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【1 取引相手は不老不死】

 本シリーズはこれまで時系列順に投稿していましたが、今回はすこしズレており「魔導人の心臓」と「狭間宿」の間の話になっています。

「被害者の母親は?」

「ひどい有様です……申し訳ありません。私の落ち度です」

 唇を噛み、深々と頭を下げる衛士にシェナズ・フェージングはため息をつき、顔をしかめた。

 いまだ血の匂いが充満している地下室を、数人の衛士達が忙しく動き回っては残されたものの整理をしている。どの衛士も制服の胸と背中には魔導師連盟の紋様が刺繍され、ほとんどの者の腰には魔導師の証とも言える魔玉の杖を携えている。

 この者たちは、魔導師連盟直属の衛士隊なのだ。

 地下室の床には中央に魔導陣が描かれいる。魔導の研究室に魔導陣はつきものだが、ここの魔導陣は奇妙だった。今はもう片付けられているが、発見時、この魔導陣の外側の八方にはそれぞれ異なる動物の死骸が置かれ、中央には天井から5才の少女が全裸でぶら下げられていた。

 少女は半分首が切られ、まるで動物の血抜きのようにそこから流れ出た血が床の魔導陣を赤く染め上げていた。

「我が子のこんな姿を見れば、どんな母親だっておかしくなる。父親は?」

「もうすぐこちらに到着するはずです」

 彼に妻と娘のことをどう説明するか。フェージングは顔をしかめ、天を仰いだ。

「せめてこんなことをしでかした奴らを牢屋にぶち込んでいれば」

 衛視の1人が唇を噛む。

「これで8人……。奴ら、何人殺せば気が済むんでしょうか?」

「奴らの研究が完成するまで、何人でも殺すさ」

「奴らの研究というと」

 フェージングは顔をしかめ、

「不老不死さ」

 吐き捨てるように言った。



   【1 取引相手は不老不死】



 これは「魔導人の心臓」の一件から20日ほど経った頃の話。

 アクティブ国中央南に位置する街・ホラックリー。特に目立った産業はないが、大都市に挟まれ、流通の中間地点としてそれなりに栄えている。

 繁華街にある大酒場。その隅にある小さな個室で、ザン・ベルダネウスは彼の護衛兼使用人のルーラ・レミィ・エルティースと共に丸テーブルを挟んで1人の女性と向かい合っていた。

 年はルーラより少し年上に見える。下ろせば腰まであるだろう、カールした長い金髪は後ろに軽く束ねられており、そのせいか彼女の頭は一回り大きく見えた。きめ細かい白い肌、服越しでもわかる見事なプロポーション。デザインは地味だが上質の服を自然に着こなす姿は貴族のお嬢様のようだ。

 もちろん彼女は貴族のお嬢様などではない。名はアーシュラ・アルトハウゼン。椅子の背もたれに留め具で止められた派手な装飾の魔玉の杖が記すとおり、魔導師である。

「確認させてもらうわ」

 彼女がテーブルの上におかけた細長い木箱を開けると、中には1本の羽根が入っている。彼女の指先から肘まである長さで、七色の光沢を持つそれは、どんな宝石にも負けない美しさを持っている。

 見た感じは鳥の羽根のようだが、この世界にこのような羽根を持つ鳥はいない。これはヴァンクの羽根なのだ。

 ベルダネウスは自由商人である。自由商人とは、特定の店舗を持たず、小さな町や村を渡り歩いては商売をする。自由商人など格好良い呼び方をしているが、要は旅の行商人である。

 彼は主に生地を扱っているが、生き物と麻薬以外で彼の手に入るものならば何でも扱う。盗品だろうが、禁制品だろうが。このヴァンクの羽根はそのような物騒なものではないが、滅多に手に入らないものだ。

