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終業式の日に世界が終了したんだが  作者: 青海 原
第三章『東京防衛戦』
97/125

91 リスタート



 ――時が、止まった。



 崩れ落ちる廃ビルも、自身の失態を嘆く金丸も、狭間の行動について考える永井も、止まった。

 死への恐怖に表情を引きつらせる寒川も、能力を発動して勝ち誇った顔を浮かべる浜野も。

 流れる風も、辺りをうろつくゾンビたちの咆哮も、揺れる落ち葉も、日差しが恵む暖かさも、全てを照らす光でさえ。

 無。それにふさわしい状態へと世界が書き換わった。

 一瞬で辺りは暗闇へと変わった。


「見えない」


 そこから、狭間は自身の都合の良いように『止める』ものを取捨選択していく。まず、光が動き出した。


「息苦しい」


 続いて空気が。

 空気を動かしたことで、暖かさと音が世界に戻る。そうやって活動に必要な最低限のものを動かし、やっと狭間は一歩踏み出す。

 今、狭間が世界を掌握していた。

 世界中に存在するものの、『動く権利』を握っていた。


「助けるか」


 世界を止めた男は、怠そうに、崩れる途中の廃ビルへ入って行った。



 金丸と寒川を外に放り出す。

 失敗したのは彼らだから、扱いは乱暴だった。おざなりに投げる。

 続いて、浜野の持っている剣を奪い取った。剣を動かして能力を解除できないかいじって見たが、操作方法がよくわからなかったため、能力は発動したまま遠くへ放り投げた。永井と浜野は廃ビルの中央に寝かせる。これで時を動かせば潰れるはずだ。

 ひと仕事終えて、ふうと息を吐く。

 これで尻拭いは完了だ。

 金丸のモットーに付き合うのも疲れる。彼はフェアプレイを好むため、使えば一方的に戦える狭間の能力を好ましく思わないのだ。

 まぁ、面倒臭がりの狭間としては戦わなくても良いというのは助かるといえば助かるのだが。


「解くか」


 何はともあれ全て終わった。

 これで金丸も自分の実力を理解し、身の程に合わない敵と相対した時は狭間に頼るだろう。戦うのは面倒臭いが、尻拭いを任されるよりはマシだ。

 狭間は右腕を水平に薙ぐ。世界中のあらゆるものに、動くことを『許可』するように。

 しかし、腕は途中で止まった。





「お前、何やってんだ?」





 気づかなかった。

 突然に、目の前に男が現れた。腕はその男に止められている。

 それまでは視界に男などいなかったはず。いや、それ以前にまだ狭間は動くことを許可していない。ではなぜこの男は動くことができる。

 この男は、――。



「いやあ、ビビったビビった。いきなり真っ暗になって呼吸困難になったかと思ったら、その辺のものが止まってんだぜ」



 男は明るい調子で続ける。



「俺は風見晴人。お前が、世界中の動きを止める能力者だな?」



 男は――風見晴人は、狭間の腕を掴んだままそう断言する。無理もない、この世界で動くことが許されているのは、本来狭間だけのはずなのだから。狭間が時間を操作していると思っても間違いはないし、それをしているのは確かに狭間だ。

 だが、風見晴人。この男は、何者だ。なぜ、狭間の能力の影響を受けない。


「なんで」


「ん? ああ、いや。俺もわかんねえんだけどさ、能力発動しながら走ってたら影響受けなかったんだよ」


 意味がわからない。しかし本人もわかっていないようなので何とも言えない。能力を消去するタイプの能力であれば、少なくとも『わかんねえ』とは言わないはずだ。

 ではこの男の能力は、何だ。


「まぁいいや、その中にいるやつ助けてくるわ」


「お前は」


「ああ、アンタは好きにしなよ。別に壁襲ったってその人数じゃあ返り討ちだ」


 「じゃ」と風見は手を挙げて、廃ビルの中へ入って行った。ここで時を動かしてしまえば風見ごと潰せたのだろうが、目の前の得体の知れない何かに慄いていた狭間は咄嗟に動けなかった。

