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第二話 異世界生活、始まります

異世界生活 1日目


「異世界モノって奴か……現実は小説より奇なり。いや、現実が小説、だな」

 思わず口について出た単語に反応したのは。結城さんだった。

「異世界モノって……?」

「ああ、異世界モノっていうのは、ライトノベルのジャンルの一つで。最近ってほどでもないが、未だに根強い人気ジャンルの一つだな。冒頭はだいたい現代日本から始まって、主人公が何らかの理由で異世界に飛んでしまう話なんだ。まあ、一言に異世界モノって言っても、そこからさらに多岐に派生するんだが……聞くか?」

 なんだか複雑そうな顔をしている結城さんに尋ねると「う、うん、また今度、お願い」と微妙なお返事を頂いた。お気に召さなかったのだろうか。まあ、好みは人それぞれだ。

 ともあれ、異世界モノとなったら話は早い。いろいろ試してみよう。

 まずはゲーム系か? となると、まずは基本中の基本、ステータスの表示とかか?


 チュートリアル ステータスカード

 この世界において、プレーヤーのパーソナルデータは全てステータスカードに記載されます。

 ステータスカードはプレイヤーの分身とも言えるもので、これの破損、消失は命に関わる為、よほどのことがない限り他人に触れさせるようなことはしないことをお勧めします。

 ステータスカードの閲覧方法は次の通りとなります。

 

 具現化……カードを具現化させる。よほどのことがない限り、使用しない機能。


 閲 覧……カードの情報を視覚化する。本人の意思により、他人への閲覧の可否を決められる。


 操 作……ポイントの振り分け、スキル習得の際などに使用する機能。


 以上


「……便利だな。おい」

 なんだこれ、ちょっと考えただけで欲しい情報が出てきた。

 おまけに読み上げ機能付きだ。なんか色っぽい女性の声だった。

 それにしてもチュートリアルって、まさにゲームだろ。

 まあいい、試しに自分のステータスでも見てみるか。

 こういうのって、念じるだけでいいんだよな。

 ステータスカード、閲覧、と。

 念じた瞬間、目の前にちょうどいい塩梅のサイズでウィンドウのようなものが表示された。

 試しにPCでやるようにウインドウの拡大や縮小をやってみると、思った通りに動く。

「おぉっ!」

 ちょっと感動した。

 改めてステータスカードとやらを見てみると、どういう原理か、生年月日や年齢、性別といった身分証ならではの内容を始め、ちょっとした経歴や趣味嗜好なんかも網羅されていることがわかった。

 当然、ゲームならではのステータスはもちろん、職業や称号まできちんとある。

 ちなみに俺の職業は社畜で、状態が病んでる、となっていた。

 まあ、まだ会社の所属になってるからな。でも社畜って……あまりにひどくて泣けてくる。

 おまけに病んでるときたか……そんなところまで表示されるとか、無駄に芸が細かいな。

 だがそこがいい。

 ちなみに、ステータスに関しては全体的にバランスがいい。レベルや一部のステータスを除いた値がほぼ10となっているあたり、自分の器用貧乏さが伺えた。

 問題は、この数字が高いかどうかってことだ。

 精々3、4桁の、昔ながらの有名どころならともかく、最近のゲームでは億超えとか、ぶっ飛んだステータスまで成長するものも多いし、油断はできない。

 というわけで、結城さんやまりなちゃんにも協力してもらおう。

「結城さん、まりなちゃん、ちょっといいか?」

「どうしたの?」

「なぁに、おじちゃん?」

「今から俺の言った通りにやってみてくれ」

 そう言って、簡単な説明をしたあと、俺は自分のステータスを二人にも見えるように設定した。

「わっ! なにこれ?」

「おー、なんかでたぁ!」

 驚きの反応を頂いたあと、二人にもステータスを見えるようにしてもらう。

「えっと、こんな感じ、かな?」

「できたー」

 ぱっ、と目の前に二人分の情報が展開された。

 ステータスを比較すると、二人共、平均的な部分はだいたい俺の数値と似たり寄ったりで、結城さんが知力や精神力が高く、防御や攻撃が低い。まりなちゃんは全体的に低い数値だが、素早さと器用さが飛び抜けて高い。といった具合だ。

 どうも、ステータスは当人の身体能力に準拠するようだ。

「なんか、ゲームみたいだね?」

「うん、まりなもそーおもう」

「だよなぁ。こうして眺めてるだけでも、ソシャゲやネトゲの特徴が満載だぞ」

 なんか、ガチャと思われる機能があるが、今は使えないようだった。

 あとはチャット機能っぽいのもある。使い方が良くわからないが。

「あー、私、そういうゲームってあんまりやらないんだ」

「まりなはぽ○もんとかがすきだよ?」

「うん、私も携帯ゲーム機の物が好きかな。ポ○モンなら昔やってたし」

「俺は断然据え置きだな。一時期はPCのゲームにもハマったっけなぁ」

 PCの方は無料でできるやつに結構面白いのがあったんだよな。

「えっ? PCのゲーム?」

「うん? そうだけど、どうかしたか?」

「そ、そうだよね。境さんも男性だし。ちょっとくらいエッチなのも……」

 ん? エッチ? 一体どういう……ああっ!

「い、いやっ、そういうのじゃなくてだなっ!」

「やっぱり知ってるんだ……境さんのエッチ」

 ハメられた! いや、確かにそういうのをやっていた時期が俺にもありましたとも!

 だが、そういう偏見は良くないと思う! あの手の作品にも本当に良作はあるんだ!

 だったら全年齢版買えよって話になるんだが、似たような料金払うなら……なぁ?

 あ、あと、全年齢版がないやつだってあるもんね! だから仕方がないんだ! うん!

 と言える訳もなく、ジト目をやめない結城さんに、なぜか平謝りをするしかない俺だった。

 しかし、なんで結城さんがそういうのを知っていたのか。

 聞いたらヤブヘビになりそうだったので、俺は聞かないことにした。

「っと、そうだ。ステータス確認するならスキルも確認しとかないとな」

 気を取り直して、話を進めよう。

 この手の物語には付き物のスキル。

 大体、こういうのは主人公だけじゃなくて転移してきた全員がチートじみたスキルを持っていたりするものだが、俺達のケースではどうなのだろうか?

「スキルって?」

「ああ、スキルってのは……」


 チュートリアル スキル

 スキルはこの世界の全ての生物が必ず所持している技能の総称です。

 異世界からの転送者である皆様も例外に漏れず、スキルを所持しています。

 スキルには習得条件のあるものが有り、条件を満たした際に習得することが可能です。

 スキルの種類は大きく分けて次のとおりとなります。


 能動型……攻撃、魔法などの能動的な行動を伴うスキル。


 受動型……防御、回避などの受動的な行動を伴うスキル。


 常動型……加護などの状態に関係なく常時発動を続けるスキル。


 条件型……受動、能動を問わず何らかの行動を伴う場合、特定条件下により発動するスキル。


 この他、複数のスキルが統合された複合型、特殊な発動条件と性質を持った特殊型など、多数のスキルが存在します。

 

 以上


「とまあ、こんな具合だな」

 チュートリアルって便利だなぁ。

「えっ、今の何っ?」

「なんか、おねーさんのこえがむずかしいこといってたよ?」

「まあ、こんな世界だ。細かいこと気にするなって」

 こういう理不尽なのは、下手に理解せず諦めて受け入れるのが寛容だろう。

 まあ、あくまでそれが無害で役に立つ場合は、だけどな。

「はあ、でも、わからないことがあったら、さっきみたいに説明してもらえるってことだよね?」

 結城さんは釈然としないような微妙な表情で組んだ腕の片方を立て、人差し指を頤に添えたポーズをとっていた。漫画やゲームでよくみる考え込む時のアレだが、妙に様になっていた。

「おそらく、そうだろうな」

 まあ、チュートリアルだから、基本的な情報だけだろうが、敢えて言う必要はないだろう。

 とりあえず、みんなのスキルを確認してみよう。

「それじゃあ、スキルを確認してみよう」

「あっ、私そういうの詳しくないから、境さんに一緒に見てもらいたいんだけど……」

「まりなもよくわかんないから、おじちゃんにみてほしー」

「わかった。じゃあ、まずは俺の物から一緒に見よう」

 先程からずっと開いたままになっていた俺のステータス画面。

 今見えている項目の中にスキルはない。

 となると、ほかのページか。

 画面の右側には次のページがあることを示すように三角形のアイコンがあるしな。

 スワイプっと。おお、変わった。

「わっ、画面が変わったよっ?」

「おー、かっこいー」

「操作の方法はPCやスマホと同じみたいだな。で、肝心のスキルは……?」

 現在、俺が習得しているスキルは3種類か。

 名称と性能は次の通りだ。

 

