金のなみだ
昔むかし、ある所に大きなお城がありました。
そのお城の王さまとお妃さまの間に王子が生まれたので、城で盛大な宴がひらかれました。
宴には王国の魔女も招かれました。魔女はお祝いに、美しい人形を王子へと贈りました。その人形は生まれたばかりの王子と同じくらいの大きさで、金の王冠をかぶり精巧な絹の服を着て、瞳には大きな青い宝石がはめ込まれていました。まるで今にも動き出しそうな姿に、人形を見た人はだれもが感心せずにはいられないほどでした。
魔女は同時に、おつげの言葉を王子に贈りました。
「この人形を王子自身であるかのようにあつかいなさい。王子が人形を大事にすれば、人形も王子にそれ以上の幸せを運んできてくれるでしょう」
城の者たちはみな、おつげにしたがって魔女からの人形を王子そのものであるかのようにあつかいました。
毎日、王子がとるのと同じ食事が人形にも作られます。服も同じものが2着作られ、王子と人形はいつもおそろいの格好をしています。王子が眠る時間には召使いが人形を人形用のベッドへと運びました。
人形は王子の話し相手にもなりました。困ったことやほかのだれにも秘密にしたいようなことでも、王子は人形にだけはすべてを打ち明けるのでした。
ときどき人形は、青い瞳からぽろりと金のなみだを流しました。人形がなみだを流すわけはわかりませんでしたが、王子はこの金が魔女のおつげにあった「幸せ」だろうかと考えて、人形のなみだを大切に拾い集め、小箱にしまっていました。
王子は賢く心やさしく育ちましたが、剣術だけは苦手でした。
ある日の剣の稽古のとき、王子の動きがあまりにもぎこちないので、とうとう剣の指南役は業を煮やしました。
指南役は稽古場のすみで椅子に座っている人形に大股で近づくと「こんな人形とばかり過ごしているから、王子は人形のように固い動きしかできないのだ」とどなって、人形を開いていた窓から投げ捨ててしまいました。
王子は剣を放りだして窓にかけ寄りましたが、人形は落ちてしまった後でした。
人形は地面にぶつかって転がり、お堀へと落ちました。とがった石があったのか、地面にぶつかったときに人形の片腕はちぎれてしまいました。それと同時に王子の腕もひどく痛みだしました。服の袖をまくって見ると、王子の腕はまっすぐ裂けて中から白い綿がとび出していました。
お城じゅうの人びとが大あわてでお堀に落ちた人形を探します。けれども不思議なことに、人形はどこにも見つかりませんでした。
王子は人形の送り主である魔女のもとへ行って、どうすればよいのか尋ねました。魔女は「王子の手を離れてしまってはどうしようもありません。王子がこれまで人形を大切にしていたならば、人形は幸せをつれて帰ってくることでしょう」と言うだけでした。
さて、お堀に落ちた人形は肉屋に拾われました。肉屋は人形のかぶっている王冠が金でできているのに気づくと、王冠を取って人形は捨ててしまいました。
それと同時にお城の王子はどうしようもなく不安な気分におそわれて、だれにも会わないように自分の部屋に閉じこもりました。
次に人形を拾ったのは機織りでした。機織りは人形が着ているのが高価な絹の服であるのに気づくと、服をはいで人形は捨ててしまいました。
それと同時にお城の王子は寒気をおぼえて、ふかふかの厚い毛布にくるまってもふるえが止まらないほどでした。
続けて人形を拾ったのは粉挽きでした。粉挽きは人形の瞳が宝石なのに気づくと、人形の目をくり抜いてそのほかは捨ててしまいました。
それと同時にお城の王子の目玉が転がりおちて、王子はなにも見えなくなりました。
道ばたに捨てられた人形は、金のなみだを流しました。その様子を羊飼いが見ていました。羊飼いは人形の中にもっと多くの金が入っているにちがいないと考えて、人形のおなかを切り裂きました。けれども人形の中には綿がつまっているだけでしたから、羊飼いは人形をそのまま捨ててしまいました。
お城の王子はなにかを飲み食いしようという気もすっかり失せてしまって、だれにも会わずにただ臥せっているばかりでした。
困りはてた王さまは、王子の人形を見つけた者にほうびをつかわすというおふれを出しました。
捨てられた人形は腕がとれ、なにも身につけず、目はからっぽでおなかからは綿がとび出しているというありさまでしたから、これが王子の人形だと気づく者はだれもいませんでした。
ある日、いなか娘が落ちている人形を見つけました。人形はひどく汚れていましたが、いなか娘はその人形が美しい顔立ちをしていることに気づきました。
いなか娘は人形を連れ帰り、家のそばの泉の水できれいに洗いました。それからていねいに人形を直しはじめました。
