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業火紅蓮少女ブラフ/Calico Grace  作者: 枕木悠
先天的後継者の祈り(Calico Grace)
5/19

キャリコ・グレイス/五

 早くも先天的後継者、通称ナユタ様と会う方法が一切ないという現実に直面した僕はトイレから出た後、立方体の施設の中を当てもなく歩いていた。探検と言うほど積極的なものではなかった。探索とも違う。メインホールでの会同が終わるまでの暇つぶし、というのが一番正確だ。会同が終わらなければ施設から駅までのバスは出ない。要するに帰ることが出来ないのだ。僕は中々経過しない時間に苛々しながら、早く家に帰って布団に潜り込んで目を瞑りたいと思いながらも、しかしどこかで、ナユタ様に会う方法が何かあるんじゃないかって考えていた。

 メインホールの周囲は入り組んだ迷路のようになっていて、さながらアートギャラリのように、おそらく教団のコレクションであろう古今東西の美術品がショーケースの中に展示されていた。少なくとも村の郷土資料館よりは展示品の数は多い。展示品の価値となれば、ざっと見た感じでは国立の博物館に匹敵するのではないだろうか。僕は美術品について詳しい知識を持っていないが、それぞれの作品に添えられた短い解説を見て、それらが並々ならぬものだということは簡単に理解することが出来た。江戸時代から明治時代の日本画が中心で、およそ半分のエリアをそれらが占めていたが、展示品には古代エジプト王の彫像や古代ギリシアのモザイク画や西アジアの黄金細工やガンダーラ美術の仏像なども展示されていた。様々な文化の融合美を教団はこの施設の中で表現しようとしているのかもしれない。融合、というよりは、混沌に近いか。ここにも統一の欠如がある。混沌から一つの主題を取り出すのはなかなか難しいことのように思われた。難しい、というか、存在しないのだと思う。メインホールでの会同と一緒で凡庸なのだ。しかしコレクション自体は、おそらく信者たちから搾取した莫大な資金が投じられているものと見えて、非常に高い価値を持ったものばかり。僕は一度ぐるっと全てを流して見た後、もう一度ゆっくり見て回ることにした。なにせ時間はたっぷりある。そしてこの混沌美術館には僕しかいない。誰の足音も聞こえない。空調だけが静かに唸っている音しかしないのだ。ある意味贅沢な空間だ。混沌の中に入り込み、泳ぎ、楽しもうと思った。そう思うと沈んでいた気分が静かに高揚してくるようだった。

 僕は時間をかけてコレクションを見て回りお気に入りの数点を行ったり来たりしてそして最終的にある作品の前から動かなくなった。

 動けなくなった。

 その作品というのは、松の枝にとまる白いオウムが描かれた日本画だった。その作品は日本画の中で特に異彩を放っていた。異物加減が凄まじい。描かれているのにも関わらず描かれているということを拒絶して今にも白い羽根を大きく広げて飛び立って消えてしまいそうだった。僕は一目で白いオウムの日本画に魅了された。そしてその前から動きたくなくなった。白いオウムは黒い眼をしている。見るものを吸い込んで解かしてしまいそうな程の、純粋な黒い眼。

 僕は確実にオウムに見つめられていて、狙いを定められている、と錯覚する。

 ナユタ様はきっとこんな目をしているのだろうな、と何の根拠もなく僕は思ったりもした。

 そして例えば、この絵を捲ればその裏側にはナユタ様が住む鉄塔の下の居住スペースまで繋がる道が隠されているんじゃないか、なんて空想したりもした。

 そんなわけないでしょうに……。

 結局ナユタ様に会う方法はここには何もなかった。しかし好きな絵を見つけることが出来たのだ。有意義でない時間、ではなかった。それで十分じゃないか。異様な鉄塔の姿だって僕は目撃した。当初の目的は果たした。それで十分じゃないか。収穫は昨日の何倍もある。

 そうやって僕は今日、ここに来た意味を締めくくろうとしたのだ。

 さて、そろそろメインホールに戻り、韓国人のお姉さんと合流しよう。

 そう思って白いオウムの日本画から視線をはずした。

 そのときだった。

「ねぇ、こんなところで何してるの?」

 声がして咄嗟に僕は振り返った。

 驚いた。

 声が出なかった。

 本当に驚いた時って息が止まるんだ。

 両足が勝手に後ずさった。

 背中がショーケースのガラスに勢いよくぶつかって痛い。

 いや痛いなんてそんなことどうだっていい。

 どうだってよくってそんなことよりなにより。

 目の前にナユタ様が立っている現実の方を多分僕は、急いで認識するべきなんだと思う。


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