 電光石火……能動型。攻撃スキル。先制及び必中する攻撃。武装は問わず発動。射程は武装に依存。


 事象閲覧……常動型。補助スキル。あらゆる情報の閲覧、解析を可能とする。


 起死回生……限定型。補助スキル。窮地において発動。


「ふぅむ……」

 名称はともかくとして、チートかと言われると微妙だな。チートだったらノーリスクでぶっ飛んだ性能ってイメージだからなぁ。

 大体、スキルの効果が不明なのが半分以上ってどういうことだ。

 発動条件もわからなかったりざっくりしすぎていたりするし。

 おまけに、チュートリアルに出ていないタイプのスキルがある。

 限定スキル、か。説明からして、条件スキルに近いようだな。

「なんか、すごい名前ばかりだね」

「んー、まりなにはよめないよ?」

「漢字だから、まりなちゃんにはちょっと早いかな。えっとね、これがでんこうせっかで……」

「でんこうせっか! まりなしってる! ポ○モンであるよ!」

 結城さんとまりなちゃんの話を聞きながら、スキルについて考察する。

 まず、電光石火。これはわかりやすい。要するに、後出ししようと必ず先制し、なおかつ必中する攻撃が放てるということだろう。なかなか使い勝手が良さそうだ。その分、威力に期待はできないだろうけども。

 問題は残り二つだ。

 事象閲覧。あらゆる情報の閲覧、解析を可能とする。ということは、アイテムやモンスターの情報が見えるということか? 先頭には役に立たなそうだが、後で試そう。

 起死回生。これは発動条件が厳しそうな上に、窮地という状況がどれほどのものか想像つかない。

 結論として、俺のスキル構成は戦闘向きではなさそうだ。

「ねえねえ、境さん。次は私のを見てみよう?」

「あ、ああ、そうだな。じゃあ、さっき俺がやったようにしてみてくれるか?」

「うん、えっと。ステータス画面を出して……あっ、み、見ちゃダメだよ?」

 と、ステータスのスリーサイズと体重の欄を手で隠す結城さん。

「ああ、悪い」

 ジロジロ見るのも流石に気まずいので、視線を外しておく。まあ、普通に嫌だろうしな。

 それにしてもステータス欄、プライバシーもへったくれもないな。

 まあ、もともと人に見せるようなものでもないんだろう。

 身分証明としてはこれ以上ないんだが。

 何しろ、自分の情報が余すところなく載っているんだからな。

「んと、こうっ、かな? あっ、でたよ!」

「見てもいいか?」

「うん、いいよ。ごめんね?」

「いや、普通は嫌だろう?」

「うん、まあ、そうなんだけど。最近、少し運動不足気味で……」

 と、お腹を隠すようにかき抱く。ああ、なるほど。

「まあ、気にするほどじゃないと思うけどな。結城さん、結構細いだろう?」

 それでいて、出るところはちゃんと出ているのだから、恥ずかしがることはないと思う。

「そ、そうかな?」

「ああ、結城さんくらいの体型、俺は結構好みだけどな。まあ、俺の好みはどうでもいいとして、結城さんのスキルは、っと」

 せめて、結城さんのスキルは使い勝手が良くて強力な物だと良いんだが。

「そ、それはどうでもよくないと思うなっ!」

「ん? なにがだ?」

「えっ? だ、だから、そのっ、境さんの好みとか……」

「俺の好み?」

 なんのことだ? 会話の流れからして、スキルのことか?

 スキルの好みと言われてもなぁ。

 ゲーム的に言えば、やっぱり常時ステータスにブーストがかかるものだろうか?

 いやいや、どうせステータスが上がるタイプのやつなら制限時間がある代わりにバカみたいにステータスが上がるのがいいな。こう、ドカンとでかい一発を敵に食らわせるのが爽快なんだよなぁ。

「そうだな。やっぱこう、ドカンとでかいのがいいか……?」

 何気なくつぶやいたところ、結城さんが超反応した。

「ええっ? ドカンと……でかい……?」

 なぜか自分の胸を見下ろす結城さん。どうしたんだ?

「うぅ……いきなり大きくするのは無理だよぅ。境さんが協力してくれるなら大丈夫だけど……」

 いきなり何を言っているんだろう?

 むしろ、結城さんの胸は今のサイズがベストだと思うんだ。

 そのままの君でいて欲しい。ってやつだな。

 まあ、それはともかく、なにか二人の間に大きな隔たりがある気がするので、聞いてみる。

「結城さん、今の話って、スキルの好み……だよな?」

「え、スキル……?」

 なるほど。わかりやすい反応だ。

「ああ、スキルの話をしていたから、てっきりそうだと思っていたんだが」

 なぜ、胸の話になったのか。

 ともかく、勘違いに気づいたらしい結城さんはみるみる顔を赤くさせ、両手で顔を隠してしゃがみこんでしまった。

「境さんのばか、いじわる……」

 ひどく可愛らしい罵倒のおまけ付きだったが。

「おじちゃんのいじわるー」

 ちなみに、ここまでのやりとり、結城さんの隣でそっくりそのまま動きを真似していたまりなちゃんだった。うん、和むなぁ。

「って、なんで罵倒されてるんだ俺は……ほら、結城さん、スキルを確認しよう」

「うぅ……落ち込むことも許されないなんて、スパルタだよぅ」

「落ち込んでいる暇があったら行動しないとな。まずはスキルの確認だ」

「……うん、そうだね。えっと、スキルの閲覧は……こう?」

「まりなもできたー」

 二人揃ってスキルの画面を表示した。

 まずは結城さんだ。数は四つ。


 舞奏歌神……複合型。複合スキル。全ての音楽系スキルが統合されたもの。


 神威創造……複合型。複合スキル。全ての生産系スキルが統合されたもの。


 言語練達……常動型。補助スキル。あらゆる言語へ対応可能。


 運動音痴……常動型。補助スキル。身体能力にマイナス補正。一定確率で行動にスタン効果発動。


 出た、チートだ。

 特にこの複合型のスキルとか、間違いなく上位のものだ。

 なぜって、スキルの説明文で一目瞭然だ。あと、名前に【神】って文字が入っている。

 おまけに全てだぞ、全て。響きからしてやばい。興奮する。

 とはいえ、音楽と生産か。

 この手の物語では結構役に立つ印象はあるが、現状に当てはめると微妙かも知れない。

 音楽は現在必要としないし、生産するにしても、材料がない。

 まあ、前向きに捉えよう。何しろチートっぽいのだから。

 ……さて、残り二つだが、ひとつ、嫌な事実が判明した。

 運動音痴? いや、違う、そっちは飛行機を出る時になんとなく察していた。

 ……何もないところで派手に転ける人なんて初めて見たからな。

 まあ、まさかスキルにまで反映されているとは思わなかったが。

 ともかく、問題はこれ。言語練達の方だ。

 言語系のスキルが存在するっということは、こちらの世界の住人との間で言葉が通じない可能性が高い、という予測が立てられる。

 この手の物語にありがちな、何故か言葉が通じるなんてことはないようだ。

 ホントに世知辛い世界だ。妙なところで現実的な部分なんか特に。

 まあ、結城さんが言語スキルを覚えていて良かったと捉えておこう。

「ねぇねぇ、これって、結構すごいのかな?」

「ああ、かなりすごい。二つの複合スキルもそうだが、言語スキルがありがたいな」

「言語練達って言うの? あらゆる言語に対応できるってことは、動物さんの言葉なんかもわかるのかなぁ? それならちょっと嬉しいかも」

 結城さんの何気ない一言に目からウロコが溢れる思いだった。

 なるほど、動物の鳴き声も言語として捉えられるのか。

 確かに、そういう発想もありか。後で試してみよう。たしか、ペット連れの人がいたはずだ。

「おじちゃん、まりなのは~?」

 またもや思考に沈みかけたところでまりなちゃんに引き戻された。

 まりなちゃんのスキルも確認しないとな。

「ああ、そうだな。まりなちゃんの……はぁっ?」

 言われて、まりなちゃんのスキル構成を目にした俺は、目ん玉が飛び出すかってほどに驚いた。

 その数は一つなんだが、そもそも一つしか必要がないっていうか……とにかく見て欲しい。


 全知全能……唯一型。万能スキル。全ての系統のスキルが統合されたもの。

       ※但し、一部のスキルは含まれない。


 チートにも程があるだろう! 全世界最強の幼女、爆✩誕! って、馬鹿か!

