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業火紅蓮少女ブラフ/Calico Grace  作者: 枕木悠
先天的後継者の祈り(Calico Grace)
11/19

キャリコ・グレイス/十一

 ヨリコとの遭遇は明宝中学校で迎える二度目の春のことだった。二年生に進級しクラス替えがありヨリコは僕の隣の席の住人となった。ヨリコはクラスでは物静かで休み時間は本ばかり読んでいた。ヨリコにわざわざ話しかけるクラスメイトは誰一人としていなかったので友達がいない属性の女の子なんだな、と僕は理解した。でも僕は本ばかり読んでいる女の子が嫌いではないのでヨリコが村上春樹のスプートニクの恋人を読んでいるときに「ねぇ、」と話しかけた。「そういうのが好きなの?」

「……えっと、」ヨリコは二秒後にやっと僕の方に綺麗な顔と鋭い眼差しを向けて声を発した。ヨリコの声を聞くと、不思議と感電して痺れてしまいそうになった。そんな質感と揺れと速さで僕に伝達された。「そういうのって?」

「だからそういうのだよ、」僕は笑顔で、優しい声で言った。「スプートニクの恋人みたいなやつだよ」

「……あなたはどうなの?」ヨリコは冷たい風のような声で言う。

「僕はそういうのが好きだよ」

 ヨリコの目は僅かに煌めいた。氷の中に火が灯った、という風に。「……へぇ、」けれどヨリコは無関心を装って文字に視線を戻して言う。「……不思議ね、偶然ね」

「え?」

「私も嫌いじゃないのよね」ヨリコはそう言って堪えられないという風にクスリと笑った。

 それが溜まらなく可愛くて僕はその短い会話をきっかけに徐々にヨリコに話し掛けるようになった。ヨリコの話題には文学が常に付き纏い、最初からほんのりと宗教の香りをそこに漂わせていた。ある日、彼女は常にスカートのポケットに忍ばせているという、手の平に隠れるくらいの小さな十字架を僕に見せてくれた。シルバのロザリオ。十字の交差するところに紫色の小さな宝石が埋め込まれていてそれは怪しく光を反射していた。ヨリコは自分がクリスチャンであることを僕に告白して教会に行って讃美歌も歌ったりするわ、と教えてくれた。「でもそれほど敬虔でもなければ熱心でもないの、聖書を通読したこともないし、カトリックとプロテスタントとの違いもよく分かってないし、一応ある教団に所属しているのだけれどその教団についての細かなことも知らないし、教団に寄付したこともほとんどないし、でも偶には宗教に縋り付きたい月夜もあるから、ただ祈っていたいっていう夜が私を襲ったりするから、発作的に、ええ、そんな夜は都合よくね、所属しているってことを利用して、額の前で五指を組んでお祈りするの、斑なの、私って」

「へぇ、そうなんだ、それで……、」まさかと思って僕は聞いた。「ヨリコはどこの教団に所属しているの?」

「神樹紫衣金魚の会よ、知ってる?」

 偶然にも、神樹紫衣金魚の会とは、僕が前の夏に訪れた新興教団の名前だった。僕は小さな驚きを表情には出さずに曖昧に頷いた。「……うん、少しだけね」

 シンジュシエ、キンギョノカイ……。

 僕はこの瞬間にナユタ様の存在を久しぶりに思い出した。

 ナユタ様の輪郭がヨリコの顔に被る。

 ヨリコはどこか、ナユタ様に似ていて……。

 いや、ナユタ様の顔をハッキリと僕は思い出すことは出来なかった。

 ヨリコの綺麗な顔で、僕はナユタ様の顔を補完した。

 だから急に、ヨリコが神々しい存在に思えてくる。

 見つめてしまった。

「どうしたの、コテツ?」

「ううん、」僕は首を横に振ってヨリコの顔から視線を逸らす。「綺麗な顔をしているなって思って」

 僕の正直な一言にヨリコはカッと赤面して強く僕の腕をバシッと叩いた。

「ば、莫迦じゃないのっ!?」

 照れて叫ぶヨリコは凄く魅力的だった。

 春から梅雨を迎える頃になると、ヨリコは徐々にクラスの中で本性を現すようになって来た。彼女の本性はトラブルメイカ。本性が露出してしまったのはおそらく、僕が絶対にヨリコのことを裏切らないということを、彼女自身が分かったからだと思う。少女はどんなときだってありのままの自分でいるべきなのだと思い続けていたが今までは味方がいなかったからありのままではいられなかった。傷付いたときに避難出来る場所が学校にはなかったからだ。けれど僕という味方が出来て、いつだって僕に避難することが出来る。だからヨリコはトラブルメイカな自分をクラスで発現するようになった。

 発現はいつも劇的だった。

 ヨリコは問題児なのだと教師たちやクラスメイトたちは認識するようになっていく。虐めに発展しそうな気配もあったが、ヨリコは怯むことなくそれら勢力を一蹴した。ヨリコの傍にいる僕も当然攻撃を受けたが、もちろん嫌な気持ちになってお腹も痛くなったけれど、そんなことで完全に委縮してしまうような性格をしていないので、適当に流していたら、すぐに僕とヨリコを攻撃しようとする勢力の標的は別に移った。

 梅雨の湿気のせいか、ヨリコはクラスでは常に情緒不安定で不機嫌だった。その不機嫌は様々な要因によって、それは本当に些細なこともあれば本当に理不尽で誰しもが納得出来ないと思えるものまで様々だったが、巨大に膨らんで破裂するとその傍若無人ぶりには誰も手が付けられなかった。ヒステリックに敵に向かって「くそったれ!」と叫んで、鞄を投げ、机を蹴り上げ、拳を強く握って暴力を振るったりした。一度破裂してしまったら最後、相手が男子でも女子でも先生でも誰でも関係なしにその勢いを落とすことなくむしろ加速して強く衝突し続ける。エネルギアが空っぽになるまでぶつかり続け、そして最後には僕の名前を呼んで僕のことを強く抱き締めてわっと号泣する。ヨリコの体は感電しているみたいにビリビリと震えていた。僕はヨリコを宥めながら、とりあえず保健室に避難して彼女をベッドに座らせ慰めた。

 だいたいがそういうパターンだった。

「ああ! この世の果てまで旅立ちたい気分だわ!」ヨリコは真っ赤な目を擦りながら強く訴える。

「同感だね」

「この監視された牢獄から脱出するべきだと思う、今がそのときなんだと思う、踏み込むべき時なんだと思う、強く!」ヨリコは反対側のベッドに座っている僕の足を爪先で蹴る。「強く踏み込まなくっちゃいけないんだ! 跳ぶために!」

「まさしく同感だね」

 という具合で僕らは何度も旅に出た。旅と言っても中学二年生の僕らの旅は、主に金銭面での理由からG県から外に出ることはなかった。所詮はデートやピクニックと呼ぶべきもので、決して脱出や旅という風なものではなかった。けれどそれら全ては僕らにとって、大いなる脱出と大いなる旅立ちのための演習だった。

「大いなる脱出と大いなる旅立ちのための演習なのよ」

 それはヨリコの言葉で、僕に異論は全くなかった。

 季節は再び夏を迎える。

 僕にとっては十四回目の夏だ。

 大いなる旅立ちは近い。

 ギラギラとした太陽の光に全身を焼かれながら僕は、繰り返される演習の中、漠然とそう感じ始めていた。

 

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