始まりの街
諸行無常とは誰が言ったか。常に世は移り変わるということだ。ただ、その言葉はどうも違うのではないかと最近思う。俺が生まれたときから周囲はいつも平和だったし、世界だってなんら変化はない。変わらない幸せ、という言葉もよく聞くがそれは退屈な日常と何が違うのか。何となく毎日を過ごして、明日が当たり前のようにやってくると思っていた俺は不変を望んでいるようで、刺激を求めていたのかもしれない。
ただ、俺は考えてすらいなかったんだ。
何故、世界が不変の年月を重ねていたのか。考えても無駄だと。俺は広い世界のエキストラなのだと思っていた。
近い未来は諸行無常なのだと知らずに。
紹介が遅れたが、俺、龍野秋は17まで人間としてまともに生きてきた。いや、今もまともな人間なのだが。多分。でも俺に関してまともじゃないことが一つだけある。それは、爺さんが゛狐゛だってこと。両親のことはよくわからない。生まれたときから狐の爺さんに育てられてきた。
それでここが一番重要なことなんだけど、爺さんはただの狐じゃない。1000年生きている化け物で、俗に言う、゛魔法゛が使える狐だ。そんな爺さんに育てられたのだから俺も魔法が使えるのは当然な訳で、それをひた隠しにしながら下町で生きてきた。
しかしそれも一ヶ月前までの話。
「いつまでもこんな狭めぇ国に引っ込んでんじゃねぇ!」
と、爺さんに家から吹っ飛ばされ外国へ向かう黒船に乗せられていた。
この世界の大抵の人間は魔法が使える。しかしそれは必要最低限、例えるなら足し算引き算ができるようなものだ。俺や爺さんのように魔法を本業並にできるヤツはそうそういない。
だが世界は広いらしく、魔法を使えるヤツはいっぱいいるそうだ。それを見てこい、とのことだが俺はこの゛和風゛と言われる雰囲気漂うこの国が気に入ってるから外国に行くのは気が滅入る。ぐーらぐーらと揺れる船に乗りながら俺は大きくため息をついた。
-飛行術を習得しとけばよかった・・・。
俺は心から後悔した。
船は、やはり苦手だ。この旅だけで何度吐きそうになったことか。到着の汽笛が船内に鳴り響いた時には涙が出るほど嬉しかった。
しかし爺さんに勝手に吹っ飛ばされたせいでどこに着いたのかはわからない。若干不安に思いつつ、甲板の手すりによっ掛かって町を見渡した。白昼の太陽が俺の目をくらます。
そして
そこに広がっていたのは俺の国とは似ても似つかないほど絢爛豪華な町並みだった。俺の国の木造建築とは一風違う、石造りの建物が並んでいる。
風呂敷一枚に収まるほど軽装な俺は軽々と船のスロープを降りた。見知らぬ異国の風が俺の着物の袖をたなびかせた。初めてその土地を踏んだとき、後戻りは出来ないと悟った。
「お尋ね致しますが・・・、ここはどこですか」
俺は道行く金髪の貴婦人に声をかけた。
爺さんから様々な国の言語を叩き込まれたおかげで言葉には困らない。とりあえず、世界で最も広く遣われているシスト語を話してみた。案の定彼女は反応してくれた。
「あら、見かけない顔立ちね。黒髪に漆黒の瞳なんて。噂に聞く極東の方かしら?」
「はぁ、そうなのでしょうか。となるとここは西の国ですか」
「そう呼ばれることもあるわね。ここはラーズの街よ」
ラーズ・・・。こりゃまたとんでもなく遠いところに来てしまったもんだ。通りで船が長いと思った。
貴婦人に丁重にお礼を言って、俺は街を歩き出した。
しかし、世界を見てこいと言われても何をすればいいんだ。随分抽象的なことを爺さんも言ってきたもんだ。行く当てもなくさ迷っていると、街角で人だかりを見つけた。好奇心から近寄ってみると人々は一枚の広告にくぎ付けになっているようだ。俺もつられるように掲示板を覗き込む。
「ゲル・・・、捕獲令?」
ゲル、とは魔法とは別に生まれながらにある特殊能力を持っている人間だ。ゲルの能力は世界に一つずつしかなく、能力には色の名前がついている。彼らは世界人口のわずか0.1%にも満たない。人によって使える能力は様々だが共通して言えることは、魔法の比じゃないほどの力があること。よって太古から人々に尊敬される存在だったが、なんで捕獲令が出ているんだ・・・?今更な気もするのだか。上の奴が考えることはよくわからない。