 しかも唯一型ってことは説明にはなかったとしても分かるぞ、このスキル、ひとつしかないってことだろう! なんだこの優遇っぷりは! これがゲームなら苦情が殺到することだろう。

 ……変にテンション上がったな。

 それにしたって酷過ぎる。というか、まりなちゃんは大丈夫なのか?

「……まりなちゃん、なにか身体に異変は?」

「んゅ? まりな、なんともないよ?」

 え、今、なんて発音したんだ……?

 いや、それはともかく、この凶悪すぎるスキルはどうしたものか。

 これ、ありのままをまりなちゃんに伝えたらどうなるんだ?

 ……ありのままにこの世界が大変なことになりそうな気がする。

「境さん、どうしたの……あ〜、これは凄い、ね」

「結城さん、俺はこの事実をまりなちゃんに伝えちゃいけないと思うんだが、君はどう思う?」

「うーん、私も賛成、かな? 流石にこれは、まりなちゃんの手に余るよね」

「よし、じゃあ、今は秘密にする方向で行こう。あと、他の奴らにも見せないようにしないとな」

「え、どうして?」

「万が一、悪用しようと画策する奴がいたらまずい」

 というか、この手の物語では結構な確率で居るんだよな。

 そうじゃないと、なんのアクシデントもない平淡なストーリーでしかないからな。

 まあ、現実的に考えても、万能の力を持っているのが子供だったら、体良く利用しようとするクソみたいな奴は、少なからずいるものだ。

「そんな人、いるかなぁ? だって、まりなちゃん、子供だよ?」

 結城さんはそんな事を言うが、流石にこればかりは譲れない。

 万が一、という状況は思わぬところで降りかかってくるものなのだ。

「わからないからこその用心さ。まりなちゃん」

「なぁに?」

「まりなちゃんは、どんなスキルだったらいい?」

「んとね。まりな、どーぶつさんとおともだちになりたい!」

 動物さんとお友達か。なら、テイム系のスキルってことにして置こう。

 あとは、必要そうなスキルを覚えたってことにして、徐々に追加していこう。

「うん、そんなまりなちゃんに、嬉しいお知らせだぞ」

「え、なになにっ?」

「まりなちゃんのスキルはな。動物さんとお友達になれるものなんだ」

「ほんとっ? おともだち、いっぱいできるっ?」

「ああ、たくさん作るといい」

「やったぁ!」

 無邪気に喜ぶまりなちゃんを、この時は微笑ましく見ていたものだが、後になってこの選択が良くも悪くも大変な事態を招くことになるとは、この時の俺は思いもしなかった。

「さて、ひとまず俺達の確認は済んだな」

 まあ、他にもあれこれ気になる部分はあるんだが、今はまだ必要ないだろう。

「うん、ステータスとかスキルとか、きちんと把握しておかないと、いざという時に困るかも知れないもんね」

「ああ、しかし、この職業欄はなんとかならないだろうか……」

 社畜って、いくらなんでも酷い。

 転職したいな。


 システム開放 転職が可能になりました。


 開放ボーナスを取得します。

 ステータス補正 全能力+30%(0/400 +30%)

 特殊職業を追加 【スキルメイカー】への転職が可能となりました。


「は?」


 チュートリアル 転職

 転職をしたい場合、ステータス欄の職業の項目に触れていただくことで対象者の持つ可能性を転職先の候補として反映し、表示することができます。

 転職先として表示される候補は条件を満たすことで常時解放されていきますが、個人の資質によって解放される特殊な職業も存在するため、条件を満たしていても転職ができない場合がありますが、仕様ですのでご容赦願います。


 以上

 

「あっ、はい。って、なんだこりゃ!」

「ど、どうしたの?」

「おじちゃん、のりつっこみ?」

「あー、悪い。なんか、転職したいって思ったら、システムが解放されたとかで、転職できるようになったみたいだ」

 試しにステータスを表示させて、職業欄へタッチっと。

 すると、結構な数の転職先が表示される。

「いろいろあるな。なんか、既にレベルが上がってるのもあるぞ」

 職業ごとにレベルが存在するらしく、いくつかの職業は既にレベルがあがった状態になっていた。

 見た限り、これまでの自分の行動が反映されているようだ。

「境さん、剣士のレベルが異常に高いよ……?」

 結城さんの言うとおり、剣士のレベルが53になっていた。

「あー、昔、ちょっとな……」

 特に剣道とかをやっていたわけでもなくこんなに高いってことは、あれが原因か。

 正直思い出したくもない俺の黒歴史の一つだ。

「そっか」

 幸い、結城さんは深く聞いてくることはせず、ずらりと並ぶ俺の可能性とやらを眺めている。

 とりあえず、社畜はやめて、なにかバランスのいいのが……なんだ?

 操作しようと画面に触れるが、何故か操作を受け付けない。

 しかも、勝手に動いて、先ほど習得したスキルメイカーへ転職してしまった。


 チュートリアル 特殊職業【スキルメイカー】

 スキルメイカーはその名が示すとおり、スキルを制作することができる職業です。

 スキルの制作は専用スキルであるスキルメイクによって可能。

 ただし、スキルの制作には専用の触媒を要し、これを制作できるのはスキルメイカー及び生産系職業となります。

 専用の触媒を用いてスキルメイクを行うことでスキルが制作され、制作したスキルはアイテム【スキル書】としてストックされ、使用することで一定の確率でスキルが習得可能です。

 スキルメイカーのメリットはスキルのセット可能数に制限がなく、制作及び習得したスキルの数によって能力値に補正が入ります。また、アイテムによるスキル習得が確率ではなく確定となり、スキル補正によるプラス効果が通常の倍となります。

 ただし、デメリットとして、常時呪い状態となり基礎ステータスが半減し、経験値も半減します。


 以上


「うわぁ……」

 慌ててステータスを確認すると、職業がスキルメイカーとなっていて、ステータスが絶望的な数字になっていた。全部一桁って……。

 状態もステータス異常の【創造主の呪い】とかいうやばそうなのが付いてるし。

 やられた。レベル1で素のステータスからしてもほとんどが一桁。それがさらに半減。

 能力的にも明らかに生産職以下だろこれ。ゲーム序盤に出てくるような雑魚にも勝てない気がする。

 おまけに転職できなくなっている。これは酷い。絶望した……。

「えっと、この職業って、普通じゃないんだよね?」

 結城さんが気を使ってか、職業について質問してきた。

 そうだ。落ち込んでいたってどうしようもない。

 せっかくの特殊職業なのだし、前向きに行かないと。

「あ、ああ、この手の職業は俺も初めて見るな。スキルが作れるっていうのは魅力的なんだが……」

 確かにメリットは素晴らしいのだが、デメリットがかなり痛い。基礎ステータスと経験値が半減って、レベル初期の相手に死ねって言ってるようなものだ。成長すれば多少は強いんだろうが、その成長すら危ういとなると話は別だ。

 それでも救いなのは採取系のスキルなど、スキルメイクに必要なスキルは一通り揃っている。

 というか、スキルだけで十個以上あるんだが。

 まあ、それでも戦闘系のスキルが殆どないんだけどな。

 ちなみに、転職前に覚えていたスキルは忘れないようで、きちんと存在する。

 それが救いといえば救いか。

「そういえば、スキル補正ってなんだ?」


 チュートリアル スキル補正

 スキル補正はスキル習得の際に自動的に習得するステータスへの補正効果です。

 スキル補正はスキル毎に固定で、1~3個の補正効果が付与されます。

 この補正効果にはプラスだけではなく、マイナスの補正が付くこともあります。

 スキル補正はごく一部の例外を除いて、セットしたスキルの補正のみが適用されます。


 以上


「なるほど」

 この最後の説明のごく一部の例外っていうのがスキルメイカーってことか。

 つまり、スキルメイカーはスキル書の生産や習得をすることで最終的に大量の補正が適用されるってことだ。

 あとは、その肝心のスキル書の生産に必要なアイテムの生産方法だな。

 この辺にあるもので簡単に作れたりしないだろうか? 草なら沢山あるわけだし。

 ……やってみるか。

 思い立ったら即行動だ。試しに足元に生えている草をむしって、スキルメイカーとやらを使ってみる……って、どうやって使うんだ? とりあえずスキル名をそのまま言ってみるか。

「スキルメイク」

 ……ダメっぽいな。何も起こらない。

「ウンともスンとも言わないね?」

「だな。やっぱり、スキルメイク用のアイテムに変えるっていう工程は必要なのか」

 正直、わざわざスキル書のためのアイテムに変えてからスキル書を制作とか、面倒だな。

 ……えっと、スキル書用のアイテムを作るにはどうするんだ?


