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おわり

ひよどりが受験に落ちてから、半年が過ぎた頃だろうか。


一時期は僕と一切会話せず、深夜に疲れ切った顔で帰ってくる生活を続けていたひよどりだったが、最近は普通に話してくれるようになった。日中どこかへ出かけては深夜に疲れた顔で帰ってくる生活は変わっていなかったが、それでも僕と話す時は笑顔を向けてくれさえいた。

「(……良かった。立ち直ってくれたんだ)」

僕は嬉しかった。

ひよどりが僕の「仕事」を知りショックを受けたのは最もだ。かといって僕も生活の為に仕事を辞めるわけにもいかない。つまりひよどりに慣れてもらうしかなかったのだ。だから慣れるまでは、僕からは何も言わず、ただ時が癒してくれるのを待っていたんだけれど。

「(……寂しかったけど、本当に良かった)」

大好きな弟にそっぽを向かれる日々はとっても辛かった。仕事にも身が入らず、普段温厚なおじさんに怒られることもあった。

でも、それでも。

「(ふふっ……、今日もお仕事がんばろ)」

ひよどりが日中何をしているのかはわからない。疲れ切った姿から想像するに、もしかしてどこかで仕事を始めたのかもしれない。ただ僕に言わないって事は何か言いたくない理由があるのだろう。だから僕も聞かない事にした。

僕の人生はひよどりの為にあれば良い。ひよどりと笑い合える日常さえあれば、それで。

汚れるのは、僕だけで良いんだ。



僕が仕事から帰るところだった。偶然ひよどりと出くわした。

今日は僕も仕事を頑張りすぎて、もう辺りは真っ暗になっていた。ひよどりが家に帰った時に1人だと寂しかろうと、急いで帰ろうとした矢先だった。

ホテル街だった。

僕は一人で、ひよどりは男の人と一緒に居た。

誰だろう、暗くてよく見えない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

嫌な予感がした。

「あ、兄貴じゃん」

暗がりの中、こちらに気付いたひよどりが僕に声をかけてくる。

できれば顔を背けたかった。聞こえないフリをして逃げようかとも思った。でも足が冗談のように動かなかった。

「……ひよどり、どうしてここに?」

顔はよく見えない。いや、見たくないのかもしれない。

「ああ、俺さ、あの日、兄貴が俺の為に身体張ってくれてるのに気付いてさ」

ひよどりは嬉しそうだ。まるでサプライズでプレゼントを渡すかのような口調で話している。

「その時思ったんだ。兄貴にこんな事させてまで俺は大学に行きたかったのかなって。俺の大好きな兄貴がこんなに辛そうな顔で男に抱かれてたのに、俺はなにをしてたんだろうって。だから俺も———」

やめろ。違うんだ。僕はこの仕事を好きでやっているんだ。ひよどりがそんな事思う必要ないんだ。それ以上はもう、言わないでくれ。


「———だから俺も、男に抱かれる事にした」


ひよどりはそう言い、微笑む。僕の顔をじっと見て。

さっきから震えが止まらなかった。自分が自分で立っているかも分からない。頭が痛い。

どうして。

僕はひよどりが幸せになってくれたらそれで良かった。辛い人生だろうが、ひよどりが真っ当な人生を歩んでくれたらそれで。

だから、その為なら、僕はいくらでも汚れても構わなかったのに。いくらでもこの身を捧げたのに。

どうして、ひよどりが。

「最初は辛かったぜ。吐き気が止まらなかったし、実際吐いた。でも我慢した。兄貴が頑張ってたから。兄貴がこんなに辛い仕事を、俺を養う為に、何年も、ずっとずっとやってくれてたから」

違うんだ。僕は好きでやっていたんだ。快楽でやっていただけだ。違うんだよ。

「だから俺も毎日毎日違う男に抱かれた。そしたら少しずつ慣れていった。今じゃ結構評判なんだぜ、俺。『テクが良い』ってさ。こんな仕事でも褒められたら嬉しいもんだな」

ははっ、と照れ臭そうに笑うひよどりを僕は直視出来なかった。ただひたすらに俯いて、体を震わせ、目が潤み、前が見えなくなり始める。

「それにさ、俺…割とこの仕事嫌いじゃなくなってきたんだ。最近じゃ身体が慣れたのか『良く』なってきてさ、むしろ天職だったんじゃねえのって。………だからさ、兄貴、もう良いんだ」

僕はひよどりの為ならいくらでも身体を捧げた。

汚らしいおじさんにも、ひよどりの為なら何でもできた。

ひよどりが真っ当な人生を送り、僕の隣で微笑んでくれるなら。

「これからは、俺がやる。兄貴は、俺の分まで真っ当な人生を歩んでくれ」

涙が、止まらなかった。

どこで間違えたんだろう。あの時か。ひよどりに僕の『仕事』がバレた日。快楽に溺れず、思考から逃げず、僕が仕事を辞めていれば、可愛い弟までもがここまで堕ちる事はなかったのか。


僕が快楽に溺れてさえいなかったら。


「……兄貴、どうした?そんなに嬉しいのか?」

嬉し泣きしていると思ったのかひよどりが声を掛けてきたが、僕にはもう何を言っているのかすら分からなかった。

あの日、ひよどりが僕の『仕事』を知った日の苦痛を僕は甘く見ていたんだろう。生活を言い訳にして、快楽に溺れている自分を隠し、仕事を続けた。それが、僕の過ち。もう取り戻せない、僕の夢。



殺してくれ。素直に、そう思った。









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