放棄した
青い空は自分が薄汚れて見えるから嫌い
なのだと思っていた。実際に青い空の下を
歩くと、勘違いに気付いた。
こんないい天気にこそ、世界に滅びて
欲しいと。
私は干渉しない。私は本来なら存在してはいけない人間だ。人の営みの中に私がいてはならない。私は見守るだけ。
今日は568人死んだ。いつもより若干多いけど誤差の範疇だ。中には私が助けられる人もいたけれど、私は手出ししなかった。
私は不死者、世界と運命を共にする記録者。私が死を選べば世界は滅びる。とても重たい。
満足して死ぬ人は少ない。一割も居れば多すぎる程だ。その他の人は唖然とした表情や苦悶の表情で死んでいく。
そんな表情を見送る度に何かが磨耗していくような気がしている。胸をかきむしりたくなるような喪失感、決して簡単に言い表せない何かが心を侵略する。
昔、私のせいで何人もの人が死んだ。満足して死んだ人は居なかった。私の行動は悪くはなかったと思う、存在が悪かったのだ。
偶然殺され、私が死ななかった。それだけだ。後のことは語りたくもない。
高い塔の上、人曰く『神のいる場所』、そこに私はいる。世界という重さに押し潰され監禁されている。
溜め息を吐くと透き通った窓硝子が濁る、ここから見える景色は苔むしたビル群と森ばかりだ。人間はもうこの近辺にはいない。ただたまに…
噂をする前に来たようだ。腕時計に青いランプが点灯している。こういったランプは赤いことが多い気がするが、アレを思い出したくないので私の日常用品は赤色を使っていない。
青いランプは塔の下へと人間が来た合図、おおよその所面倒な宗教団体が神様に会いに来たのだろう。すがる対象のない私への皮肉じみた訪問だ。
とはいえ世界最大の宗教団体だ、無下にすれば面倒じゃすまない。居留守を使っただけで大量の生け贄を捧げられるなんて体験二度とごめんだ。
エレベーターのロックを解除するとエレベーターは下へと向かっていく。途中で爆発してしまえばいいのに。
あの髭面の教皇だけは来てほしくない。アイツは私を利用しているだけだ。狂信者も大嫌いだが、私を見てニタニタと微笑む姿は生理的な嫌悪を引き起こす。
ついにエレベーターが上へと上昇を開始した。爆発しそうにない事に舌打ちを一つ。エレベーターが到着した。ゆっくりと扉を開くとそこには赤い髪の青年が立っていた。
「えと…ここどこ?」
とぼけた青年の声、教会関係者の服は来ていない。背中には大きなバックパック、土埃で薄汚れた頬は森をさ迷って出来たのではないかと予測される。
確認しなかった私も馬鹿だが、目の前の人物も第一声がこれとは…。私が帰ってもらおうとエレベーターの降下ボタンを押そうとすると青年に腕を掴まれた。
「ちょ!?待って!待ってください!絶賛迷子だから、人助けプリズミー!」
何となくチャラそうで邪魔に思った。そもそも赤は嫌いだ。この人相じゃ赤い髪は染めたのだろうし、いきなり腕を掴むとかウザったい。
チャラ男はエレベーターから出てきた。不法侵入だ。
「ふぅ…危ない。んで、お姉さんここどこよ?」
「間違いなく貴女が即刻出ていかないといけない場所よ」
はよ帰れ、そもそも目が好奇心で濁ってるんだよ。道聞いても直ぐに帰る気ないだろ。
「いいね、命知らずの俺にはもってこいの場所だ。探検させてくれ」
「帰れ、命知らずはお前が名乗っても雛の囀りにも劣る。」
面倒だ。何よりイライラする。私の前で赤色がウロウロするな。私は手元のナイフで自分の首をかっ切った。ここまで異常行動をすれば怯えて帰るだろうと思ったからだ。
「なっ!?何やってんだよアンタ!?」
傷は五秒と経たず回復した。床に散った血が無ければ白昼夢だったと言い切ってしまえるだろう。チャラ男は目を見開いている。
「やったね、ここで正解だ。アンタに会いに来たんだよ、神様。」
どうやら更に面倒になったらしい。殺してしまっても別に良い。人が死ぬのは嫌いだが、人が好きな訳じゃない。だが責任が嫌いだ。だから人を殺した事がない。どうしたものか。
私が黙っているとチャラ男がペラペラと口を回し始めた。
「なぁ、神様。こんなクソみたいな世界を創ったのはアンタなんだろ?俺の家族も友達も皆奪った世界を創ったのはアンタなんだろ?」
「違うと言った所で聞く耳持たなそうね。」
「…まぁな、復讐とやらをやってみたいだけなのかもしれない。いいさ、死に場所はたった今ここに決めた。」
「…私を殺したいの?」
「もちろん」
「そうね、じゃあこれをあげる。」
赤いクリスタルを男に放り投げる。男は反射でそれを掴み取るとマジマジと見つめ出した。
「それ壊すと世界が壊れるから。」
淡々といい放つ。私の声に感情は乗らなかった。
チャラ男は息を飲んだ。犬死にして満足して終わりにしたい、それが彼の願望だったのだろう。そんな贅沢を私が見たいわけない。
「世界が壊れれば私も死ぬわ、それ以外に私を殺す方法はない」
私は彼へと責任を放り投げた。その行動に何の覚悟があった訳ではない。特別とは言い難い今日に魔が差しただけだった。始めからこうすれば良かったのかもしれない。
彼が此方の目を見た。私を復讐の対象とはもう見れていないだろう。私が彼へと向けたのは期待だった。赤の他人に向けた最大級の身勝手。
「だから、赤は嫌いなのよね」
「…俺も嫌いになったよ、次があったら青く染めるのに」
彼は虚ろな目でクリスタルを地面に叩きつけた。満足して死ねる人間なんて少数だ。今から消えてゆく人々はもしかしたら笑顔で唐突な終わりを迎えるかもしれない。
唐突な終わりは遺された者がいないなら案外幸せなのかもしれないと、私は無言で灰色を見つめた。
誰かの為になんて生きられる訳ないじゃないか。
誰かが私に与える影響に依存してるじゃないか。
けれど、勘違いは時に美しい
醜いものを隠しているから
そんな世界はさっさと滅べばいいのに