忍者の転生
その日、彼は正体を暴かれた
彼にとって正体を知られることは死を意味していた
彼の職業は忍び
仲間だと思っていた者の裏切りにより、その日彼は死んだ
余りにも悔しく、無念だった
彼は優秀であったがおごることなく人生の大半を忍術の習得に費やした
才もあり、努力を惜しまぬ彼は嫉妬の対象になったのだ
人ひとりが一つの人生で享受しうる幸せの一片すら手に入れられなかった彼に
人ならざる者は慈悲を与えた
(起きなさい)
「・・何だここは」
あたりは一面真っ白な草原が広がっている
目前には神々しく美し女性が立っている
(あなたは死にました)
彼女は淡々と告げる
「・・そうか、おれは死んだのか」
彼はあきらめの感情を隠すことなくそうつぶやいた
(あなたは未だ幸せという感情を感じたことがありません、次の生では今の分まで幸せになれることでしょう)
彼女は慈悲の顔を向け、祈りをささげる
「来世か・・、楽しみだ」
(それでは、二度と会わないことを祈って)
彼女がそうつぶやくと
白の草原は金色にひかり輝きはじめた
次に彼が目を覚ますと彼は路地裏に倒れていた
「おはよう」
タバコを吸いながらニヤリとした顔をして女は彼に話しかけた
「・・おはようございます」
彼は自然と頭に浮かんだ言葉を返す
「こんなところで寝てたら危ないよ、何があったかわからないけど少し暇つぶしに付き合ってよ」
女はそういって名刺を渡す
「私は橘かれん、今年から美容師になったんだけど カットモデル探してたところなのよ
そしたらほら、髪ぼさぼさのあなたが倒れてるじゃない?これは神の思し召しだわ」
橘は間を置かずまくしたてる
ぼさぼさといわれ、彼はとっさに頭をさわる
気づいてみれば目が隠れるほど髪が伸びている
不審者と間違われてもおかしくない風貌だ
「はい・・お願いします」
彼は状況が呑み込めないまま流されるように返事をしてしまう
「よっしゃ、あなたの名前は?未来のカリスマ美容師の初のお客様よ、誇っていいわ」
茶化すように橘は言う
「僕の・・名前」
彼はそうつぶやいて
「わからない」
と告げた