 チュートリアル 特殊生産

 通常の生産スキルでは作ることのできない特殊なアイテムを作る為の技術。

 スキルとは異なり、一部の職業だけが最初から習得している技術で、職業ごとに性質が異なります。

 共通する効果は各職業でしか作ることのできない限定アイテム、最上位ランクのアイテムの製作が可能になるという点です。

 各職業ごとの性質は専用技能の項を参照してください。


 以上


「専用技能なんてものまであるのか……」

「なんだか、色々あるんだねぇ。覚えきれるかなぁ?」

 確かに、知らない情報が多いためチュートリアルに頼らざるを得ないんだが、いちいちチュートリアルを呼び出すのがめんどくさくなってきたな。勝手に出てくるぶんには構わないんだけどな。

 目的に添って誘導してくれるナビゲーション機能なんてないものだろうか?

 それも何かこう、ゲームにありがちな妖精とかホムンクルスとか、冒険のアシストをしてくれるようなマスコット的なやつがいるとすごく助かる。

 まあ、それだとチュートリアルいらないだろうって話になるか。

 仕方ない、コツコツやってくか。


 システム開放 ナビゲーション機能が利用できます。

 

 開放ボーナスを取得します。

 ステータス補正 全能力+20%(30/400 +20%)

 特殊技能を追加 【絆の刻印】により、使い魔と3体まで契約できます。


 チュートリアル ナビゲーション

 目的とする行動に対して、その過程を要望に応じた形で誘導します。

 誘導の際には使い魔などを通して最適かつ快適な誘導が可能となります。

 ただし、誘導の際に用いられる情報はチュートリアル及び使用者の知識、一部のスキルが基準となる為、性能に個人差が出てきます。


 以上


「……またか」

「境さん?」

「おじちゃん、どーしたの?」

「いや、もう何も言うまいさ。とりあえず、問題が解決したとだけ言っておくよ」

 それにしても、システム開放とか、どれだけの要素が隠されているのか、いろいろ不安になるな。

 まあ、それは後で考えるとして、スキル制作に当たって必要な専用技能はなんだ?


 ナビゲーションが可能です。

 実行しますか?


 もちろん実行で。


 ナビゲーションを開始します。


『スキル製作のためにはスキルメイカーの専用技能である才器生成が必要となります。才器生成を持つ者がアイテム生産を行うことにより、スキル制作専用アイテムである才器を生産できます』

 なるほど。要するに普通のアイテム生産を行えばいいわけだ。

 で、そのラインナップに才器とかいうのが加わっていれば、それを作ってスキル制作に使うことでようやっとスキル習得用アイテムのスキル書ができるんだ。

 うん、めんどくさいな。

 でもやらないと命に関わる。やろう。

「えっと、通常の生産は……どうするんだ?」

「あ、それなら私、ちょっとやってみたよ」

 と、結城さんがなにかペットボトルに入った青い透明な液体を掲げてみせた。

「えっ、いつのまに?」

「おじちゃんが、う~んってやってるときに、おねえちゃんがつくってたー」

「こんな感じで、何かを作る時は入れ物も用意しなきゃいけないみたいだね。とりあえず手持ちのペットボトルを入れ物にしたけど、作ること自体はそんなに難しくないよ。材料を用意して、さあつくろうって感じになったら、勝手に作れるものが思い浮かぶんだよ。で、あとはその中から選んだ物の作り方が勝手に頭の中に浮かんでくるから、その通りに作れば、はい、この通り……って感じかな?」

 と、身振り手振りで説明してくれる結城さん。

「おねえちゃんすごかったんだよ? ぱぱぱって!」

「えっと、私のスキルの効果なんだろうけど、物作りの効率がすごく良くって、自分でもかつてないほどのすばやさで作ることができたんだよ」

「それで、できたのがこれか……」

「うん、一応、回復薬なんだけど……」

 ペットボトルの液体に視線を落とす。

 見た目は半透明青色の液体だ。一昔前に発売された某有名RPGのポーションみたいな色合いで、かき氷のブルーハワイのシロップより若干薄い感じか……?

「……飲んでみる?」

 どうやら自分で試す勇気はないようだ。

 まあ、効果がわからないしなぁ。

 ん? いや、待てよ? 確か、転職時に取得したスキルの中に鑑定スキルがあったな。

『鑑定スキルを発動するには、鑑定したい物品を注視してください』

 おお、便利だなナビゲーション機能。

 チュートリアルも便利だけど、必要以上の情報が出てくるからなぁ。

 まあ、贅沢は言ってられないし、そもそも、こんなふうに説明があるだけでもありがたい。

 これで何もなかったら、それこそ命がいくつあっても足りないというものだ。

 さて、とりあえず目の前の問題を片付けよう。

「結城さん、まりなちゃん、この液体を注視してみてくれ」

「おねえちゃん、ちゅーしって?」

「じっと見るってことだよ?」

「わかったっ! じーっ」

「じーっ」

 結城さんとまりなちゃんにならって、俺も液体を注視する。

 と、目の前に液体の情報が投影された。

 画面はステータスと酷似している。内容はこの液体に関する説明と効果などだ。


 回復薬 種別:液体/薬品 品質:優良品 効果:怪我、体力の回復(5+最大体力の10%)

 服用することで怪我や体力を回復する効果のある薬品。

 薬師、錬金術師等にとっては最初に作ることになる基本的なアイテムの一つ。

 作成するにあたり、最も難易度の低いアイテムの一つで、製薬の知識さえあれば誰でも作ることが可能。


「よかったぁ。ちゃんと回復薬になってたよぅ」

 ほっとする結城さんと、真剣に表示されたものを見ていたまりなちゃんが、不意にこちらを見て、

「おじちゃん、これなんてかいてあるの?」

 読めなかったようだ。まあ、仕方がないか。

「回復薬っていうんだ。これを飲むと、転んで擦りむいたり、たくさん走って疲れた時でも、すぐに治るようだな」

「へぇー、すごいおくすりなんだね!」

「ん? ああ、そう言われてみればそうだよな」

 どれ程のものかは飲んでみないことにはわからないが、服用するだけでケガや疲労が回復するって、相当すごいよな。

 ゲーム的に考えれば普通というか物足りないくらいなのに、現実的に考えると、凄まじい効能だよなぁ。しかも、それが簡単に作れるとなるとなおさらだ。

「ねぇねぇ、境さん、この品質っていう項目は、どういう影響があるのかな?」

「ああ、ゲームとかだと品質の良いものは相場より高く買い取ってもらえたり、品物自体の性能も通常より向上しているものだが……まあ、現実的に考えても、同じような効果があるんじゃないか?」

 品質が存在するあたり、現実的とも言える。

 そういえば、品質で思い出したが、レアリティとかはあるのだろうか?

 見た感じ、なさそうだが、まさか。


 システム開放 レアリティが適用されます。


 開放ボーナスを取得します。

 ステータス補正 全能力20%(50/400 +20%)

 特殊技能を追加 【希少解放】により、任意でレアリティブーストが可能となります。


 やっぱりそうきたか。

 ここまで来ると、心当たりのあるシステムとか、全部試してみたほうが早いか。

 もしかしたら成長方法なんかも複数種類あったりしてな。

 まあ、色々とやってみようか。


 ……。


 …………。


 ………………。


 えーっと、いろいろ試した結果、ひとまず俺の抱えていた問題が解消された。

 このシステム開放、かなりの種類があるらしく、開放するにつれて、序盤の方でシステム上、解放されていなかった項目のボーナスまでも一斉に解放されたおかげか、驚くほど低かったステータスがようやっと、ちょっと強いか?というくらいになってくれた。具体的にはボーナスの限界突破もあって、呪いで下がった素のステータスのおよそ10倍。つまり5倍ってことだな。

 しかし、あれだけ開放しても経験値や所持金、アイテムなんかは取得できず、レベルは最低の1で、所持金はゼロのままだった。

 ああ、そうそう、もとの世界の通貨は所持金としてはカウントされていないため、どんだけ大金があっても無価値という状況だ。まあ、それはしょうがない。

 あと、スキルの取得数もすごいことになった。と言っても、30には届かない。

 しかも全部非戦闘系だ。

 そういえば、スキルはセットしないといけないんだ。

 そう思ってステータスのスキル画面へ映ると、全てセット済みになっていた。

 どうやら、取得したスキルは自動でセットされるようだ。

 試しに外してみようとするが……外れない。

「結城さん、スキルを外すことはできるか?」

「え? んっと……あ、できないみたい」

「そうか。まあ、外すことが出来るなら外したいよな。マイナス補正のやつは特に」

「あはは……確かにそうかも、でも私の【運動音痴】のスキルって、通常のスキルとは違うみたいなんだよね。レアリティっていうのが追加されてはっきりわかるようになったけど、このスキルって、レアなスキルみたいだよ」

 そう言って、スキル画面を見せて来たので覗き込んでみると、確かにスキルの名称の前に追加されるようになったレアリティが……んっ?