いなか娘はまず、とび出している綿を押し込めながら破れているおなかをつくろいました。
お城の王子はふと温かいものが食べたくなり、コックを呼んでスープをつくらせました。
次にいなか娘は、ぽっかりと空いた人形の目に、自分の持っている一等よい貝のボタンを縫いつけました。
長いあいだ閉じたままだった王子のまぶたがゆっくりと開き、貝ボタンのようにまるく輝くひとみがあらわれました。
それからいなか娘は、自分のいちばん新しい麻の服を切り開いてつくった服を人形に着せました。
王子はふるえが止まってベッドから起きあがれるようになりました。
最後にいなか娘は、家のまわりに生えている野ばらをつんで花冠をつくり、人形にかぶせました。
王子は久しぶりにだれかと話したいような気分になって、部屋を出て王さまにあいさつしました。
人形は片腕こそないままでしたが、見違えるようにきれいになりました。いなか娘は人形にむかって話しかけました。
「あなたはどこにいたの? もといた場所に帰りたいかしら?」
人形の目から金のなみだがこぼれ落ちました。いなか娘は驚きましたが、帰りたいという人形の気もちを感じとりました。
同じころ、お城の王子の貝ボタンのような瞳から赤い宝石がひとつぶ落ちました。王子は人形がもうすぐ帰ってくることを悟り、人形の金のなみだをしまっている小箱に赤い宝石も入れました。
人形をつれて家を出たいなか娘は、羊飼いをたずねました。
「腕がとれていてなにも着ていない、おまけに目がぽっかり空いておなかから綿のとび出している人形がどこから来たか、知りませんか?」
羊飼いはこたえました。
「腕がとれていて何も着ていない、目がぽっかり空いた人形ならあっちで拾ったよ。おなかは私が裂いてしまった」
いなか娘は歩きつづけて、粉挽きをたずねました。
「腕がとれていてなにも着ていない、目がぽっかり空いた人形がどこから来たか、知りませんか?」
粉挽きはこたえました。
「腕がとれていてなにも着ていない人形ならあっちで拾ったよ。目は私がくり抜いてしまった」
いなか娘はさらに歩いて、機織りをたずねました。
「腕がとれていてなにも着ていない人形がどこから来たか、知りませんか?」
機織りはこたえました。
「腕がとれている人形ならあっちで拾ったよ。服は私がはいでしまった」
いなか娘ははるばる歩いて、肉屋をたずねました。
「腕がとれている人形がどこから来たか、知りませんか?」
肉屋はこたえました。
「その人形ならあっちで拾ったよ。そんなにみすぼらしい花の冠ではなくて、金の王冠をかぶっていた。王冠は私が取ってしまった」
いなか娘はとうとうお城へたどり着きました。人形をつれてきたことを告げると、お城の召使いが出てきました。けれども召使いは人形を見るなりいなか娘を追い返そうとしました。貝ボタンの目に麻の服、野ばらの冠といった人形の姿は、お城にあったときとはあまりにも変わってしまっていたのです。
いなか娘が帰ろうとしたとたん、人形の目から金のなみだがひとつぶ落ちました。
それと同時に、自室にいた王子の瞳から青い宝石がひとつぶこぼれ落ちました。王子は人形が帰ってきたのを感じとって、部屋をとび出しました。
いなか娘が連れている人形を一目見て、王子はこれこそが自分の探し求めていた人形だとわかりました。王子は王さまを呼んで、さっそくいなか娘にほうびを与えるよう頼みました。
王さまはいなか娘にたずねました。
「この人形は城にあったときには金の王冠をかぶり、絹の服を着て宝石の目をしていたのだ。なぜそれが、野ばらの冠と麻の服とボタンの目になっている?」
いなか娘が口を開くよりも早く、王子が答えました。
「私の目は見ています。王冠は肉屋が、絹の服は機織りが、宝石は粉挽きが取ってしまいました。けれどもこの娘が、代わりに野ばらの冠と麻の服とボタンの目とをこしらえて、羊飼いに裂かれた腹をつくろってくれました」
王さまはいなか娘のやさしさに心を打たれ、たくさんのほうびを与えました。
人形を王子に返したあと、いなか娘は「まだお返しするものがございます」と言いました。
人形の流したふたつぶの金のなみだを手渡そうとしたとき、ふたりの指先がそっとふれあいました。王子は温かさが指先から腕へと伝わり、体じゅうに広がっていくのを感じました。そっと腕のようすをうかがうと、裂け目も綿も消えて、なめらかな人間の腕にもどっていました。
王子は魔女のおつげの「幸せ」とはいなか娘のことだと気づき、帰ろうとするいなか娘を引き止めました。王子の瞳からこぼれた2つの宝石からそろいの指輪ができ、赤い指輪はいなか娘のものに、青い指輪は王子のものになりました。
ふたりは結婚し、お城で仲むつまじく暮らしました。