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終業式の日に世界が終了したんだが  作者: 青海 原
第三章『東京防衛戦』
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90 作戦遂行

 都会のものに比べれば小さめのビルがずらりと並ぶ街を、全力疾走する数人の影があった。

 影は二つのグループに分かれている。追うものと追われるものだ。


「どうだ、永井! 目的地は!?」


「すぐそこの角を右……んで、ちょっと進んだ先の廃ビルだ!」


 追われる影は二人。

 永井雅樹と浜野崇だ。


『後ろ、頭に向かって攻撃きてるよお兄ちゃん!』


「お、おう!」


 永井はインカムから流れてくる声に従い、走りながら身をかがめる。すると、頭上を氷の塊が通過していった。その際少しだけ頭を掠めた。


「うぉぉう!?」


『お兄ちゃん大丈夫!?』


「髪の毛が大丈夫じゃないかもしんない!!」


『どんな姿でもマイだけはお兄ちゃんのことを愛してるよっ!』


「残念ながら彼女がいるんだわ」


『なっ、誰ぇ!? マイのお兄ちゃんを誑かしたのはぁ!?』


 インカムから流れてくる声の主は人工知能のマイ。少しばかり性格がおかしいが、能力は十二分にある。

 永井はマイを無視すると、頭を押さえながら振り返り、氷を飛ばしてきたゾンビに向かって怒鳴った。


「この野郎、この歳でハゲたらどうすんだよ!」


「ハゲは運命、ハゼは美味えってね〜。諦めるのも大事だよ」


「テメェのせいだボケェ!」


 指差しながら怒鳴る。寒川の変なギャグは相も変わらず寒い。

 先ほどからテンションの高い永井に向かって、落ち着かせるためもあってか、浜野は真剣なトーンで話しかけた。永井も慌てて表情から笑みを消す。


「とりあえずは、ついてきたな」


「ああ、作戦通りだ。あとは廃ビルに誘い込んで、あの土使いみてーなやつに能力を使わせまくればいい」


「ほんとに大丈夫か?」


「そのための人工知能さ」


 インカムに触れながら獰猛に笑いかけると、浜野も「そうだな」と笑った。永井たちに残された手はこれしかない。最終手段だ。

 だから、目の前に見えた廃ビルに転がるように飛び込んだ。



 そのあとを追って三人が廃ビルに辿り着いた。しかしすぐには足を踏み入れられず、三人とも足が止まる。


「あのクソども、何のつもりだ……?」


 作業着の男、金丸が眉をひそめて訝しむ。


「入らないことにはわからないでしょ〜」


「罠だったらどうすんだよクソが」


「罠だったら困るわな、つって!」


「殺すぞ」


 真夏に長袖シャツを着る男、寒川の態度に呆れながら、金丸は振り返る。三人目、狭間の顔を見た。


「狭間、テメェはここで待っててくれ。もしも何かあったら、能力を使っても構わねェ」


「あいよ」


 狭間は気だるそうに答えて、近くにある歩道と車道との段差に座り込んだ。もはやテコでも動きそうにない。本当に何かがあった場合、彼が動いてくれるのか心配になった。


「さ〜いしょから狭間くんの能力使っちゃえば、ワンパンのアンパンチなのにぃ」


「それは俺の主義に反する」


「金丸くんのクソみたいなモットーになんて興味もないし、てか金丸くん今日キモない?」


「よく一言でこんなにもクソイライラさせられんな、テメェやっぱ天才だわ」


 寒川の軽口には付き合えきれないと手を振り、再び廃ビルを見上げた。

 ビル自体はそんなに高くない。窓の数からして、五階建てだろう。今の時代に廃ビルなんて珍しいな、という感想を除いて、一言でまとめてしまえば、何の変哲もない。なぜここを選んだのか、それが想像もつかないのだ。

 だからこそ、何が起こるかわからなかった。


(こんなとこに入ったってこたァ、何か策があるはずだ)


