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終業式の日に世界が終了したんだが  作者: 青海 原
第三章『東京防衛戦』
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92 再び交錯する視線

 硬いアスファルトの上を滑るように、二つの影が高速で激突する。片一方は二本の剣を持ち、片一方は無手。しかし戦闘はもはや、武器の有無が有利不利に作用しない領域に達していた。

 高月快斗が左に持った『空気を足場にする』能力の剣を振るう。これを篠崎響也は右の甲で外に弾くと、左拳を高月の胸に打ち込む。

 高月は篠崎の拳を、身を半回転させてかわしながら篠崎の横へ回り込んだ。

 ――と、思わせた。


「――なァ!?」


 篠崎が半秒遅れて視線を向けた頃には、そこに高月はいない。既に『空気を足場にする』能力で篠崎の真上に駆け上がっていた。

 そこから、重力をも味方につけた縦の一閃。篠崎の頭よりも上から、文字通り落ちてきた攻撃を間一髪身を引いてかわす。篠崎の被害は、服を裂くだけに留まった。

 力を込めた一撃を避けられ、高月は屈んだ姿勢のまま舌打ちする。その一瞬を突くように篠崎のローキックが飛んできた。

 ヒットの直前、高月は篠崎の足が帯電していることに気づく。反射神経で右の『能力を消す』剣を動かし、篠崎の足に掠らせる。篠崎の蹴りは当たったものの、電撃は受けずに済んだ。

 二メートルほど転がり、高月は篠崎の能力を考察する。


(前に会った、竹山さんのものと似たような能力……か?)


「快斗くん!」


 そこで後方から少女の声が聞こえてきた。声には聞き覚えがあった。ここに辿り着いた時には気づかなかったが、それは中学時代の友人の声だった。


「その人、仕組みはわかんないけど、色んな能力を使えるよ!」


「助かるよ、里美」


 矢野里美を一度だけ振り返り、礼を言う。篠崎の能力の概要がわかっただけでも進歩だ。能力が電気以外にもある敵を相手取るというのは、竹山の時の経験から至難だとわかる。全く、ついていないなと高月はこぼした。

 二本の剣を握り直すと、再び篠崎に向かって突っ込む。今度は篠崎の能力に備え、右の剣をいつでも出せるように構えてある。


「その剣、能力を消せるみてーだなァ」


 高月は答えない。代わりに、右の剣で篠崎の生み出した風を消してみせた。それが問いへの無言の肯定だった。

 篠崎はニヤリと笑みを浮かべる。


「かっこつけてんじゃねーぞ、ガキが」


「どっちがだよ」


 左の剣を水平に振るう、それは屈んだ篠崎にかわされ、足払いを喰らう。転びそうになるが、空気を足場にして横に飛び、追撃は避ける。

 左手を地面について体勢を立て直すと、再び右の剣を前に構えて踏み込んだ。どんな能力が来ようが、この剣の前には無力だ。


「甘ェーな」


 しかし高月の足元で地面の形が変わる。驚く間も無く地面は手のひらの形をして、高月の足首を掴んだ。


「く、そっ……!」


 前につんのめったところを篠崎の膝蹴りを食らった上に、首を掴まれて持ち上げられる。篠崎は電撃を流そうと思えば流せただろうに、なぜか地面による拘束を解くと、高月を投げ捨てた。