「おい、聞いたか?今回のゲル捕獲令はラーズだけじゃなくて、世界規模らしいぜ」
「上の権力者がゲルの力を恐れたんだろうな」
「捕まったゲルはどうなるんだ」
「知らねぇよ」
「そもそもゲルほどの力があれば捕まんないでしょ」
人々は様々な憶測をしている。俺もこの件についてははっきりとした意見が持てないでいた。最も、俺はゲルじゃないから関係ないと言ってしまえばそれまでなのだが。
「っと、それより職がねぇと生きてけないよな・・・」
声に出してみると一層惨めに思えて来る。あの爺さんも船にほうり出すなら金くらい持たせてくれや。苛ついてくると腹の虫がなきだした。
金が、金が欲しい・・・。
路頭に迷いかけた時だった。
「魔技大会エントリー締め切り間近です!飛び入り参加の方はもういらっしゃいませんか!?」
魔技、大会・・・か。
名前からして、何かいい予感がする。
「あの、魔技大会ってどんな大会なんですか?」
コロッセオの受付で叫んでいた眼鏡の女性に尋ねた。彼女は淡々と話しはじめる。
「魔法の訓練を受けている方がトーナメント形式で業を競い合う大会です。優勝すれば賞金と全界政府本部直属騎士の所属が約束されます」
「おお、一石二鳥じゃないですか!」
「は?」
「いえ、こっちの話です」
職と金が手に入る。これに出ない手はないだろう。
「エントリーお願いします」
「承りました。しかし、そのような軽装では・・・」
俺の黒の着流しを見て女性はうかがわしそうな顔をする。
「ああ、結構。こういう流派なんで」
それを聞いて彼女は首を傾げる。
まだ納得してないようだったが、俺は構わずコロッセオの控え室へと入っていった。
控え室は見かけより随分広かった。きっと内部拡張魔法でもかかっているのだろう。
参加者は大きく二つに分かれていた。
まずはいかにもという屈強そうな若者達。魔法を使用する際に使う道具は人それぞれだ。彼らは主にハンマーやスカットル、ボウガンなどをベルトでつなぎ止め、肩から下げている。魔法はそこそこに最後は武力で決めに行くタイプなのだろう。
もう一つのタイプは貴族階級らしき少年少女だ。ラーズには貴族階級専門の魔法学校があるときいた。彼らはその学校の生徒であろう。高級そうなローブを纏い、友人達と和やかに話している。その光景はまるでこの大会が実践訓練の一環であるかのようにも思えた。
二極化する中で、俺は完全に浮いていた。気のせいか自分の周りに人がいない気がする。まぁ、それもそうだろう。西洋の衣服の中で俺だけ東国の服のままなのだから。
次々とエントリーナンバーの呼び出しがかかり、その度にまた一人と参加者が消えていく。負けた参加者は控室に戻って来るはずなのだが、不思議なことに試合が終わって戻って来る参加者は一人もいなかった。
俺は最後に駆け込んできたこともあって、エントリーナンバーはかなり遅い方だった。自分の試合まで随分時間がある。せっかくなのでギャラリーに行って試合を観戦することにした。
「ヴォオォオォオォ!!!!!!!!!!!!!」
コロッセオに轟く猛者の怒声。
その声にかきたてられたかのように観客は熱狂する。
俺は予選第三試合を参加者専用ギャラリーから眺めていた。一方はハンマーを振り回す巨漢。もう一方は俺と同い年くらいの紫のローブの少年。迫力では巨漢の方が圧倒的に勝る。しかし振り回すハンマーは中々少年に当たらない。使用する魔法もごく僅かでハンマーに若干、|力増幅加速魔法<<ちからぞうふくかそくまほう>>をかけているだけだ。微かに赤く輝くハンマーが一振りされるたびに男は力の発散所を失う。
「くそっ、くそぉっ・・・」
男も相当焦っている。それもそのはず、少年は軽く身を捻ったりシールドを張るだけで攻撃をやすやすとかわしているのだから。
「ねぇ、おじさん。これは武道大会じゃないんだよ」
少年が遂に口を開いた。それも欠伸をしながら。
「あぁ?言いたい事があるならはっきり言えばいいじゃねぇーか!お前見たいな貧乏人にはこの大会は似合わないって!」
「ははっ!言わなくても分かってるじゃん。でもさ、いい加減気付こうよ」
