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業火紅蓮少女ブラフ/Calico Grace  作者: 枕木悠
先天的後継者の祈り(Calico Grace)
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キャリコ・グレイス/一

 生まれながらにして未来の会主を約束されている人種不明の少女の、信者たちとの初めての面会式に僕が参加することになったのは、村の図書館の掲示板に張られていたとある新興教団のビラを見つけたっていう、本当に偶然のことだった。僕はビラを見て、それに参加することで普段は誰も踏み入れることの出来ない山の奥にある、教団のシンボルである鉄塔を見ることが出来ると知りほとんど迷いなく申請書に名前と年齢と住所と電話番号を書いてポストに投函した。僕はその教団に一切関係のない田舎の村の築五十年以上の木造の広い家に住む普通の中学生だった。バスの運転手である父親も、昼間は家事をして夜には近所のスナックに働きに出ている母親もその教団の名前は知っていても関係は一切なかった。だから不安もあった。僕が申請書を出したことによって教団の狂った人たちが勧誘しに来たり電話を掛けて来たりするんじゃないかっていう不安もあったが、結局好奇心が不安に勝った。両親は教団の誘いなんかに乗らないだろう、という僕の強い信頼も好奇心が勝った一因でもある。

 一週間後に教団から封筒が届き、出席の認可が降りたことを伝える書類が中に入っていた。面会式は八月の最初の日曜日だった。僕は正装で、といっても中学校の制服だが、きちんと母親にアイロン掛けをしてもらって、それを着て母親には部活だと嘘を付き、バスに乗り、大きな岩が転がる渓流の横の蛇行する道に揺られながら、教団の施設に向かった。バスに乗る人は僕以外にも沢山いたが、そのほとんどはお世辞にも若いと呼べる年齢ではなかった。かろうじて元気ですね、と褒めたたえることが出来る年齢だった。バスの中には中国人や韓国人の家族が乗っていて、彼らは比較的若い人たちだった。僕の隣には韓国人のお姉さんが座っていた。そのことはなんとなく彼女が後ろの家族と話している言葉で分かった。もちろん何を言っているのかは不明だったが、それが韓国語だというのはなんとなく分かった。ファッションも日本の若者とはどこか違う。原色が多めで、大陸の方から来たという独特の雰囲気を纏っている。急なカーブでお姉さんが僕の胸を触ったことで、僕は韓国人のお姉さんと仲良くなった。彼女は拙いが日本語をしゃべった。小さな頃に今は死んでしまったひいお爺さんに教えてもらっていた、と教えてくれた。あなた可愛いわね、とお姉さんはチョコレートをくれた。お姉さんたちの家族は教団に所属する人たちだった。僕は教団に所属している振りをしてお姉さんに話を合わせた。するとお姉さんは、あなたはとっても献身的な信者なのねと言って頬っぺたにキスしてくれた。お姉さんは美人だったので嬉しくないこともなかったが、とにかく信者でもないのに彼女に献身的な信者だと思われるのはなんだか凄く悪い嘘を付いたみたいで申し訳ない気持ちになった。

 およそ九十分の道のりでバスは教団の施設に付いた。教団の施設はまだ真新しく綺麗で聞けば七年ほど前に出来上がったばかりだと言う。バスが何台も止まる駐車場に隣接する手前から奥に扇形に広がる一階建ての小さな白い建物で受付を済ませた。そこにはレストランや地域名産のお土産が売っていたりと、まるで高速道路のパーキングエリアだった。そして歩きで左右を緑に囲まれた僅かな傾斜の一キロほど続く坂道を登り、渓谷に掛かった、三味線のバチを組み合わせたような奇妙なデザインの赤茶色のつり橋を渡る。そして普段信者たちが会同しているという巨大な施設を僕は目撃する。見上げるほどの高さがあった。その入り口には列が出来ていた。まるで遊園地のアトラクションに出来る行列みたいに騒がしかった。巨大な建物は一つの巨大な立方体でその周囲を円筒形の建物が取り囲むという、確かに荘厳と思わせるデザインだったが信者たちの雰囲気がどことなく、宗教に入り込んでいる、という雰囲気ではなかったので僕はなんだか拍子抜けしてしまった。正直に言えば、もっと異様な光景を見ることを期待していた。実際の雰囲気は村の公民館の庭で開かれるラジオ体操の集まりとほとんど変わらない。数が違うだけだ。僕は早くもここに来たことを少しだけ後悔しながら、いや、目的はあくまで鉄塔だと言い聞かせながら、退屈をお姉さんと噛み合わないおしゃべりをしながら紛らわせていた。途中で分かったことだが行列は施設に入るための列ではなく、施設の裏手から奥の鉄塔がある遊園に向かうことの出来る唯一の手段であるロープウェイの列だった。僕たちは炎天の下、一時間以上も待たされてやっとロープウェイに乗ることが出来た。この時点で時刻は正午だった。太陽は真上にあり燦々と輝いていた。ロープウェイに乗っていた時間はおよそ十分だった。その間、ロープウェイから見える一面に緑が広がる景色を僕はぼうっと眺めていた。感動したりなんかしない。いつも見ている風景だ。そんな風景に一眼レフのレンズをおっさんは熱心に向けていた。他にロープウェイに乗っている人たちも物珍しそうにこの風景を楽しんでいた。きっと灰色のビルに囲まれて生活している都会の人たちなのだと思う。都会の喧騒の波に呑まれて思考能力を失い教団の甘い誘いに引き寄せられてしまいそれを生きる支柱に迷いなく設定してしまった可哀そうな人たちといったところか。彼らの観察を続けていたが、観察を続けるごとに単純に観光気分でここにやってきた人たちではないのだな、と僕は思い始めた。彼らの顔は一様に笑顔だったが、一様に奇妙な引きつった笑い方をしていた。日本のジメジメとした不快なものが付着しているようだった。彼らに異様さを感じて僕は、いいぞ、と思う。教団の施設に来るのだから僕は、ある種の異様さを感じたかったのだ。とにかく僕がロープウェイに乗って抱いた感想は、日本人に限ればほとんどはずれてはいないと思う。しかし中国人や韓国人などの大陸の匂いがする人たちに関しては別だ。彼らからは、僕のことを気に入ってくれたお姉さんからも、この教団を自らに取り込んで、自らの生活に同化させて、いらなくなったら捨ててしまえばいい、という風な、非常に渇いていて明るくて大きくて広い、意志というよりは、血の気を感じた。僕は韓国人のお姉さんに出会えただけでも、彼女はとても色っぽくいい匂いがした、ここに来た価値を感じていた。僕が知っている大人たち、それから友達も含めて、そのような意志で活動している人間は全くいない。僕はロープウェイの中で、人種も国籍も思想も違う人々に出会ってもっと衝撃を受けるべきだと思う。自分の中にある塊が衝撃によって揺らぎ、解体あるいは破壊されて空中に霧散する瞬間を味わうことは、無条件に楽しいことだ。

 いつか僕は世界に旅に出るつもりだ。

 

 さて、この物語はそんな夢を持った僕と、先天的後継者である少女が旅立つ前の話だ。


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