「うん? 見間違いか?」

「どうしたの?」

「いや、これって……URって書いてあるよな?」

「うん、そうだね。これってなんて読むの?」

「たぶん、ウルトラ・レア……かなりレアリティが高いやつだ。もしくは……最上位ランクのアルティメット・レアだったりしてな」

「ええっ、運動音痴なのにっ?」

「だよなぁ」

「あうっ。やっぱり、変だよねぇ?」

「そうだなぁ……一応、スキルの育成もできるみたいだし、育てて行ったら化けるかもな。まあ、一応調べてみるか」

「あ、そっか。ナビを使えばいいんだ」

「そういうことだ」

『レアリティは下から順にC・下級、UC・中級、R・上級、HR・高級、ER・至高級、RR・宝級、GR・至宝級、LR・伝説級、FR・幻想級、MR・神話級、UR・神越級となっています』

 読みはやっぱりアルティメット。つまりは究極。最上位ランクの方だった。しかも、神を超えるって……。

「人知を、いや神智を越えた運動音痴か……?」

 随分と洒落が利いてるな。

「いわないでっ? うぅ、まさかここまでひどいなんて……」

 俺の言葉に過剰反応し、両手両膝を着いて横文字の【orz】みたいに項垂れる結城さん。

 薄手のワンピース越しに形の良い尻がこちらに向いてるため、なんだか誘ってるように見える。

「結城さん、その体勢はまずい」

「えっ? あっ!」

 ばっと慌てて手で尻を隠すようにして膝立ちのままピンと背を反らした後、こちらを照れと怒りが入り混じったような恨みがましい目で振り返る。

「み、見えた……?」

「ああ、大丈夫だ。下着は見えていなかった。ただ、ああいう体勢は男の前でするもんじゃないな。なんだか誘ってるように見える」

 誘ってるように見えるかどうかというよりも、無防備すぎる。

「そ、そんな気はないもんっ!」

「わかっているさ。ただ、無防備すぎるから、気をつけたほうがいい」

「う、うん、気をつけるよ。友達にも同じこと言われたことあるし……」

 いや、言われていたのなら気を付けて欲しいんだが。

 まあ、それだけこちらに気を許してくれているのだろう。

「ところでまりなちゃん」

「んー、なぁに? おじちゃん?」

「何をやってるんだ……」

 疑問ではなく、呆れを含んだ言い方になってしまったのは、まりなちゃんの手元というか、周囲を見てのことだった。

「まりなもいっぱいつくったよ!」

 喜々として語るまりなちゃんの周囲には、大量の回復薬や色とりどりの液体が入った小さな瓶が散らばっていた。

「いや、いくらなんでも作りすぎ……ん? まりなちゃん、この瓶はどうやって調達したんだ?」

「つくったー」

「えっと、その辺に転がってる土とか石で瓶が作れるみたい。うん、これでよし」

 いつの間に作ったのか、結城さんが先ほどのペットボトル入りの回復薬を小瓶に移し替えていた。

 ペットボトルから最大容量の少ない小瓶に移し替えたことで、本数が増えてる。

「あー、結城さん」

「あ、これね。瓶に特殊な魔法が付与されてて長期保存が効くようになるんだよ」

「うん、それは便利なんだろうけどな。だが、どうやって持ち運ぶんだ……」

「大丈夫だよ。ほら、こうやって……」

 と、結城さんがステータス画面を開き、持ち物欄を表示させて、おもむろに持っていた小瓶を画面の中に収納してみせた。

「……イリュージョンか?」

「違うよぅ。持ち物はこうやってステータス画面の持ち物欄を開いて、画面の中に収納できるんだよ。どれくらい入るのかはよくわからないけど……チュートリアルで聞けたよ?」

「そうだったのか……」

 てっきり道具袋か何かがあるのかと思ったら、こういう仕様だったとは。

 とりあえず、持ち物をここに入れておこう。

「あ、でもね。元の世界の持ち物は入らないみたいなの」

「は?」

 すかっ、と、スマホを突っ込もうとしていた俺は、画面をすり抜けて落下したスマホを取ろうとして盛大にこけた。

「うわっ!」

「きゃあっ!」

 結城さんを巻き込んですっ転んだ俺の顔面がなにか柔らかいものに埋まって……いや、現実逃避はよそう。

 結城さんの胸にダイブする形になった俺は、顔面を結城さんの胸に埋めつつ、せめて結城さんを潰さないようにと、しっかりと結城さんの身体を支えるようにして、自分の背から落ちるように倒れ込んだのだが、たまたま手を置いた場所が良くなかった。

「あいたたぁ……境さん、だい、じょう……っ!」

 左手が尻を、右手が左胸、顔が右胸に粗相をやらかす感じで転んでいた。

 ラッキースケベにも程がある……!

「っ! すまんっ! 殴るなり蹴るなり好きにしてくれ!」

 ここはもう土下座しかないとばかりに、額を地面にこすりつけて謝った。

 いやもうホント生まれてきてごめんなさい。

「ええっ! そ、そこまでしなくても! 責任とってくれればいいから!」

 優しいと思いきや重いっ!

 しかもなぜか喜々として言ってきた!

 これでもかと言うほどニコニコしていて嬉しそうなんだが、なぜっ?

「い、いや、責任ってどういう……」

「ふつつか者ですが、よろしくお願いします」

 結婚っ? 結婚しろとっ? なぜっ? あれっ? でも悪くないんじゃないか? 恋人なんていないし、いたことないし、もう三十路だし。いい、のか?

「あ、ああ、じゃあ、その……よろしく?」

「えっ、ほんとにいいのっ? ほんの冗談だったんだけど……」

「はっ」

 くそぉぉぉぉ! ハメられた!

 俺はさっきの結城さんみたいに四つん這いになって項垂れるのだった。



「さて、気を取り直していこう」

「そ、そうだね」

「おじちゃん、まだおかおがあかいよ?」

「まりなちゃん、こういう時は空気を読むといってな。何も言わないのが良いんだ」

「おー、まりなくうきよむ!」

 そう言って、お口にチャックのジェスチャーをする。可愛いなぁ。

 っと、和んでいる場合じゃなかった。

「とりあえず、この大量の薬やなんかをしまおうか」

「あ、そうだね」

「はーい」

 まりなちゃんが大量に作った怪しげな薬品類を手分けしてしまい、周囲を見渡す。

 幸いにも、周囲は自分のことで必死らしく、しきりにスマホや携帯をいじる大人達が散見していた。

 そんな中、宙を見たり、弄ったりしている者が何人かいる。やっぱり子供が多いな。

「……何人かは気付いたみたいだな」

「気付いたって、何が?」

「この世界の仕組みだ」

「ああ、ステータスとか? 確かに、普通はこんなのがあるとは思わないもんね」

「いや、俺達みたいな人種は真っ先に試すと思うが……まあ、普通は、な」

 実際にこんな状況に巻き込まれて、すぐに気付くほうがおかしいか。

 とりあえず、こっちは色々と確認し終わったことだし、誰か声のでかそうなやつに適当に情報流して状況を進展させたいな。

「ねぇ、おじちゃん、なんかね。みんな、あっちにいるよ?」

 と、まりなちゃんが、俺の服の裾をくいくいと引っ張りつつ言ってきた。

 言われた先に視線を向けると、全員ではないものの、それなりの人数が集まって何やら話している。

 しかも、二手に分かれて、何やらもめているようだ。

 ああ、こういう展開が来たか。

 それとなく予想はしていたが、ここまでテンプレ通りのものが来ると薄ら寒いものを感じるな。

 この手の物語にありがちな展開。

 二つないし、いくつかの派閥に分かれての揉め事だ。

「たいへんっ! 喧嘩なら止めないと!」

「あれは喧嘩というか意見のぶつかり合いというか……まあ、不毛な言い争いだったら止めておこうか」

「おじちゃん、けんかりょーせーばい?」

「いや、成敗はしないからな? ってか、まりなちゃん賢いな」

 そんなやり取りをしながら、集まっている人達のもとへ行く。

 近づいてみると、わかりやすい対立構造だった。

 それぞれの集団の先頭には男女が二人。睨み合うようにして立っている。


 片方は若い男。乱雑に切ってある長髪、獰猛ながらも整った顔立ちと狼を連想させる鋭すぎる瞳、しっかりと鍛えていると思われる引き締まった長身痩躯には実にシンプルな無地の黒いシャツと腿のあたりにダメージの入ったジーンズ。