そう言うと少年は男のハンマーに宿る力をそのまま跳ね返した。そのダメージで男が微かに呻く。そして少年は再び呟いた。
「その程度の魔法のみで武力で決めようとしても、本当の魔法の前では何の意味も成さないことを」
そう言うと少年はレイピアの先端で軽く弧を描いた。その瞬間に巻き起こる竜巻。竜巻は風の刃となって男の鎧に直撃し、確実にダメージを与えた。
男は声にならない悲鳴をあげる。しかし膝をついたものの、もう一度立ち上がった。
「・・・、てめぇに、判るか?俺らみたいな貧困層が直属騎士になることの意味を・・・。ここで勝てば、残された俺の兄弟を一生食わせてやれるんだ。お前ら貴族が遊びほうけて暮らす為の税金は何処から沸いてるか知ってるか?俺らみたいな奴らが命を削って払ってんだよ!なのに、なのに、負けてたまるかっ!!!!!!!!!!!!!」
再び男はハンマーを振りかざす。しかしそれも軽く跳ね返されるだけだった。それを見て少年は不敵に笑った。
「煩いなぁ。庶民ってみんなそうだよね。あたかも自分が被害者のように装ってさ。僕からしてみれば自分が貧しいのなんて自己責任だよ。自分を充分に食わせることもできないのは、君達がそれまでの人材だったってだけだろう?恨むなら家系を栄えさせてくれなかったご先祖様を恨むんだね」
随分傲慢な物言いだ。どこの国も権力を持つ奴の態度は同じらしい。俺は地元のいつも踏ん反り返っていた地主を思い出した。男もあまりの理論に何も言えずにいた。相手を全く理解出来ないといったような顔をしている。
しかし少年はお構いなしにとどめをさしてきた。
「ガドレシア」
その一言で突風が男の身体をもみあげる。そのまま場外にだされた。
「勝者、レウス・ギルバード!!!!!!!!!!!!!」
審判の声がコロッセオに響く。歓声がコロッセオを包みこんだ。
勝った少年は、なんでも無い様子で無愛想に会場を後にした。
その後の試合もいくつか見たが、結果は同じようなものだった。
貴族の少年が屈強な若者を圧倒して終わる。ここの観客は何故こんなにもわかりきった結果を面白ろがるのだろうか。
「エントリーナンバー213、龍野様いらっしゃいますか!?」
しばらくするとやっと俺のナンバーの呼び出しがかかった。
今まで何度も見てきた貴族と巨漢の組み合わせ。少なくとも俺は貴族じゃない。背格好や年齢はあの少年達に近いが。では俺は巨漢側なのだろうか。ガラスに映った俺の立ち姿を見る。そこに映っていたのはお世辞にも逞しいとはいえない体つきの男だった。ただ、貧弱でもない。見えない筋肉が程よくついている。
うん、俺は大丈夫だ。いつも通り。爺さんの修業の方がよっぽどきつかったしな。
「サクッと殺ってきますか」
俺は貴族の少年に腹が立っていたようだ。まぁ、本当に殺しはしないけど。
「これより、カシム・レイノルズ対龍野秋の試合を始める!互いに、礼!」
審判の声が響く。遂に試合が始まるのだと実感した。心のどこかでワクワクしている自分がいる。相手はやはり貴族の少年。彼もまた、余裕だと思っているのだろう。どことなく目がトロンとしている。そしてそのまま流れるようにレイピアを構えた。しかし俺はまだ動かない。観客も、審判も、相手も、誰もが不審そうな顔をした。相手の少年が思わず口を開く。
「はは、なめてるんですか?この僕に対して丸腰とは、まさしく侮辱に等しい行為ですよ」
相手が顔をしかめる。正論だ。しかし、それにしても彼の態度は大きすぎる。彼は己の力を過信していた。本人は気づいていないが、おかげで彼は隙だらけだ。
「ええ、お構いなく」
俺も普段なら何か言い返すが、今は言葉に反応するのもめんどくさい。
なぜなら
この試合の
先が見えてるから。
「ちっ」
という相手の舌打ちで試合は始まった。彼はレイピアの先端を地面と水平に切る。青い筋が斬撃となって俺へ跳ぶ。
素人目から見ればその魔法の判別は困難だろう。しかし、少し鍛えればなんてこと無い基本魔法だ。俗にいう水魔呪文。
俺は軽く斬撃をシールドで防ぐ。貴族の少年達の魔法を魔力で防いだのは俺が今大会で初めてらしく、会場がざわめいた。それを見て焦った相手はがむしゃらにレイピアを振った。時たま呻き声が漏れる。
「武器を、出せっ!このまま丸腰で終わらせる気か!」