 転がることもなく地面を滑り、剣を取り落す。上半身だけ起こして口元をぬぐい、篠崎の意図を推測しようとする。


「壁の中で大切な誰かを守ってもらえるってのは、どーんな気分だァ?」


 ところが篠崎の言葉は予想外だった。


「いきなり、何の話だ」


 汚れを払いながら立ち上がると、篠崎は一瞬だけ自嘲的な笑みを浮かべた。その意味に困惑したが、次の瞬間には元の表情に戻っていたため考えるのをやめる。


「大した話じゃァねーよ。ただ、聞いてみただけだァ」


「……そうか」


 高月は篠崎の意図について考えるのをやめた。彼にも彼なりの何かがあるのだろうと思った。

 一度間を置いて、わざと茶化すように答える。


「僕が仲間たちと壁の中に逃げ込んだのは、七月二十九日のことだ。つい一昨日なんだよ」


「…………」


 少し驚くように篠崎が目を開いた。高月は肩をすくめて、同じ調子で続ける。


「正直、君たちみたいなのが頻発するなら、守ってもらえてるような気はしないな」


「…………」


「結局、自分の力で守るしかないのさ。どこであっても、それが大切なものなら」


「……そうか、そうだな」


 篠崎は、目を伏せる。

 高月の言葉は届いただろうか。届かなかっただろう。その程度の想いであるなら、わざわざあんな大きな壁に勝負を挑んだりなどしない。

 わかっていて、だから高月は茶化した。どうせ届かぬ言葉であるなら、風に乗せて飛ばしてしまった方がいい。そうすれば、他の誰かが受け取ってくれるかもしれない。


「だけどな」


 そこで篠崎が明確に高月の言葉を払いのけるのを聞いた。

 篠崎には、やはり。

 いや、篠崎『にも』やはり。

 高月の言葉は、届かなかった。


「やっぱ、大切な人間を見殺しにしたやつらは、許せねーわ」


 再び、篠崎の瞳は昏く染まった。

 高月が身構えると同時、踏み込む影が見える。


(速――!)


 慌てて剣を構えるが、反応が遅すぎる。篠崎の拳が高月のみぞおちを貫き、衝撃が遅れて訪れた。一直線に吹っ飛び、そこらの住宅を破壊しながら減速する。飛びそうな意識を何とか保ち、空気を足場にして体勢を立て直そうとするが。


「なーにやってんだ。そんなんじゃァ追いつかれんぞ?」


「くっ……!」


 左側から聞こえた声に反射的に剣を薙いだ。しかし剣は篠崎に当たる寸前で持ち手を蹴られ、宙を舞う。


「借りるぜ」


 篠崎が奪ったのは、空気を足場にする金属刀の方だった。しかし、どちらにせよ高月との差がさらに広まっただけのことだった。

 篠崎の袈裟斬りを受け止め、衝撃を殺すために少しだけ流す。が、ほとんどそれは意味を成さなかった。

 再び、高月は吹っ飛ばされる。


(何でいきなり速くなった――!?)


 宙を高速で飛ばされながらも、高月は篠崎を視界から外さず、彼が動き出すのを待った。地面に叩きつけられ、その衝撃に着ていた防具が悲鳴をあげても、高月は篠崎から目を離さなかった。

 そして、ついに篠崎が動き出すのを見る。目にも留まらぬ速さで高月の元まで飛んできた。


(――飛んできた?)


 高月は篠崎の拳がヒットする直前、そこに疑問を覚えた。

 そうだ。篠崎は確かに、空気を足場にする剣を持っていながら、走る動作を見せなかった。それは能力を発動していないということ。

 つまりは、篠崎は自分の能力の中で戦っていることになる。高月が今までに見てきた篠崎の能力で、それを可能にするのは。


(――風!!)


 転がって拳をかわしながら、高月はようやく篠崎のスピードのカラクリに気づく。

 篠崎は風を発生させてあの速度を実現しているのだ。


(でも追い風じゃないな)


 追い風だったら高月に少しでも届いた時点で消去され、篠崎は止まってしまう。そうでないとしたら、残る可能性は。


(風を、噴射してる……?)