 ここまでで十分すぎるほど特徴的なんだが、自毛であろう黒髪の一部分にシルバーのメッシュを入れ、加えて剥き出しになった左腕には曲線が絡み合ったような複雑な紋様のタトゥーが入っており、それと同種のものが左目の周辺にも見受けられる。

 なんかもう、見た目的な意味でやりすぎなヤンキーといった感じだ。

 いや、下手をすれば中二病レベルだろ、これは。


 もう一人は若い女。綺麗に切り揃えられた赤みががった金髪、細面のいかにも強気そうな顔立ちと猫のような瞳、小柄ながらも、なにかスポーツをしているのか、しなやかな体つきをしている。どこぞのお嬢様もかくやの美貌と肢体を彩るのはシンプルな花柄のバレッタとレースが程よくあしらわれた白いワンピースに薄桃のカーディガン。

 こっちも濃いキャラをしているが、服装と形相があってない。犬歯をむきだしにして威嚇する猫のごとく目の前の男を睨みつけ――否、威嚇していた。

 見た目も服装も完璧なのに、気性が荒すぎるらしい。

 残念美人とはこういうのを言うのだろう。


 とにかく、そんなふたりが派閥のようなものを形成して、牽制しあっていた。

 ともすれば容姿的に物語の主人公とヒロインかと言えそうな二人の間に割って入らなければならないと思うと胃が痛くなってくる。完全に貧乏くじだよなぁ。

 とはいえ、この状況で分裂するのはまずいだろう。

 この手の物語に関係なく、こういう状況は正しく団結しないと、少なからず死傷者が出るものだ。

 しかし、この上でスキルの存在なんかが判明したら、最悪殺し合いに発展しそうだ。

 それほどまでに険悪な雰囲気が、双方に漂っていた。

 まりなちゃんじゃないが、喧嘩両成敗しないとならないかもしれない。

「あー、ちょっといいか?」

 まずはジャブ。話を聞いてもらわないことには仲裁はできない。

 できるだけ相手を刺激しないように声をかけた。

「あぁ?」

「なによ!」

 メンチ切られて怒鳴られた。怖い。泣きたくなってきた。帰っていいですか? ああ、帰れないから困ってるんだった。なにこの四面楚歌。

 とはいえ、こっちのほうが向こうより年上なはずなので、かけらほどの威厳と平静を保って続ける。

「何をもめているのかわからないが、よかったら話してくれないか? こんな状況で喧嘩したって時間の無駄だろう?」

「……チッ。わかったよ」

「はあっ? 関係ないやつはひっこんでてくんないっ?」

 男の方は意外にも話がわかるようだが、女の方は取り付く島もない。

 正直、こういう話を聞かないタイプの女性は苦手だ。

 とはいえ、諦めたらそこで終わりだ。根気よく行こう。

 まあ、女側のほかの奴に聞いてもいいんだろうが、それは諦めたのと同じだし、こういう手合いはプライドを傷つけられたとか言って逆恨みしそうで怖いんだよなぁ。

「関係ないことはない。俺達は全員が同じ被害に遭っているわけだし、みんなで協力してこの状況をどうにかしたほうが、いいと思わないか?」

 関係ない奴。という言葉が出てくるあたり、仲間意識は強いんだろう。そういうことで、他の全員も同じ状況に巻き込まれた仲間だということを指摘してやり、この手合いが好きそうな【みんなで協力】というフレーズに、こうした方が良くないか、と考えさせる余地を与えることで拒絶の姿勢を和らげることを試みてみたが、どうだろう?

「む、それは……まあ、そうなんだろうけど……」

 よし! うまくいった。

 ひとまず双方の合意を取り付けたところで、結城さんに頼みごとだ。

「結城さん。他のみんなを呼んできてくれないか?」

「う、うん、わかったよ!」

「おじちゃん、まりなはー?」

「まりなちゃんも、結城さんと一緒にみんなを呼んできてくれ」

「はーい! おねえちゃん、まりなもいくぅ!」

 結城さんの後を追いかけていくまりなちゃんを見送って、俺は改めて二人の若人と向き合う。

 双方共に不承不承という雰囲気を漂わせつつも、先程までの険悪なムードはすっかり収まっていた。

「さて、他のみんなが集まる前に、まずは自己紹介だな。俺の名前は境悠樹と言う。で、そっちの紹介の前に聞きたい。ここにいる全員に質問なんだが。この世界が今までいた世界とは全くの別物だって、気づいたか?」

「はあ? あんた、何言ってんだ?」

「……あたしは、なんとなくだけど。北海道にしては植生とか明らかにおかしいし」

 代表ふたりの返答と同じように、他の者達もそれぞれ困惑や得心といった反応を見せる。

 概ね予想通りの反応、と思ったら、女の方はしっかりと気づいていたようだ。

 先述したが、今いるこの場所は、彼女が言う通り植生が北海道のものとは明らかに異なる。

 思わず感心したように見ていると、女はドヤ顔でこっちを見返してきた。若干イラっとした。

「獅童鈴寧よ。好きに呼べばいいわ」

「ああ、じゃあ、獅童さん。これには気づいていたか?」

 言いつつ、獅童さんの目の前にステータスを展開させてみせた。

 当然、見えるように設定してだ。

「ふみゃぁっ!」

 びくぅっと、毛を逆立てつつ猫っ飛びして、最大限の驚きをしてみせてくれた。

 30センチくらい飛んだな。おまけに悲鳴も猫っぽい。

「……ニャン子ってあだ名で呼んでもいいか?」

「っ! 断固お断りするわっ! っていうか! なんなのよこれ!」

 断固お断りするなどと言いつつも俺の表示したステータスに猫パンチを放つのを忘れない。

 俺の中で獅童さんのあだ名がニャン子で確定した瞬間だった。

 そんな呑気なことを考えつつ、質問に答える。

「ステータスだな」

「はあっ? ステータスって、あの、ゲームとかの?」

「まあ、それだな。みんなも見えるか? このとおり、ここは間違いなく異世界と呼べる場所だ」

 他の皆にもステータスを見えるように表示させる。

 小さなどよめきが生まれ、みんな揃ってまじまじと見てくる。

「それにしても、まんまゲームね。確か、こういうのってスキルとかいうのもあるんだっけ」

 ニャン子のつぶやきを受けて、俺は頷きつつスキル画面へ移行させてやった。

「ああ、そうそう。こんな感じ……って、多いわね!」

「多分、俺が最初に気づいたせいだな。いろいろ調べてたら勝手に色々覚えていった」

「あー、あるある。ソシャゲとかネトゲとか、最初に偉業を達したプレイヤーとか、上位ランカーなんかは特別ボーナスとか、早い話、重課金者とかインしっぱなしの暇人みたいなのがめっちゃ優遇されるのよね。ずるいっちゃずるいけど、結局のところ勝ったもん勝ちっていうか?」