 精霊獣ヴァンク。自然の力を司る精霊たちの長とも言われるこの獣とベルダネウスたちとの関わりは、「魔導人の心臓」の一編を読んだ方ならご存じだろう。

 あの一件で彼は高価なヴァンクの羽根を10本以上手に入れた。ヴァンクの羽根には精霊の力が宿されており、高額で取引されている。

「売る前で良かったわ」

「売りましたよ。ただ、物が物なだけに1本だけ売らずに手元に残したんです」

「何でも良いわ。おかげであんたも私も儲けられるってわけ」

 蓋を満足げに閉めると、手元に引き寄せようとする。が、同時にベルダネウスも箱に手を伸ばした。

「ものは代金と引き換えですよ。あなたへの仲介料もその時に」

「わかっているわ」

「それで、これを買ってくださるお客様は?」

「そろそろこっちに来るはずなんだけど」

 その時、ドア越しに無数の悲鳴が聞こえた。テーブルのひっくり返る音、食器の割れる音。

 人々が慌ただしく駆け回り、悲鳴が右から左に流れていく。

「何かあった?」

 ルーラが愛用の槍を手に扉へと向かう。ベルダネウスとアーシュラがそろって扉から死角の位置に移動する。

 扉を開けると、無数の新たな悲鳴が流れ込んできた。どうやら店の大広間でなにか騒ぎがあったらしいことはわかるが、廊下の奥にあるこの部屋の位置からは大広間は見えない。

「ちょっと見てくる」

 2人を残したルーラが大広間に足を踏み入れた途端、いきなり血走った形相の男が彼女に襲いかかってきた。

 とっさに逆手に持った槍の石突きでそいつの胸を突くと、

「えぐあっ!」

 どもった悲鳴とともに男がひっくり返り、たちまち店員たちに取り押さえられる。

「何なのよ?!」

 見ると、他に男が2人、髪と息を振り乱して暴れている。椅子を振り回し、テーブルの瓶や皿を周囲に投げつける。

 2人とも屈強というわけではないが、とにかく力任せに暴れて始末が悪い。

「無駄な抵抗は止めろ!」

 職人風の男が叫ぶ。が、その物腰はどう見ても職人ではない。

「こんなところで精霊の力を借りるわけにはいかないし……」

 精霊使いのルーラは、様々な精霊の力を借りることが出来る。精霊の力は強大だが、強すぎてこのような人が入り乱れている中では使いづらい。

「自分でやるしかないか」

 彼女は2人に向かって真っ直ぐ歩いて行くと

「ちょっと、こんなところで暴れたらみんなの迷惑でしょう」

 素早く槍の柄で1人の足を払う。続けてもう1人もと振り返ると

「どけぇっ!」

 小剣を振り回して店から逃げ出そうとするが、その前に数人の衛士が駆け込んできた。

 どんどん悪くなる状況に焦ったのだろう。男ははとっさに近くにいた女性に飛びかかり、その手にある鞄と魔玉の杖をたたき落とすと

「近づくな!」

 女性の喉元にナイフを突きつけ

「おい、道を空けろ!」

 出入り口を塞ぐ衛士たちに叫ぶ。さらに先ほどルーラに足を払われた男も立ち上がり、一緒になって女性にナイフを突きつける。

 だが、衛士達も素直に道を空ける真似はしない。

 ルーラは槍を構えたたま少しずつ下がった。衛士達が来たのだから、後は彼らに任せるつもりだった。

 ところが

「ソナバァ、何しているのよ?」

 いつの間にか来ていたアーシュラが呆れた声をかけた。ルーラにではない、人質にされている女性に対してだ。

「見ての通りです。なんだか人質にされちゃったみたい」

 人質の女性があまり抑制のない声を返した。声だけではない。人質にされ、喉元に刃物を突きつけられているというのに彼女は慌てる様子がない。自分の状況がよくわかっていないようにおっとりとした表情を周囲に向けている。

 ソナバァと呼ばれた彼女は小柄で背は人質に取っている男の胸ほどしかない。歳は20代前半ぐらいか。見比べるとタイプこと違え顔の作りがアーシュラと似ている。彼女の姉妹と言われても信じるだろう。

 しかし彼女と違うのはそのおっとりとした雰囲気だ。20代というより、まるで幾人も孫のいる老婆のような落ち着いた空気がある。自分を挟んでナイフを突きつけている男たちに向けた目も、まるでイタズラ好きのやんちゃ坊主に対するもののようだ。とにかく気が強いというか、攻撃的な空気を纏っている彼女とはいろいろと対照的である。

「あなたがベルダネウスという自由商人ですね。アーシュラが大変お世話になったとか」

 アーシュラの背後にいるベルダネウスに頭を下げる。そのあまりに場違いな、しかし違和感のない空気にベルダネウスも思わず

「いえ、私こそ彼女には大変お世話になりました」

 頭を下げてしまった。

「さてと、私はこんなことに付き合うほど暇じゃないわ。さっさと片付けて商談に入りましょう」

 1歩前に出たアーシュラが魔玉の杖を構える。彼女の魔力を受けた魔玉が光り出す。

「やめろ!」

「魔導を使ったらこいつを殺すぞ」

 人質を挟んで刃物を突きつけていた2人が叫ぶ。だが、アーシュラはその反応をせせら笑うように

「殺すぞ……ねぇ」

 彼女の魔玉から青白い稲妻が1つ2つ発生する。火炎魔導、爆炎魔導と並ぶ攻撃魔導の定番・電撃魔導だ。周囲の人達が慌てて逃げ出す。

「あんたら、最低!」

 叫びとともに突き出された魔玉から閃光と共に稲妻が放たれる!

 それは2人の男とソナバァをまとめて吹っ飛ばし、壁に叩きつけた!