 その『策』がどんな策であるのか、金丸には見当もつかない。


「そんじゃ〜、行こうぜ金丸くん」


「ああ」


 バシバシと肩を叩いてくる寒川の手を払って、金丸は足を踏み入れた。





※※※





「来た」


 永井はゴーグルの地図に表示されている赤い点が廃ビルの中に入るのを見て呟いた。三つの点のうち、二つが入って来た。おそらく、三つ目はずっと後ろにいるだけの男だろう。

 問題ない。二人だけでも倒せれば、三人目はどうとでもできるはずだ。


「ここからだな」


 浜野も声を抑えながら返す。そう、ここからだ。ここからしっかりと作戦通りに行動できるかが鍵になる。


「いくぜ」


「ああ、作戦通りに頼む」


 二人は一度顔を合わせ、頷いてから金丸たちの元へ駆け出した。



 一階を警戒しながら進む金丸に、まず浜野が突っ込んだ。室内にも関わらず、声をあげて盛大に。


「そりゃあああ!」


「は、あァ!?」


 浜野の剣は金丸の肩口を斬り裂いた。足がもつれ、金丸は側にあった柱に背を預ける。

 攻撃があまりにも予想外だったのか、それ自体は大振りだったにも関わらず、金丸の動作はワンテンポ遅れていた。

 だが一歩遅れながらも、金丸は柱に手を触れる。そして、変形させた。


「クソ、がッ!」


 柱から四角錐の形をした質量の塊が飛び出す。柱を、その原型がわからなくなるほどに歪めながら放った攻撃は、浜野の器用な剣さばきによって流される。


「浜野、下がれ!」


「了、解……!」


 事前に打ち合わせていたため、指示よりも早く浜野は動いている。転がるようなバックステップで、金丸から距離をとっていた。


「浜野、氷くる!」


「はいよ!」


 充分に距離をとったため、寒川が放った氷は浜野の能力で防ぐ。円形のシールドが展開され、それは廃ビルの狭い通路では壁となった。


「あらら〜、そりゃないよぉ」


 こうなってしまえば金丸たちは手出しできない。金丸と寒川はシールドがなくなった瞬間に攻撃してやろうとタイミングを待つ。


「ここ、だっ!」


 そのシールドが途切れた瞬間、こちらに向けて飛んでくるものがあった。攻撃か、と寒川が氷で撃ち落そうとする。そこで二人とも、投げられたものが何であるのかに気づいた。


「閃光弾……!?」


 慌てて永井と浜野の顔を見る。そこには、してやったり顔をした二人が立っていた。

 次の瞬間には、まばゆい光が一帯を覆った。



 そんな戦闘が幾度も続いた。

 永井と浜野は決して深追いせず、一撃もしくは二撃与えたらすぐに閃光弾や別の手段で退避。そして逃げると、物音や微かな声などで金丸たちを様々に誘導し、再び襲いかかる。

 金丸たちはまともに反撃できず、手のひらの上で転がされているような感覚に苛立ち始めた。おかげで集中力は切れつつあり、まともな判断能力も失われていた。


「勝ったな」


 隠れながら、永井は小さく呟く。

 今も廃ビルの一階には金丸の怒号が響き渡っている。そうとうに苛立っているのだろう。破壊音までちらほらと聞こえ、たしなめるような寒川の声にも相手していないようだった。

 作戦通り、全てが整った。


「さすが永井だ、信じてよかった」


「よく言うぜ、ちらほら疑ってたろ」


「バレてたか。でもちゃんとやったろ?」


 浜野はこういった細かい作業が苦手らしく、途中で何度も剣を振り回してゴリ押しする作戦に変更しようと提案してきた。確かにこの狭い空間なら相手も火力を出しづらく、ゴーグルに表示される勝利確率も多少上がっていたが、永井はそれでもこの作戦に賭けた。