「まあ、そういうことになるな。俺の場合、そうしなきゃならなかったし」

「ふぅん、原因はこの呪いってやつ? うわ、素ステ半減とか最悪!」

「まあ、諸々のボーナスのおかげでそこそこのステータスを保っているけどな」

「え、これでそこそこって。このゲーム、上限結構低いの?」

「ゲームじゃなくて現実だ。まあ、ステータスの上限は分からないが、初期がこれなら億を越えるようなことはないと思う。いや、思いたいな」

「やりこみ系だったら半端ないことになりそうだものね」

「ただいまー」

「おじちゃん、みんなつれてきたー」

 説明の途中で他のみんなを引き連れて戻ってきた結城さんとまりなちゃんが合流し、全員にステータス画面の確認方法と注意事項を説明し、早速行動に移らせる。

 そのうち、呼びに行く前に気づいていた奴らは引っ張ってきて、講師役としていてもらうことにした。ほとんど子供なのがまた笑えない。大人は俺を含めて三名しかいなかった。

 各々が確認作業を進める中、何人かが俺達の周囲に集まってきた。やっぱり子供に教わるのは抵抗あるよなぁ。まあ、子供は子供で集まっているようなので大丈夫だと信じたい。

 やってきたのはニャン子と、そのニャン子と対立していた男、それからお年寄りの夫婦だった。

「わりぃ、境さん、ちょっといいか?」

「どうかしたのか? ええと……」

 そういえば、名前聞きそびれていた。

「乾司狼だ。名前を呼び捨てでいい」

「わかった。それで司狼、どうかしたのか?」

「いや、こういうのは苦手で……表示は出来たんだが」

「ああ、なるほど。ニャン……獅童さんと、そちらの方達も?」

 老夫婦が申し訳なさそうに頷くのに対して構いませんよ。と言っておき、ニャン子に目を向けた。

「境っ! あんた今、ニャン子って言いそうになったわね! まったく、あたしは大丈夫よ。ただスキルに問題があるっていうか、ちょっと見て欲しいのよ」

 ニャン子のスキルか。今の口ぶりからしてヤバそうだな。

 まあ、そっちはひとまず置いておいて、操作の仕方をレクチャーするか。

 チュートリアルじゃ操作方法まで説明してくれないからな。

「先に操作の説明をしよう。基本的な操作はPCやスマホと同じです。このように……手指を当てて横に動かす動作、これをスワイプといい、スワイプすることで画面が移行します」

 自分のステータスを表示して、画面を反転し、実演して見せる。

 俺の説明に習って画面を操作する三人。無事に動かせたようで、笑みが溢れる。

「ご老人や目の悪い方にはそのままだと見えにくいかも知れないので、拡大をしましょう。拡大の方法は画面の右下に手指を当て、そのまま右下へ引っ張ると画面が引き伸ばされます」

 ご老人二名はこれでようやく見えるようになったのか、お礼を言いつつ、確認作業へ入る。

 司狼の方は一足先に確認を終えて、何やらニャン子と一触即発の雰囲気を……って、おい!

「こらこら! 二人ともどうしてそう喧嘩っ早いんだ!」

「だってこいつが!」

「お前から絡んできたんだろうがっ!」

 子供みたいに互いを指さして糾弾する二人。いや、未成年なのか。

「いいからやめろ。ちゃんと二人の言い分を聞くから、仲間割れはよせ」

 全く、犬猿の仲ならぬ犬猫の仲だな。

「それで、なんでまた喧嘩しそうになってたんだ?」

「こいつがあたしのステータスを見て笑ったのよ!」

「お前だって俺のステータス見て馬鹿にしただろうが!」

 どうやら互いにステータスを見せ合っていたようだ。

「いや、ふたりとも互いのステータス見て笑ったり馬鹿にしただけで同じような事してたんだろう?」

「だって、コイツが先に笑ったんだもん!」

「お前だって、さんざん馬鹿にしただろうが!」

「後も先も関係ない。互いに謝っとけ。あと、ステータスの何を見てそうなったんだ?」

「ステータスの数値だ。コイツ、知力と精神はスゲェのに、体力が笑えるほど貧弱でさ」

「コイツ、腕力と体力はすごいけど、知力が1しかなかったから、筋肉バカとか脳筋って思わず」

 そういうことか。それにしたって、この二人、随分と偏ったステータスなんだな。

「お前ら、こういうの、なんていうか知ってるか?」

「どんぐりの背比べって言いたいんでしょ!」

「……目糞鼻糞ってやつか?」

 まあ、このふたりのやり取りに関しては間違っていないし、合っている。

 が、俺が言いたいのはそうじゃない。

「いや違う。十人十色だ。ステータスに偏りがあるのは当然だろう。俺達はデータの存在じゃない。得意不得意なんて、あって当然だろう? お前達には短所を補うほどの長所があるんだから、人の短所を上げて笑うんじゃなくて、互いの長所を認め合って、自分の長所を誇れるようになればいいんじゃないか?」

 一息に言った後、ニャン子はそれでも不満げに唸っていたが、反論する言葉が見つからなかったのか、諦めたように吐息をつくと司狼に謝罪し、司狼もまた、ニャン子に謝罪した。

「ふぬぬぬぬ……はあ、わかったわよ。ごめん、あたしが悪かったわ」

「……俺も悪かったよ。貧弱なんて言って」

 よし、一件落着だな。我ながら穏便に仲裁できたと思う。

 老夫婦もいつの間にかこっちを見てにこやかに頷きあっているし、及第点といえよう。

「ふわぁ、境さん、すごいねぇ」

「おじちゃん、かっこいー!」

 俺の傍にいてハラハラと状況を見守っていた結城さんと、ふたりの剣幕にビビり気味だったまりなちゃんからの賞賛の声に、思わず照れてしまう。

「ま、まあ、これでも職場では色んな奴らの面倒を見てきたからな」

 派遣という人の入れ替わりが激しい職場で上手くやる上で、人格の見極め――と言えたらかっこいいが、早い話、人を見る目というのは重要だったからなぁ。いやホント、職場の経験がこんなところで生かされるとは思わなかった。

 とはいえ、他者の深いところまでは理解できないんだよなぁ。むしろできたらすごいと思うが。

 あのふたりが直情的で良かった。

 俺の隣で感心しきっている結城さんを見て、つくづくそう思う俺だった。

「境さん? 私の顔になにかついてる?」

「ん? ああ、悪い。見惚れていた」

「ええっ! そ、そんなっ、いきなり困るよぅ……」

 この結城さんのチョロさは……まあ、なるようになるだろう。

 それはそれとして、だ。

「ニャン子のやばそうなスキルってなんだ?」

「また言った! また言ったわね! つーか言い直しすらしなかった!」

「もういいだろう。お前はニャン子なんだ。受け入れろ」

「なんであたしが聞き分け悪い子みたいになってるのよ! せめて名前で呼びなさいよぉ!」

「ニャン子の名前ってなんだっけ?」

「鈴寧ちゃんだよ」

「ああ、鈴寧か。随分と綺麗な名前だな」

 見た目にだけはあってるな。

「き、綺麗とか! 当然だし!」

 だが、中身がなぁ。

「……やっぱりニャン子だな。はい決定」

「だからニャン子いうにゃー!」

 この先、鈴寧がニャン子で確定した瞬間だった。

「で? やばそうなスキルってのは?」

「あ、うん、これなんだけどね」

 あっさり話題転換に乗ってきた。こいつもだいぶチョロいな。

 ニャン子がステータスを表示させ、スキル画面を見せてきた。

 その中に、ひときわ目を引くものがひとつ。


 UR・空想具現化……条件型。特殊スキル。任意でイメージに沿った空間を展開し、

           一定範囲内を囲う。


「これか」

 例のごとくレアリティは最上位か。

 こっちは結城さんのものと違って最初から凄まじい能力だ。

「そう、それ。使い方はなんとなくわかったんだけど、あたしのイメージ通りってことは、つまり、あたしにとって都合のいいことよね?」

「そうなるな」

「じゃあさ、もしかしてもしかすると、チートってやつ?」

「これで低コストかつノーリスクだったらそうなるな。詳細はどうなってる?」

「ええっと……任意で発動可能で、発動に必要なSPは1だけど、一度発動したらSPが切れるまで解除不可能。SPの消費速度は具現化の強度による。強度ってなんだろ?」

「この場合、具現化した空間での優位性とか構成物によるんじゃないか?」

「ああ、なるほど」

「ただ、このスキル、使用者の想像力が貧困だと何の役にも立たないと思うぞ?」

 これがゲームなら想像力など関係ないのだろうが、これは現実だからなぁ。

「大丈夫! こういうのは得意なのよ! 空想具現化!」

 ニャン子がキメポーズっぽいものを取りつつ叫ぶと同時、ニャン子を中心に俺と結城さんとまりなちゃんを巻き込んで、妙な空間が展開した。



「なっ! いきなり使うな!」

(心臓止まるかと思ったぞ!)