少年の目が血走る。
「申し訳ないな。俺だって出したくて出さない訳じゃないんだ」
俺の武器は爺さんから受け継いだものだ。譲り受けるときに相手を攻撃することを目的として使うな、と約束した。けどこのままじゃいくらなんでも埒があかないな。
すまない、爺さん。勝つために、抜くよ。
「お望み通りお見せしよう。俺の武器を」
そう言って俺は、懐からお札を一枚出した。それをくしゃっ、と手の中で握り潰し地面に落とす。落ちる途中でお札は黒い炎となって形を成した。
それは、みるみるうちに刀の形に・・・。
「妖刀、|小狐丸<<こぎつねまる>>。将来有名になるから覚えてやって」
紹介してから小狐丸という日本刀を振り落とす。俺の刀をみてコロッセオがどよめいた。俺の国ではメジャーな武器だが、こっちでは珍しいのだろう。最も、小狐丸は日本刀の中でも特殊な半両刃作だ。質は最上級なのだが何故か妖刀と呼ばれる。由縁は知らないし、知りたくもない。
相手はそれを見て不敵に笑った。
「溜めに溜めといてその武器ですか。そんな刃が曲がっている剣で、我が校で支給されるセスナレイピアⅠと真っ当に渡り合えるとでも?」
「さぁな。この刀に直接聞いてみてくれよ」
カキャァン!!!!!!!!!!!!!
互いの剣が混ざり合う。まともに受けてみれば彼の剣の重さはたいしたことない。
「ガドレシア」
俺が呟くと少年は場外ギリギリのラインまで吹き飛んだ。はみ出そうになるのをなんとか持ちこたえる少年。
「どうした?君達のお得意の技だろう」
「嘗めるなぁっっ!!!!!!!!!!!!!」
挑発すると彼の水魔呪文が爆発した。水の渦は水龍の形を成して俺に襲い掛かってきた。俺は落ち着いて受け流しの構えをとる。彼が放った力は簡単に彼に押し返される。その威力でサラリと場外に出た。
「勝者、龍野秋!!!!!!!!!!!!!」
審判の声が響いた。それを聞いて俺は刀を鞘に納める。
観客の声援を背に、俺は会場を後にした。相手はいまだに唖然としている。今更同情などしたくないので俺はまともに顔を見ずに場を去った。
自分の第一試合が終わった後も俺はギャラリーから試合を見続けた。かといって目を引くような選手がいるわけでもなく、ぼんやりと眺めるうちに俺のエントリーナンバーが呼ばれる。そのたびに容易く勝っていく。気がつくと俺は決勝の舞台に立っていた。決勝戦の相手は、俺が一番最初に観戦した貴族の少年、レウス・ギルバードだった。やはり彼もたいしたことない。
誰の目にも結果は明らかで、俺はやすやすと魔技大会で優勝してしまった。稀に見る呆気ない試合に観客は興ざめだった。
大会が終わり、俺はそさくさと帰り支度を始めた。勿論、俺の目的は優勝じゃない。賞金と、金だ・・・!
本部に向かって金を受けとる。こんなに貰っていいのだろうか。にやけが止まらない。
「あの、新しい就職先は・・・」
俺が尋ねると受付の人は困ったように笑った。
「そのことなんですけど・・・。そちらのローガン魔道学院の学院長様がお話があると・・・」
「はい?」
促された方を見るとスキンヘッドのいかつい男性が立っていた。深緑の美しいローブを纏っている。
「今大会の優勝おめでとう。君は今、行く当てはあるのかね」
「いや、これから職を貰うんですけど」
それを聞いて男性は顔をしかめる。
「それは勿体ない。君は才能がある。磨かずに社会に出るのは実に惜しい。私は君の面倒を見たいんだ。是非、我がローガン魔道学院に来ないかね?」
「へっ?」
思わず情けない声が出た。でもしょうがないと思う。こんなこと言われるとは考えてもみなかったのだから。
「学費は考えなくていい。奨学生として迎えよう」
そう言って彼は俺に手を指し述べた。
悪くない誘いだ。正直迷っている。しばらく彼の手を見つめた。逞しく、正しい彼の手。それに自分を委ねてもいいのではないかと思った。
俺はゆっくり彼の手を握った。彼はそれを見て満足そうな顔をする。ただ、もう少しゆっくり歩いてみてもいいのではないかと思ったまでた。働く義務だとか、そういうのはまだ俺には重い。
「ようこそ、ローガン魔道学院へ」
その言葉で、俺の新しい世界が開けた気がした。
始まりの街[完]