 篠崎の能力にそんな使い方ができるのかはわからないが、そうとしか今の高月には説明できない。

 なら、賭けるしかないだろう。

 高月は次に来る攻撃に全神経を集中させた。狙いが正しければ、この方法でチャンスを作るのは一度しかできないだろうから。

 肩の力を入れすぎないように、しかし剣を握る手は緩めず。足は何となく肩幅に開いて、すぐに動けるように膝を少しだけ曲げた。目は、篠崎を一直線に睨みつける。

 ――どこからでも、こい。

 言外に告げた。

 それに乗るように篠崎は薄く笑って、剣を握り直すと身体を倒した。

 と、思った時には、動き出している。


「ここ、だっ!」


 半分は勘でタイミングを決めた。偶然か運命か、それは当たる。

 高月がとったのは、半歩右に素早くずれる。ただそれだけ。それだけで、篠崎の突っ込みはかわすことができる。

 その時、同時に篠崎の背に剣を振り下ろした。


「……しまっ」


 高月の狙いは確かだった。

 確かに高月が推測した通り、篠崎は風を噴射することで加速していたのだ。

 だから背を狙った剣は篠崎の身体にかすりもしなかったが、風に触れた。そこで剣の能力が発動する。

 急に推進力としていた風が止まって、篠崎は転びそうになっていた。それは、高月にとって十分な隙だった。


「や、あぁぁぁああああっ!!」


 かくして高月の剣は、篠崎の脇腹に突き刺さる。


「ぐ、が……はっ」


 篠崎の足から力が抜け、へたり込んだ。無理もない。先日まで普通の一般人だった者が剣で腹を貫かれる痛みに耐えられるわけがない。

 高月は剣を引き抜くと、篠崎から取られた剣を奪い返した。


「僕の勝ちだ」


「…………」


 高月は倒れる篠崎を見下ろして、剣を振り上げた。篠崎は自分の傷口を見て、手で触れる。


「……すみません」


 何に対しての謝罪なのか、高月自身もわからないまま、剣を振り下ろ――。



「だから、甘ェーんだって」



 ――せなかった。

 衝撃が高月を襲う。視界が明滅して、動こうという意思に身体は応えてくれない。何とか篠崎の方を見て、彼の手が高月の足首に触れているのを理解する。

 なるほどと高月は納得した。高月は、電気を流されたのだ。


「がっ、はぁ……」


 空気の塊ような悲鳴が漏れて、高月は物理法則に従って倒れる。剣も二本とも高月の手を離れて地を転がった。


「詰めが甘ェーよ、いちいち」


 篠崎は何事もなかったかのように立ち上がってみせる。そんな馬鹿な、と高月は目を見張った。

 傷が、高月が与えたはずの傷が、なくなっている。


「俺が回復系の能力を持ってねーと思ったのかよ?」


 失念していた。

 原理はわからないにしろ、複数の能力を持っている男を前に回復の可能性を考えなかったのは高月の落ち度だ。

 悔しくて地面を叩きたかったが、それすらできない。身体が、動いてくれない。


「……俺の、勝ちだ」


 先ほどの高月のセリフを返すように、篠崎は見下ろしていた。

 終わりだ。

 ここで、高月は終わり。

 当初の目的だった御影奈央を救うことはおろか、『屍の牙』を足止めできたかどうかすらわからない。

 高月のこれからを簡単に、的確に言葉で表現するとしたら、それは。

 犬死に。


(く、そぉ……っ!)


 最後に頭をよぎったのは、風見晴人のことだった。

 結局、高月の言葉は復讐者となった彼に届かなかった。高月は御影ならば、彼女の言葉ならば復讐者にも届くだろうと信じて送り出したつもりだったが、御影が連れ去られた現状を見るに届いたとは思えない。

 では、高月は何をできたのだろう。

 正しくあろうとして、正しいと信じた少年の後を追って、その結果何をできたのだろう。

 何もできなかった。高月快斗は最後まで、無力だった。


「快斗くんっ!!」


 矢野の声が聞こえる。

 申し訳なかった。かっこつけて登場しておきながら、詰めが甘かったせいでこうなってしまった。


「わりーな、俺にも目的があんだよ」


 篠崎は無表情で告げると、足を上げる。頭を踏み潰すつもりか。あっけない死に様だ。

 高月は目を瞑る。せめて、あまり痛みがなければいいなと諦めて――。



 ――まず音を聞いた。

 何かがとてつもない速度で落ちてきたような音だった。

 続いて震動をを感じた。

 びりびり、と地面が揺れる感じだ。

 『屍の牙』の仲間か、もしくは永井や浜野が来たのだと思った。そちらを向けていないから、それだけでは誰が来たのかわからなかった。


「あれ、矢野……ってことは山城とかいるのか。とにかく大丈夫?」


「あ、えと……うん」


 その声を聞いて、まさかと思った。

 まさかその人物が、ここに来たのかと耳を疑った。


「そこで寝てんのは、高月? 何倒れてんだよだっせえ」


 身体が動けば、今すぐにでもその姿を見たかった。それだけ、衝撃的だった。


「――風見、晴人」


 篠崎が少しだけ驚いたように呟く。

 風見が、ここに来たのか。


「よお、篠崎響也。また会ったな」


 確かに言えることがある。

 声しか聞いていない高月にも、それは確かに言えた。

 風見晴人は前に会った時とは確実に違う。


 ――風見晴人と篠崎響也は、今、再びその視線を交錯させた。

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