し出れば嫌とは言うまい」

「困っているとどうしてわかります?」

「留守の間に入り込み、簡単に研究資料を読ませてもらった。アリスはどうやら、精霊の力に目をつけているらしい」

「精霊?」

「そうだ。ベルダネウスとかいう自由商人からヴァンクの羽根を手に入れようとしている。だが、その代金を工面するのに手を焼いているようだ」

「精霊の力……確かに人間よりずっと生命力があるでしょう。しかし、それだけに扱いが難しいのでは。コップに10杯分の水を注ぐようなもの」

「そこを何とか出来るのがアルトハウゼンの実力だ。

 皆はここを引き払う準備をしろ。私は改めてアルトハウゼンと接触する。ムダザ、お前はベルダネウスを見張れ。奴はヴァンクの羽根を扱っているだけではない。精霊使いを連れている」

「精霊使い?」

「エルティースとかいう女で、まだ16才だ。表向きは護衛ということになっているが、あれはどう見ても愛人だ」

「羨ましい話だ」

 ついつぶやいた1人に、皆の視線が集中する。その男は気まずそうに咳払いした。

「愛人云々はともかく、奴は他にも滅多に手に入れられないものの入手ルートを持っているかもしれない。出来れば我らの協力者としたい。最悪でも奴からヴァンクの羽根の入手ルートを聞き出さなければ」

「かしこまりました」

「自由商人といえども油断はするな。ヴァンクの羽根を扱うほどならば、今までに幾度と危険な目に会っていたに違いない。それをくぐり抜けてきたのならば、抜け目のない奴のはず。侮ると痛い目に会う屋も知れぬ」

「肝に銘じておきます」

 改めてミリードが一同を見回すと、懐から柄の短い魔玉の杖を取り出した。

「我らに永遠の命を」

『永遠の命を』

 声に合わせて、一同の魔導師が魔玉の杖を、そうでないものが剣や拳を掲げた。


「総額で62万4088ディルです」

 山と積まれた古銭を返されて、ベルダネウスは軽く息をついた。

 サークラー教会で紹介された古銭商の店。ここで彼はアリスから代金として渡された古銭の鑑定をしてもらっていた。サークラー神は「人の幸せ、発展は多くの人達の交わりから生まれる」を基本の教えとする神で、交流神とも呼ばれている。その教えから商人、特にベルダネウスのような自由商人の活動を様々な形で支援しており、彼らもまた形だけとはいえ、サークラー紳士の信者となっている。

 その支援の1つが、このように必要とする能力を持つ人の紹介である。

「特に価値のあるものはこちらの15枚で、合計52万ディルになります。こちらは申し訳ありませんが、引き取り価格は提示出来ません。いわゆる汚銭というやつで」

 汚銭とはアクティブ大侵攻の際、標的とされた国が戦費を捻出するために緊急に作ったお金の総称で、質が悪く、中には木片に焼き印を押しただけというのまである。当然ながら、発行国が滅びた後は価値がなくなり「頼まれてもいらない」シロモノになっている。ただ、研究施設や一部収集家などが当時の資料として少数保管するのみである。

 もちろん、古銭商に持ち込んでも鼻で笑われるだけだ。

「目標の半分以下とは。何とか100万には届いて欲しかったんですが」

 明細書を見ながら息をつくベルダネウスに対し

「それはちょっと。せめてもう少し状態の良いものが一揃いしていれば、セット商品として転売できたのですが」

 鑑定料を払ってルーラと共に店をでる。既に夜は更けて、あちこちでは店じまいをする姿が見られた。

「どうするの?」

「どうもこうもない。明日アリスさんに会って不足分をもらうだけだ」

「あるかな? これもかなり無理してかき集めたみたいだし」

「金はなくても金目のものはあるだろう。ちょっとした魔導品とか。場合によっては研究記録の写しでももらうさ。100年以上にもわたる不老不死の研究記録だ。欲しがる奴はきっといる」

「本物だと信じてくれたらね」

 この手の研究記録には偽物、でっち上げもかなり多い。

「私としても、できれば魔導品の方が良いな。アーシュラさんにも説得を手伝ってもらおう。彼女だって礼金が減るのはいやだろう」

 アーシュラは今回の取引で、売上の20%を仲介料として受け取ることになっている。

 2人は宿屋を紹介してもらうべくサークラー教会に戻った。

「こんな時間まで宿を取っていなかったんですか?」

 半ば呆れた顔の教会事務員に対し肩をすくめ

「取引が終わればすぐに次の町に行くつもりだったんですけれど、ちょっともめまして」

「なるほど……もめ事ですか?」

 妙にふくみのある言い方に

「何かありましたか?」

「日暮れ時に、魔導師連盟の衛士がやってきてあなたのことをいろいろ調べていましたよ」

「昼間、私が取引先相手と待ち合わせをしていた店で騒ぎが起きまして、知り合いが巻き込まれました。その関係かも知れません」

「それなら良いのですが」

 宿屋のリストを差しだしてくる。ちょうど左手を隠すようにして。

 ベルダネウスは表情を変えないままディル硬貨を出し、その手に握らせた。事務員は何事もなかったように、その硬貨を自分のポケットに入れると

「あれは衛士じゃありませんね。いろいろな衛視と接してきました私の勘でしかありませんがね。何かやばいものでも取引しましたか?」

「まさか。私は商人である以前に、サークラー神を敬愛する信者です。その私が、交流の輪を乱すような取引をするはずがないでしょう」

 その白々しさに、後ろのルーラは苦笑い。彼は生き物と麻薬以外なら何でも取り扱う。その中には禁制品や盗品も含まれているからだ。

「ザン、心当たりある?」

 紹介してもらった宿屋に向かう途中、ルーラは聞いてみた。

「ありすぎて困る。今回の取引に関することか? 私個人に関することか? もしかしたらルーラ、どこかの御曹司がお前を見初めて身元調査をしているのかも知れない」

「へたな冗談は止めて」

 とはいうものの、禁断の魔導の研究家を相手にした取引なのだ。先の魔導人の一件もあり、用心に越したことはない。

「早めにこの町を出た方が良さそうだな」


(つづく)




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