第1話 君はロボットが嫌いかね?
『筑総再開発公団』
戦後、閉鎖地区避難者の生活を再建する為に設立された。住宅の提供を主な業務としている。
「辞令、ですか?私に?」
たった二人しか居ない部屋に響く声は、自分でも驚くほど不機嫌さをむき出しにしていた。
「まだ内示段階だが、色々条件があってね、是非とも君にと・・・」
年を取ると気が短くなるというのはどうやら本当らしい、ここで声を荒げた所で八つ当たりと何も変わらないのは分かっているのに言葉が止まらない。
「圧力ですか?じきに特ダネ扱いで出ちまうのに隠してどうするんですか?」
「そうじゃない、捜査本部は週明けにも立つし、筑総再開発公団の連中に逃げ場は無い。」
この人はこんな所で筋を曲げるような人ではなかったはずだ。
貧乏くじを引いても生き残ってきたまともな人だ。
でも言うべき事は言っておこう、同じ愚か者の義務として。
「・・・成程、週明けまでの二日間黙ってろって訳ですね。
沈む船から逃げ出せる連中には有難い話ですね。」
「邪推は止めてくれ、警備部を顎で使える面の皮の厚いヤツが本当に必要なんだよ。」
滅多に見せない、静かだが本物の怒りが顔に浮かぶ、これは珍しい。
「それ位、組織犯罪の専門家に幾らでも居るじゃないですか。」
こちらの声から理性が戻ってきた事を察して、眉毛が下がる。相手を宥める時のいつもの顔だ。
長く付き合っているとこういう事までプロトコルの一部だ。でも皺がふえたよな。俺のせいか。
「・・・そういう人材はとっくに放り込み済みだ。それでも上手くいってないんだよ。」
以前やらかした愚かで自殺的な行為で表彰されてから、俺の話を聞いてくれる人間が増えたのは確かだが、「顎で使う」とまではやった覚えがないし、面の皮の話は初めて聞いた。反省すべき指摘だと思うが、評価されるとは腑に落ちない。
「どこです?一体?」
「ロボット犯罪対策課だ。
寄り合い所帯の悪いところが全部出ている。
靴ピカピカの将軍閣下と百戦錬磨の兵士たちは居るのに、
背骨になる下士官が居ない状態だ・・・と聞いている。」
ピカピカ?下士官が背骨?この人の語彙じゃないぞ?毎度のわざとらしい伝聞調が本当らしく聞こえてくる。この忙しい人をとっ捕まえて長々と畑違いの話をできるだけの何かが有った訳だな。
「・・・なんだかテレビやネットニュースとは随分違う話じゃないですか。
アレはそれなりに成果が出ているんじゃなかったんですか?」
少しずつ、自分が丸め込まれているのが分かる、それが相手に伝わっているのも分かる。
「ニュースになっているのは、評判の悪い法令違反の取締りだけだよ。
ちゃんと働いている労働者から義手や義足を奪って、代わりに補償金や生活保護を押し売りするなんて誰もやりたがらないさ。
やっているのも悪法の宣伝と法改正の手伝いみたいなものだ。
実際検察に送って裁判になったのも東京と神奈川で一件ずつあるだけだ。」
どうやらこの後に続きそうな売込み文句とセットで内示の話が来ているようだ、今時これ程ニュースと乖離した情報が部外者に出てくるのは滅多にない。
まあ、疑問点は一通り聞いておこう、断るにしても礼儀が必要だ。
「・・・で、それ以外で警備部の出番というと強制執行とか?」
「いや、名前通りのロボット犯罪だ。違法なロボットを使用した犯罪だな。」
「ロボットバトルの賭け試合とか?たまに検挙されてる?」
「もっと悪い、
遺留品のない殺人でロボットを使用したのではないかと疑われる複数の事件だ。」
え?
「報道されていませんね。」
「直接の証拠は無いからね。」
「・・・間接的な証拠はあるので?」
「困った事に、ある。
対策課に自衛官やレスキュー隊員を貸し出してもらう程度には。」
「自衛官?それにレスキュー?
どこかの軍用ロボットがテロでもすると予測されているんですか?」
自分は今、どんな顔をしているのだろう、白い顔か、青い顔か、まっすぐ立てているのか。
「・・・受けてくれるな?」
「・・・・・・人命がかかっているのですね。」
「そうだ。」
「分かりました。お受けします。護民こそ警察官の本分です。」
「質問に答えよう。
・・・既に、対策課は違法ロボットとの戦闘を四回繰り返している。
また、初回以外は違法ロボットの確保に失敗している。
もちろん、対策課も装備や体制の増強を繰り返してきたが、
相手の方が一枚上手だ。」
「私の任務は?」
「君には新設の機動班の班長になってもらう・・・と聞いている、
課長直属の統合部隊だ、今後の対策課組織の雛形となることを目的としている。
最初は君の他二名程度で発足し、順次増強と組織改変や統合を進める。
敵の変わり身は早い、
追いつかなければ犠牲者を認識することすら覚束ないだろう。」
「了解しました。
・・・疑獄事件の方は中途半端な仕事になってしまいましたがお任せいたします。」
「ああ、有難う。・・・最後に、君はロボットが嫌いかね?」
「ロボットが?
・・・あぁ、昔、子供のころは好きでした。今でもあの頃の気持ちは変わっていません。
でも・・・あの日・・・私は『サムソン』を見ました。
目と鼻の先を、手を伸ばせば届くような所を、アレは通り過ぎていきました。
・・・私は今でも思います、もしもアレの前に身を挺して立ちふさがっていたらどうだったろうかと。
・・・今となっては無意味な事ですが。」
「いや、すまん、悪い事を聞いたな。何もできなかったのは私も同じだ。
・・・会議室から出る事すらなかった。
それでも、アレが止まったのは一人々々が職責を果たしたからだと思うようにしているよ。」
「・・・最後にいい話を有難うございました。」
「いや、こちらこそ、今後の事は任せてくれたまえ。」
「では、失礼します、引継ぎは早い方がいいですね。急いで待ちます。」
「久しぶりに聞いたな、私もそうするよ。」
まさかの会話山盛り展開。筆者も驚愕。
次回は幕間です。