1.自分の居場所は自分で作れ
外には冷たく乾いた風が吹き、枯れた茶色の葉がカラカラと音を立てながら転がって行く。通りを行き交う人々は厚いコートやマフラーで防寒をしながら、白い息を吐き、俯きながら歩いていた。
都心から少しだけ離れた場所にあるシェアハウスには二十代前後の男女が数人暮らしている。その中で最年少の柚樹は冬休みの学生という立場を利用して暖房の効いた暖かな部屋でぬくぬくとコンピュータを弄っていた。
趣味であるゲーム実況を録画した映像を編集していると、ノックの音がして扉が開く。編集を保存し、画面を閉じてから振り返ると同居人の一人である女性――鈴宮 朱里――が立っていた。朱里は柚樹が画面を閉じたのを見ると悪戯っぽい笑みを浮かべて近づいて来る。
「ふふ~ん、男の子には隠すこともあるのよね~?」
「何言ってるんですか、俺の趣味知ってるでしょう」
椅子に座っている柚樹に合わせるように朱里が少し屈むと、素っ気ないフリをしてモニタに向き直る。キーボードとマウスで操作して再び編集画面を開くと、先程要らない部分をカットした動画に字幕や効果音を付けていく。後でオープニングとエンディングも付けなくてはならない。
「ちょっとくらいノってくれても良いじゃない…でも、そういうところも可愛くて好きよ」
動画編集をしているところにまだ茶化してくる朱里に反論しようと思ったが、少し首を捻って口を開きかけただけで止め、モニタに集中する。朱里は柚樹のベッドに腰掛けると、足をぶらつかせて様子を伺っているようだった。
「――それで、用事があったのでは?鈴宮さんが俺の部屋に来るなんて珍しい」
「そうね、君を翔が呼んでたの。用事が無くても来て良いの?」
朱里が告げた用事に頷いてから、後の質問には駄目です、と即答。動画の字幕や効果音を付け終わると、コンピュータの電源を落として席を立つ。部屋から出る前、扉のノブに手を掛けながら朱里を振り返ると、ネットの履歴なんか見ないでくださいね、と言い残し部屋を出て行った。
――柚樹が部屋を出て行った後、朱里がちゃっかり履歴を見て予想したものが無かったことを残念に思っていたのは、部屋に置いてあった小さなクマのぬいぐるみだけかも知れない。
◇ ◆ ◇
柚樹は二階にある自室から一階南東側の角部屋の住人――高嶋 翔――に会いに行った。翔は柚樹が動画を投稿するサイトを運営する会社の社長で、動画関係の連絡は手紙やメールを送るより直接言った方が早いと部屋に呼び出される。
ついでに言うと朱里はサイトへ流行りの曲でダンス動画を投稿する踊り手で、もう少し言うとこのシェアハウスはサイトに関わる人が集まっているところでもある。
シェアハウスの住人は柚樹、朱里、翔を含めて五人。ゲーム実況、踊り手、歌い手、弾き手のそれぞれのジャンルでナンバーワンの称号を持つ者たちだ。柚樹はゲーム実況、朱里は踊り手でナンバーワンを獲り、ここで暮らしている。社長である翔と過ごすことで常に監視され、ナンバーワンの称号に見会わないと判断されれば追放、次の者に部屋が渡される。それが嫌なら精進することだ、が翔の口癖であった。
翔の部屋の前、扉を軽くノックし名乗ると間も無く入れ、と返事が返ってくる。同居人だが社長である翔の部屋に入るのは何度やっても緊張が無くならないと思う。広い部屋に入り右手を見ると重厚感のある黒革のソファに足を組んで座っていた。
金髪の癖毛に色黒の肌、大きめの黒いサングラスや金属で出来た指輪やネックレス等のアクセサリーをしている姿を見れば一瞬ヤクザかと思うが、染めた髪を黒に戻してピッシリとスーツを着れば――メディアに出るときはそうするらしい――真面目に見える。
「お呼びでしょうか、翔さん」
「そんなに畏まるな。それで、話なんだが柚樹、新しいVRゲームを実況しないか?」
翔が立ち上がって柚樹の横を通って後ろへ行き、棚の引き出しを開けると封筒を取り出した。封筒の中身は何枚かの紙が入っていて、渡された一枚の紙には【人生をやり直すことが出来るなら、貴女はどうしますか?】というキャッチコピーが書かれている。
「やり直し…これは俺の学生時代を思ってのことですか」
現在十七歳、高校二年生の柚樹は地元の小中学校で嫌なことがあり、高校受験で東京へ出て来た。中学二年のとき、不登校気味になったとき始めたゲーム実況の成果である翔さんからの招待状を宛にして来たので、追い出されたら一番困るのは柚樹かもしれない。
「そうとも言えるが、依頼が入ってな。その値段が凄く高くて…」
「……お金に釣られた、と?」
柚樹がため息を吐くと、翔が素早く、断じて違う!と珍しく大声で言ったのでそれ以上の追及はしなかった。
新作ゲームのテストプレイは一週間後、柚樹の場合は六歳から十七歳の十一年間を過ごし、後は現実の世界に同調する。ゲーム内での十一年間はログアウト出来ないが、十七歳の誕生日を迎えれば現実世界に戻ることも可能らしい。ゲーム内は時間加速プログラムが機能しているため、十一年間は一日だけで終わると言う。ゲーム内での時間速度は現実世界の実に千四百四十五万四千倍にもなる。
柚樹は翔からの一通りの簡単な説明と企業から送られて来た説明書を読んで大体を理解し、一週間後を楽しみにしていた。