 叫ぶ境の声に続いたのは、彼にとってどこかで聞いたような声。というか、自分の心の声がそのまま聞こえていた。

「お、うまくいったかな?」

 一方、ニヤリと笑って見せる鈴寧に、琴音は確信を持って尋ねた。

「もしかして、心の声が聞こえるようになるの?」

(本音が全部聞かれちゃうんだね。気を付けないと)

「うん、その通り。この空間に巻き込んだ人の心の声だけ聞こえるようにしてみたの」

「おー、こころのこえってなぁに?」

「うん? まりなちゃんの心の声が聞こえないってことは、心の声がそのまま出てるってことだよな?」

「まあ、子供は素直だからね。だから、実質、心の声がダダ漏れになるのは境と琴音さんだけってことよ」

「なるほど……」

(ニャン子め、めんどくさい事をしてくれる)

「そっかぁ……」

(境さん、私のことどう思ってるの?)

 じっと境を見つめつつ、心の声で尋ねる琴音に、境は必死で心を閉ざして突っ込んだ。

「っ! 結城さん! 卑怯だぞ!」

「あっ、ずるい! 心を閉ざしたぁ!」

(境さんの卑怯者ぉ! 私はこんなにも境さんのこと想ってるのにぃ!)

「いや、こうも簡単に心を閉ざすってスゲェわね。ほんとに聞こえないし、しかも琴音さん、とんでもないこと暴露してるけど」

「私はいいの。だって、境さんが責任とってくれるって言ってたし」

(うふふ、子供は沢山欲しいなぁ)

「なんかすごいこと考えてる! えっ、あんたらってそういう関係だったのっ?」

「誤解だ! いや確かに責任取るとは言ったけどなッ?」

「大丈夫だよ。きっとすぐに良くなるから」

「何がだっ! ってか怖い怖い! その笑顔怖い! 病んでる顔だぞ!」

「あ、そろそろ時間切れだわ」



 恐ろしい空間から解放された俺と結城さんは口々に文句を言ってやった。

「……おい、あの空間、本音が漏れる以上におかしい効果あるだろう」

「うぅ……本音どころか欲望まで漏れ出すとか酷いよぅ。私、あそこまで無節操じゃないのにぃ」

 ……それはどうだろう。

 いや、もしかしたら欲望が増幅されるような効果もあったのかもしれない。

 きっとそうに違いないっ! じゃなかったら俺の心の平穏が保てる自信がないっ!

「うーん、イメージどおりにするって難しいねっ! あいたぁっ!」

 バチーンとウインクしつつペロッと舌を出しておちゃめぶっているニャン子を叩く俺だった。

 相手が女だからといって容赦はしない。

 こういうバカ女は優しくしただけ付け上がるからな。

 まあ、さすがに本気で叩いたりはしないが。

「……いいなぁ」

「結城さん、羨ましそうに見ないでくれ……」

 俺に叩かれてうずくまっているニャン子を結城さんが心底羨ましそうに見ていたのは正直すぐに忘れたい。

「ただいま」

 とりあえず、戻ってきて一連の動作を唖然としたまま見ていた司狼に挨拶をしておく。

 老夫妻は少し離れたところで色々と試しているようだった。

「お、おう、おかえり……」

「で、司狼は何か相談事はあるか?」

「あんたスゲェなっ!」

 何故か尊敬された。

 ともあれ、ひとまずは問題はなさそうだな。

 何かありそうならその時その時で対処していこう。

「さて、じゃあ、他のみんなもスキルの確認が終わっただろうし、話し合いと行こうか」

 楽しい話し合いの時間だ。

 ……ぶっちゃけ、緊張で死にそう。



 改めて集合した面々を見渡す。

 大半は未知の状況に不安そうな顔、中には不敵な笑みを浮かべる者や、怯えたように周囲を伺う者、期待に満ちた顔でこちらを見る者、様々な顔が見える。

 まずは、不安を取り除いてあげたいものだが、先に解決しなくてはならない問題がある。

「皆さん、初めまして、俺の名前は境悠樹といいます。皆、この状況には戸惑っていると思います。どうすれば良いかもわからない人が多いんじゃないでしょうか。つい先程も、そのことで衝突がありました。このような状況下では、何を信じれば良いのかわからない。それは決して恥ずかしいことではありません。ただ、ひとつの選択に固執して、何かがあってからでは遅いのです。だから、今回はここに話し合いの場を設けました。そこで、まずは先程まで言い争っていた者達の代表。二人の意見を、聞いてあげて下さい」

 そう言うと、俺のそばに控えていた二人が前に出てきて、まずは司狼が話し始めた。


 司狼はどこか居心地悪そうにしながらも、たどたどしく話し始めた。

「あー、乾司狼だ。一応先に謝っておく。悪い。俺、こういう場で話すのは初めてだから、こんな話し方になるのは勘弁してくれ。じゃあ、まず俺達の意見だが、俺達はこの森を出て、どこかの街に保護してもらうのがいいんじゃねぇかと思う。正直、ここがどういうところかわからねぇ。けど、飛行機が着陸する前に、なにかの建物を見た奴が何人かいるんだ。もしかしたら、元の世界に帰る方法もわかるかもしれねぇ。だから、まずはそこに行くことを目指したいんだ」


 話し終わって、司狼が一歩引き、代わりにニャン子――いや、獅童さんが進み出た。


 獅童さんはこういう場に慣れているのか、一礼して、スラスラと話し始めた。

「獅童鈴寧です。私達の意見は、まずはこの場を生き残る為、ここに一時だけ住む場所を築くことを提案します。先ほど乾さんが言われたように、人の住む場所を求めて移動することや、元の世界に帰還する方法を探すのも後々視野に入れて行きますが、まずは衣食住を確保することが先決である、というのが、私達の方で話し合った結果です」


 話終わった獅童さんが一礼して下がり、こちらを向いてドヤ顔をしてきた。

 うん、コイツはやっぱりニャン子で十分だな。

 俺は再び前に出ると、皆に向かって話しかける。

「二人とも、ありがとう。さて、今の話を総括して、第三の意見が俺からありますが、その前にみんなの意見を聞かせてください。意見といっても、なんでも構いません。不安に思っていることとか、これからやりたいこと。この先をみんなで生き残り、みんなで元の世界へ帰る為に、この場で全部言って欲しいんです」

 そう言うと、チラホラと手が上がった。

 そうして組み上げていった意見はここはどこなのか、スキルは危なくないのか等といった不安を示すものから、スキルを使ってみたい、冒険したいといったかなり前向き過ぎるものまで、たくさんの意見や質問が上がる。それらに答えてゆくにつれ、何やら皆の俺を見る目が尊敬やら信頼を含んだものになっていくのが妙に印象的というか、嫌な予感しかしなかった。

「……以上ですか?」

 随分と長いこと受け答えをして、若干疲れた。

 どうやらもう意見も質問もないらしい。

 先程からみんなの視線が物理的効果を醸し出し始めていて、胃が痛い。

「じゃあ、最後に俺の意見を述べさせてもらいます。

 俺の提唱するものは、獅童さんと乾さんの述べた二つの意見。それを両方やってしまおうというものです。この人数では無理だと思うかもしれませんが、俺達は元の世界ではなかったものを手にしています。

 そう、スキルです。既にみなさんには確認してもらっていますが、スキルにはさまざまな種類が存在していて、中には反則的な能力のものも存在します。

 これらを駆使することで、俺達は少ない人数で多くのことができるでしょう。

 その為には、みなさんの協力が必要です。まず、みなさんにはスキルの開示をして欲しいのです。そうすることによって、誰がどのような物事に向いているのかを確認し、適切な作業に当たることができます。もちろん、スキルの開示も、作業に関しても強要はしません。

 俺の意見を受け入れて、納得してくれた方だけで構いません。俺の意見は、以上です」

 あー、かなり喋った。カナリシャベッタアアアアアア!(奇声)って感じだ。

「じゃあ、皆さん、どの意見がいいか決まったら、俺達の前に置かれたこの葉っぱの上に、これから配る小石を置いてください」

 そう俺が言うと、結城さんがスキルを使って即席で作った木の器に入った、たくさんの小石をまりなちゃんと手分けして、みんなに配ってゆく。

 そして、何事もなく粛々と投票は進み、結果、俺の所に大多数の投票が集まった。

 こうして、俺達の異世界生活は幕を開けた。

 ちなみに、話し合いが終わった時点で日が暮れ始めており、女性陣は飛行機の中、男性陣は外にテントを張ったり、寝袋などを使って寝ることとなり、何人かで見張りを交代しつつ夜を明かすことになった。

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