「ちょっと、アーシュラさん!」

 ルーラが慌てて彼女の魔玉の杖を押さえ込んだ。だがすでに放電は収まり、攻撃を終えた後だった。

「相変わらずすごい威力ですが……」

 ベルダネウスが見回した。彼女の放電を受けて食堂内のテーブルや椅子は粉みじんに砕け散り、壁は真っ黒に焦げている。

「人質ごと吹っ飛ばすのはやりすぎです」

「気にしないでください」

 声は壁際から聞こえた。

 男2人と一緒に倒れていたソナバァがむっくりと立ち上がった。福は焦げているが、彼女の体には焦げ跡1つ見当たらない。

 手櫛で髪を整え、砂や埃を静かに払う。

「私の体、結構頑丈なんですよ。あの程度でどうこうなったりしません」

 さきほどたたき落とされた鞄と魔玉の杖を拾い上げる。彼女の肌のように白い木の杖だった。

 唖然とするルーラとベルダネウスに

「そういうこと」

 アーシュラが言った。

「さっさと商談をはじめたいところだけど、場所を移した方が良さそうね」

 確かに、今の騒ぎで店内はめちゃくちゃ。とても営業を続けられる様子ではない。もっとも、その一番大きな原因は彼女の電撃魔導だが。

「待て」

 今まで呆然としていた衛視の1人が慌てて

「こんなことをしたんだ。事情を聞きたい。衛士隊の詰所まで来てもらおう」

「私たちは被害者よ」

 アーシュラの言葉、ベルダネウスとルーラは顔を見合わせて苦笑い。さすがに店内をここまでしたら被害者と言っても説得力が無い。

 睨み合う中、別の衛士が割って入った。デザインは同じだが、色の違う制服を着ている。

「この人たちへの事情聴取は後で良い。まずこいつらを連れて行け」

 電撃を受けて倒れている2人の男を指さした。

「わかりました、隊長!」

 衛士達が姿勢を正して答えると、手分けして彼らを担ぎ上げていく。

「アリス、この街にいたんですか」

「3年前から。お久しぶりですフェージングさん」

 彼女が指しだした手を彼は取り、その甲に軽くキスをした。姫に挨拶する騎士のように。彼女の顔が少し和らぎ、

「5年ぶりかしら。あの時はお世話になりました。隊長さんになられたんですね?」

「ええ。奴らを捕まえるのに、私たちが来るまで見晴らせていたのですが、しくじったようです。ご迷惑をおかけしました」

「誰でも失敗はありますから、あまり叱らないでくださいね」

「考慮しましょう。ところで、アリスは今、どちらにお住まいで?」

「ホラックリー通りの外れにある一軒家です。庭に大きな柿の木がある」

 途端、周囲の人達が一瞬凍り付いた。

「……あそこがどんな家だったのかご存じで」

「ええ。そのせいか安かったです。治癒術師の看板を出していますので、近くで聞けば解ります」

「聞かなくても解ります。あれを担当していましたから。隊長になって初めての事件でした」

 アリスの顔が曇った。

「ごめんなさい、余計なことを。それで、私たちはもう帰ってよろしいですね」

 気まずいのか、軽く一礼して店を出ようとするのを

「アリス」

 とフェージングが声をかけた。

「報告書を作るために少し話を伺うことになるでしょう。後でお宅に伺いますよ」

「わかりました。夕方以降ならたいてい家にいます」

 会計を済ませて出て行く彼女たちを見送ったフェージングに、店の主人がふくれっ面でやってきた。

「あんたが隊長さんかい? 店の修理代は誰に請求すれば良いんだ?」

 先ほどの騒ぎでめちゃくちゃになった店内を指さして聞いた。

 冬の冷たい空気が先ほどまで室内を満たしていた暖かい空気を追い払い、代わりに雪をお供に居座りはじめていた。

 雪のひとひらが彼の頬に当たって溶けた。


 大通り。

 お印程度の雪はすぐに止み、道を覆っていた雪もすでに掻き分けられ歩くのに不自由はしない。

 酒場の騒ぎを聞きつけた野次馬たちが走るのと反対方向に歩きながら、ベルダネウスは前を歩く小さな女性の後頭部に声をかけた。

「先ほど、あの衛士さんはあなたのことをアリスと呼んでいましたが?」

「ええ。私の名前はアリスです。アリス・ライフ・アルトハウゼン」

「でも、アーシュラさんはあなたのことをソナバァと」

 思わずベルダネウスとルーラがアーシュラを見ると、彼女は面倒くさそうに

「アリスは私の曾曾曾曾曾曾曾祖母よ。曾が7つつくお婆ちゃんだから曾7つの婆ちゃん。縮めてソナバァ」

 きょとんとするルーラを横目に、ベルダネウスは困った顔で

「女性に聞くのは失礼であることは重々承知の上ですが……アルトハウゼンさんはおいくつで?」

「忘れました。100までは数えましたが、面倒になって止めました。確かその時、まだアーシュラの祖母は生まれていなかったはずです。

 それと私のことはアリスで結構です」

 彼女の言葉がなかなか理解できないようでいる2人の様子に

「アーシュラ、私のことは話していなかったの?」

「話さない方が2人のためだと思ったのよ。何しろ、魔導師連盟が禁止している研究ですからね」

「禁止?」

「私が研究しているのは」

 アリスは微かに微笑みを見せた。

「不老不死なんです」


(つづく)




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