第3話 機動班発足(1)
『反ロボット運動』
戦後勃興した社会運動。日常生活からロボットを排除することを目指している。
人間に危害を加える機能があるかどうかを排除の基準としているので、関節(自由度)のあるものは特に目の敵にされる。
少数だが国会に代表を送っており、主に都市部が票田。「普遍的権利擁護同盟」「社会性復興党」等が知られている。
オゾンの香る整備ハンガーからヨロヨロと出て、彼女は深呼吸をした。
眩しい朝日が充血した目に突き刺さる。結局、主任に付き合って徹夜作業になってしまった。最後の方はついでとばかりに主任にストレッチの真似事までさせて、「腰が痛い」と言わせる事に成功したが、虚しい八つ当たりだ。
自分の深夜勤務手当を含む残業代が主任の危険手当より割高である事を思って自分を慰める。・・・基本給は主任の方が高そうだが。
その昔は女性の残業は法律で規制されていて、徹夜勤務は違法だったと聞くが、差別撤廃と言って残業させるよりも、男性の残業も女性並みに規制すべきだったのではないだろうか。ロボット禁止法もそうだが、なんだか自分にとっては法律の改正は不利益しかもたらしていないような気がする。公言すると色々大変そうなので思うだけだが。
とにかく、愚かしくも目的不明な主任のやっつけ仕事は終わったのだ。朝ごはんを食べて寝よう。どうせこれから8時間の勤務は法令違反だし、翌日の有給休暇行使も主任からもぎ取ったし・・・結局寝て食べる以外何もしないまま、また出勤する事になりそうだけど。
・・・ああ、ペットは無理でも植物位は育てられる余裕が欲しい、アパートのベランダに並ぶポインセチアやミニトマトの枯れた鉢植えは捨てて、新しくてもっと大きな植木鉢を買おう、そしてタイマー機能と遠隔操作対応の自動給水機も注文しよう。次は何が良いだろうか、伏見甘長?モロヘイヤ?ペパーミントも楽だとネットにはあった。
だが、とりとめもなく迷走する思考の中に、見慣れない物体が割りこみをかけてくる。昨日まで・・・というか、主任の莫迦騒ぎが始まる前までは空き地だった場所に新しい建物が建っている。
「コンテナサイズだけど、コンテナじゃない。窓も無い。正面にドアというか、ゲート?」
昨日までそこに無かったものが有るというのは、人に驚きを与え、その心に好奇心を抱かせる。もちろんその対象者は一人では無い。
彼女の後ろからやってきたのは、灰色の都市迷彩に点火されたダイナマイトを掴む手を図案化したワッペンを付けた、第2ハンガーに押し込まれている若い自衛官の一人だ。
握り潰した紙コップを両手で包み込むように持ったまま、彼女に話しかける。
「あ・・・あの、おはようございます!」
「わっ!自衛官さん、おはようございます。」
「いや、同じ対策課処理班じゃないですかぁ。鈴木です、そろそろ覚えてください。
鈴木です、鈴木なんです・・・」
「は、はい。鈴木さんですね。10型改の操縦者さんの。」
「え?はい!そうなんです10型操作員の鈴木です!美人で開発者の長谷川さん!」
若い自衛官の顔には、女性との会話に対する純粋な歓喜が浮かんでいる。
「いえ、開発者だなんて、やってるのは計測とか、現地調整ばっかりで・・・
けど、ちゃんとした開発者を目指してますから!」
「そうなんですか!偉いなぁ!幸せだなぁ。朝からこんなに幸せでいいのかなぁ。」
そして、そこに当然のように三人目がやって来る。
「あーそこの幻想に浸っている自衛官に告ぐ。ウチの貴重な紅一点に粉末散布とはけしからん!
デートがしたけりゃ俺を倒してからにしろ!」
「は?はい?」
不機嫌そうな声の意味を図りかねる自衛官だが、彼女は反射的に言い返す。
「何訳分からない事言ってるんですか主任!貴重な10型改操縦者ですよ!
