転生した
自分の事は自分が一番分かっている気になる
へばりついた勘違いを自分でとるのは
馬鹿らしいくらい難しい
自分で自分を救えない世界に憎しみを
世界に滅べと見当違いに喚くのだ
「異世界転生してぇ…ウェルカムトラック」
下らない現実からの解放、好き勝手出来る力、必要とされる存在になる。現実ではあり得ない話だってのは理解の範疇だ。
川原に沿った道を夕日を浴びて進む。学生というのは大人から見れば馬鹿な生物なんだろう、こんな考えを持ってる時点でお察しだ。
「とは言え諦めきれない…ですよね?」
「え?誰?」
俺に声をかけたのは若い女性だった。茶色の髪を肩の辺りで風に靡かせている。推測するにこんな夕日をバックに思わせ振りな発言、中2病が再発された方に違いない。ただ考えていることを当たられたみたいで心臓が跳ねてしまった。
「転生したいんですよね?」
「ば、馬鹿なこっちゃ言うんでねぇです!?そんな夢見勝ちな童貞ボーイな夢なんても、持ってな…その通りです!」
動揺がはち切れた。自分なんて死んでしまえと思った。本当に世界が今すぐ滅びてくれるのを願った。地球爆発しろ!カモン隕石!
黒歴史とこの手の願望は実に直結しやすい。つまり黒歴史ノートは世界はよ滅べノートと言って過言ではない。
「…キモイ…。転生の意思ありということですね。では、転生させてあげましょう。その代わりに飲んでもらう条件がございますが。」
とても胡散臭い。じゃあ殺しますねぇとか言ってナイフで刺してきそうだ。うん、転生嫌だわ。転移がいい。痛くないのがいい。
逃げるか否か、心にもしかしてが蠢いて選択が出来ない。彼女はスーツの内ポケットに手をいれ、赤いクリスタルを取り出した。
「これを受け取れば貴方は不死になります。このクリスタルは不死の権利と呼ばれるものです。これが砕けた時、世界と貴方に終わりが訪れます。普段は概念として貴方の内側に潜んでいますが、貴方が望めば姿を現します。ご質問はございますか?」
赤いクリスタルには不思議な魅力があった。俺は半ば無意識にそのクリスタルを受け取る。
「契約完了です。どうぞ貴方の望むままに。」
女性が消え、空と大地が反転する。闇は輝き、光は深く沈んでいく。何度も訳の分からないことが続いた。そして、ふと気が付くと見知らぬ場所に立っていた。
そこからあの頃から望んでいたことばかりが起こった。沢山の美しい女性に囲まれる日々を送ったし、胸がはち切れそうな冒険を繰り返し、魔王を討ち滅ぼした。
まさに俺の為の天国のような場所だった。だが、目ぼしい場所は冒険を終えてしまった。世界の謎は知識に変わった。愛した人々は土へと変わった。
ぽっかりと穴が空いた。ふと自分が異物であることを思い出した。周りに目を向けると貧しく苦しく生きている人々がいた。
自分がここに来たせいであったら。いつからかこんな思考にとりつかれた。他人の頭の中が怖くなった。
愛した人々は本当は幸せでは無かったのでは?自分がいない人生の方が幸せを得れたのでは?堪らなくなった。
とある日、露天に並ぶ赤いルビーを使ったブローチに目を奪われた。手のひらの上へと赤いクリスタルが転がった。
首を横に振るった。そんな事出来る筈がない。だが、翌日も、その翌日も赤いクリスタルは手のひらを転がった。日に日にクリスタルを握る力が強くなる。
殺してくれ、誰か俺を殺してくれ。こんな事はしたくない。こんなに自分勝手な筈じゃないんだ。
自分を何度も殺す。何度もだ。何も変わらなかった。この後の事を心底悟ってしまった程度だ。
高い山へと登る。冒険と別れを告げた場所だ。昼頃に頂上に着いた。思い出せる限りの人々に別れの挨拶をゆっくりと告げた。夜は星を見た。地球とは違う星空は痛みと寂しさを与えた。
日が登る。真っ赤なクリスタルを太陽に合わせた。この行為に意味はない。理由があるように見せたかったのかもしれない。誰も見てなどいないのに。グッと拳に力を入れれば赤いクリスタルは呆気なく砕けた。
灰色は無意味にやってきた。
君は悪くないさ。悪いのは親とこんな環境にした先祖とかそんな奴らのせいさ。
それでその先祖を育てたのはこの世界だ。
んで、世界を創ったのは神様で、神様を創ったのは
…なんだろな。案外君と同じようなもんだろ?
だけど責任転嫁をする相手は必要なんだ。神様はいるかどうか分からないから世界のせいにしておこうと思う。
だから今日も世界に滅べと言っておこうか。