 待て、『能力消去』系統の能力以外で狭間の能力を防ぐ術があるなど考えたこともない。そんなことがあってたまるか。

 せめて、能力だけでも分かれば。

 そう思って永井と浜野を救出してきた風見に殴りかかった。

 だが。


「やめとけよ、今の俺は強いぜ」


 拳を左の甲で弾かれ、足払いで転ばされる。立ち上がろうとしたが、わざわざしゃがみこんできた風見を見て、手が止まった。


「約束してくれ、こいつらには手え出すな。困るんだよ。俺は一人しかいないから、目の届かないところで死なれると助けられない」


 それについては何も言い返せなかった。

 だがせめて、せめて能力だけでも。


「能力は――」


「ん? 透明化だけど」


 今度こそ、意味がわからなかった。

 狭間には、ただただ永井と浜野を連れて走り去る風見を見送ることしか、できなかった。





※※※





 時が動き出したのは、風見の体感時間で五分後くらいだった。風見は近くのビルの屋上に永井と浜野を置いて、時が動くのを待っていたのだ。


「……は?」


「え、なに。どこ」


 時が動き出すと、二人は揃って同じ反応をする。それを見て、風見は笑った。

 いきなり景色が変わっていたり、目の前にいるのが風見だったり、浜野に至っては持っていた武器がなくなっていたりして、二人は戸惑う。しかし戸惑いながらも、永井は落ち着いて尋ねた。


「……ハルト、か?」


「おひさ、マサキ。……全部説明するのめんどくせえな。とにかくこういうことだ」


「いや説明してくれよ!」


 永井が突っ込むので、風見は面倒臭そうに頭をかきながら説明を始めた。


「俺が透明化して走ってたら急に時間が止まって、怪しそうなところをしらみ潰しに探してったらそいつが見つかってさ。動いてるやつが一人だけいたんだ」


「……だるそうにしてるやつか?」


「そいつ。そんで、崩れそうな廃ビルの中にお前らがいたから、助けたってわけさ」


「なるほど、あいつ時間を止める能力があったのか」


 つまり、永井と浜野は作戦通り廃ビルは崩壊させられたが、さすがに危険だと感じた彼らは切り札を切ったということだろう。彼らの切り札は、時間停止だったのだ。

 金丸がフェアプレイをモットーにしていてよかった、と永井は胸をなでおろした。最初から時間停止能力を使われていたら負けていた。

 そこで浜野が「ん?」と眉をひそめる。


「透明化で、なんで時間停止が防げるんだ?」


 言われて永井も気づく。確かに、透明化程度で時間停止が防げるのは疑問だ。風見もうーんと首をひねっていた。


「なんでだろな」


「お前もわからんのかい」


 使っている本人にわからなければ調べようがない気がする。

 透明化するということは、相手から見えなくなるということだ。それは、消えることと同義。

 風見は能力の発動中、世界から消失していると言える。


「……むむ?」


 永井は考えている途中で、何かに引っかかった。

 能力の発動中、世界から消失している。それはつまり、時が止まった世界からも消失していると言えるのでは?


「あー、なるほどな」


「なんだよマサキ」


「いや、多分だけどな。お前の能力はただの透明化じゃないんだよ」


 風見と浜野は何かに気づいたらしい永井の話を聞くために、身を乗り出した。


「つまりはな、ハルトは能力の発動中、世界から消失しているんだ」


「ほう」


「止まった世界からも、消失している」


「……ほう」


「あいつの能力は世界の時を止める能力だろ? そんとき世界にいないお前は、止める対象として選ばれなかったんだ」


 永井はドヤ顔で持論を披露した。

 それを聞いて、浜野は「すげー」と拳を振った。


「やっと能力バトルらしくなってきたな!!」


「そゆこと言うな」


 永井は浜野にチョップ。しかし永井もこの理論には確信めいたものを感じていた。そのため複雑な顔を浮かべる風見が不思議で、「なんだその顔」と問いかけた。自分の能力の本当の力を知ることができたというのに、なぜそんな顔をしているのだろう。

 風見は「いや、さあ……」と前置きした上で、答えづらそうに言った。



「それってつまり、俺の影が薄すぎて世界にすら気づいてもらえないってことじゃね?」



「そうだな」


 そうとも言える。永井が素直に返すと、風見は「ちくしょう、なんで俺ばっかこんなクソ能力なんだよ!」と憤った。

 永井と浜野は顔を見合わせて笑いあった。

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