はじまり
ひよどりが受験に落ちた。
大学受験だった。あいつは毎日毎日毎日夜遅くまで勉強していた。僕らには後がなかったから。
僕らの家にはお金がない。
父は死に、母は蒸発。残されたのは僕とひよどり、たった二人のきょうだい。ぼくが16歳、ひよどりが14歳の頃の話。
身寄りのない僕らは選択肢が限られていた。
僕は学校を辞め、急ぎ就職した。ひよどりも学校をやめると言っていたがそれは止めた。ひよどりは僕と違って頭が良い。可愛い弟の将来を潰す事だけは避けたかった。
僕は仕事を選べる立場ではなかった。だから決してホワイトと呼べる職には就けなかったけれど、それでも僕はひよどりのために働いた。
ひよどりも僕の意を汲み取ったのか、勉強しつつ家の事をたくさんやってくれた。料理も、風呂掃除も、僕の服にアイロンをかけてくれたりもした。
とてもしんどかったけれど、充実した毎日だった。
僕は可愛い弟のために働いてお金を稼ぎ、ひよどりは将来の僕らのためにたくさん勉強して良い職に就く。
順調だった。あの日までは。
「………ひよどり………?」
受験の前日だった。僕は仕事帰りの道端で、可愛い弟に会った。
ひよどりは何故ここにいたのだろう。なるべく『仕事場』は家から遠いところからしていたのに。
会いたくなかったから。
仕事中の僕を見せたくはなかったから。
「………に、やってんだよ………」
ひよどりは震えていた。比喩でも何でもなく全身が震えていた。
ひよどりの目が震えながら動く。まず僕を見て、僕が出てきた建物を見て、そして、僕の隣に立つ、僕と腕を絡めている小太りの脂ぎったおじさんを見る。
僕とこのおじさんの間に何があったのか。
僕が今までどうやってひよどりを養ってきたのか
全ての合点がいった可愛い弟は、僕を見て叫ぶ。
「なにやってんだよ、兄貴ッッッ!!!」
僕は体を売っていた。両親が消えたあの日から、ずっとそうしてきた。
16歳の小童が金を稼ぐ方法なんてたかがしれている。僕は仕事を選べる立場ではなかったのだ。
ただそれはひよどりには伏せてきた。あまり見せたいものでもなかった。できれば気付かれないまま弟には育ってほしかった。
でも、僕はひよどりに見られた。見られてしまったのだ。
そして、ひよどりは受験に落ちた。