どっかの7型も用意できない腰痛持ちよりも役に立ちそうな、
10型改が使える大事な人なのに!」
「へ?」
「おい、その言い方は鈴木・・・3曹に失礼だろう。」
「あ、あの?」
「なんですか10型改の鈴木3曹さん。」
「騙されるな!鈴木3曹!君は今、危険な状態にある。」
「あの・・・お二人とも寝てないんですか?」
「そうよ!どこかの主任が「ロジックは弄るなぁ~バランス調整だけで動くようにしろぉ~」
とか言って、ひどい目にあったのよ。
7型か8型が一機あれば可動範囲調整もさっさと終わったのに~!」
「あ!あれだけ人体実験は駄目とか言っておいて、結局俺をねじって実測したんだな!」
「はい~↑お疲れさまでしたぁ↓べ~!」
「うが~!」
「え?え?」
仮眠明けでちょっとボケている自衛官と、徹夜明けのナチュラルハイ2人が騒いでいる間に、音もなくゲートが開き、人型が背後に現れたのには三人とも気が付かなかった。
「おはようございます、皆さん。申し訳ありませんが、現在仮設ハンガーは防音性能が低い状態にありますので、今少しお静かに願えませんでしょうか。」
声は静かで滑らかだった。だが、その姿は人間では無かった。
「す、すいません・・・て、10型改って、こんなのもあるんですね。なんかスリム?」
「少し背が低いな?」
ナチュラルハイの何も考えていない発言に遅れて、ひときわ大きな声が響く。
「11型?なんで?どうして?配備は来年以降じゃなかったの?!」
鈴木3曹の声に、機械が答える。
「正式な説明は後程あるかと思いますが、明日付けで発足する機動班の備品となります。
試作機ですので、まだ制式化はされておりません。
では今しばらくお静かにお過ごしくださるようお願いいたします。」
最初に小さな声を出したのは鈴木3曹だった。
「キレイな声ですね。操作員は女の人?」
同じくささやき声で主任が言う。
「中性的だな、合成音声かな?ちょっとキレイ過ぎるような・・・」
最後に紅一点が締めた。
「あ、主任~流石に長生きしている人は違いますね~
自販機も喋っていた時代を知っているなんて。凄いなぁ~。」
少しずつ声は小さくなりながら続いていく。
「あ、ほら主任さん、長谷川さん、向こうに行きましょう。」
「お前な、カマトトぶるのも大概に・・・」
「お腹すいた・・・ごはん・・・」
「あ、あの、ウチのハンガーにとっておきのレーションがあるんです。
・・・カレーなんです。」
「まだ諦めてないのか。」
「わぁ!元気が無い時のカレーは正義!鈴木さん良いんですか?」
「長谷川さんもそう思われるんですか?いいですよね、カレー!」
「・・・俺の分もある?」
「お客さん用に取っておいたんです。みんなで食べましょう。」
「う~ん、気が利くなぁ。だが、ウチの子はやらん。」
「ウチの主任は空気読めないの。ごめんね。」
「とにかく食べて、お二人ともちゃんと寝てください。」
「そだね。」
「確かに寝とかないとな、ふぁ~」
静かに三人の話を聞いていた人型・・・ロボットは自然な感じで小首を傾げてから話しかける。
「もしも、お宜しければ、朝食はこの仮設ハンガー内でとっては如何でしょう。まだ機材搬入前で中はほとんど空いていますし。第2ハンガーはだいぶ手狭だと聞いております。コーヒーでしたらノンカフェインでもお出しできます。」
「え?静かな方が良いんじゃないんですか?」
「・・・実は、外部監視システムの機材に不備がありまして、外部音声の音量調節が出来ないのです。中でお話していただく分には問題がありません。どうぞこちらへ。」
言うだけ言うと、人型は違和感無く一礼した後、音もなくゲートの向こうに消えた。
空いたままのゲート前で顔を見合わせる三人だが、最初に彼女が吸い込まれるように入っていくと、残りの二人もその後に続いた。
やっとスタートラインまで来ました。鳥打帽と赤いジャケットが好きだった君の為に、のんびり頑張ります。
尚、「10型改」とか「操縦者」という言葉は、かわいい長谷川さんのお花畑にしか生息していない、儚い妖精さんです。優しく見守ってあげてください。
何も言わずに長谷川さんとの会話を続けてしまう鈴木さんは結構できた人なのかも。