 確実に敵を倒すこと。それが今、高月を先に行かせた永井たちに必要なことだ。であるなら、これが最善であることは間違いない。

 あとは、一手。

 金丸を煽るだけだ。


「大声出して歩いてくれてるから、ゴーグル見ずとも位置がわかって助かるぜ」


「ひっでぇ、お前がそうしたのに」


「作戦だよ、いいのさ」


 非力な人間は、自身より大きな力を持つものに対する時、力を求める。自身の力では足りないから、別の、目の前の敵をも屠るほどの力を欲する。卑怯だと糾弾されても、狡猾だと罵られても、勝者となるために。

 今回の戦いで力となるのが、この廃ビルだった。足りないものを、火力を補うためのものだった。

 永井たちは三人目の狭間をすぐに倒せるよう、彼が待機している場所が見える窓まで歩いた。そして窓から狭間がぼうっと虚空を見つめているのを確認すると、正面に向き直る。


「んじゃ、浜野。打ち合わせ通りにな」


「へいへい」


『頑張って、お兄ちゃん!』


 マイからの応援にも応えるために、永井は深呼吸する。一度落ち着くと、怒号を上げ続けている金丸に向かって、小馬鹿にする口調で言った。


「おーにさーんこーちらぁっ!」


 次の瞬間、目の前の空間が飛んで来た。それが何だったのかわかると、あながち錯覚とも言えなかった。

 さすがにこれは想定外だったが、慌てて浜野が能力を発動してくれたおかげで、何とか助かる。後ろを向くと、窓や壁は吹き飛んでいて、地面がえぐれていた。それでも動じていない狭間にはもはや目も向けない。

 今、飛んで来たのは金丸と永井との間にあるもの全てだ。壁、遮蔽物、その他の小物、全てを地面をめくり上げることで手中に収め、塊にして打ち出したのだ。

 おかげで視界は晴れ、一階部分は小さなホールのように広々とした空間となった。

 視界の先には相当に苛立っていると見える金丸と、慌てている寒川の姿。寒川は今ので永井の作戦に気づいたのだろう。これ以上はやめろという旨のことを言っている。

 永井はそんな寒川の言葉を聞かせないように、重ねて煽る。


「あっぶねー、もうちょっとでっかいのが来てたら死んでたかもー」


「でっかいの、かァ?」


 ――乗った。

 永井は心の中でガッツポーズ。


「マズイって金丸くん、嵌められた!」


「黙ってろ寒川ァ。あいつに、クソデケェ一撃をくれてやる」


 寒川の制止も聞かず、金丸は地面に手を置く。


「後悔しろ、テメェらは終わりだ」


 金丸の能力が発動する。

 刹那、地面がめくれ上がる。辺りにあるものを根こそぎ搔き集めるつもりか。

 だがそれが永井の狙い。永井は、ニヤリと笑って浜野に能力を発動させると、金丸に向けて指を突きつけた。



「今の言葉、そっくり返すぜ」



 それで金丸は永井の狙いに、そして自らの失敗に気づいたのだろう。慌てて地面から手を離す。

 ――もう、遅い。

 地面はめくれ上がっている。塊は完成し始めていて、砲弾のように打ち出される準備は完了していた。

 しかしそれよりも先に、当たり前のことが起こる。


「――しまっ」


 一階部分をほとんど失った廃ビルは、だるま落としのごとく崩壊した。真上からビルそのものが落ちてくる。

 永井が金髪のゾンビ篠崎響也と戦った時、彼が言っていた『ゾンビは頭に大きなダメージを与えれば倒せる』というのが本当なら、これで倒せるはずだ。さすがにビル四階分の質量に生身で押しつぶされて生きていられる者はいないだろう。

 正直な話、これは賭けだった。

 永井は金丸の能力を、『地形を変動させる』系統の能力だと仮定した。これはそれが成り立っていなければ勝てない作戦だった。

 もしも『触れたものの形を変える』能力であったなら、落ちて来た瓦礫も形を変えて防げただろう。だが、金丸の驚きようを見るに杞憂で終わってくれた。


(よし、後は三人目だけ――)


 そうして瓦礫が少しずつ地に落ちるのを見ながら、勝ち誇った顔で狭間の方を見た。

 狭間は先ほどとは打って変わってこちらを凝視していた。少し不審だったが、気にすることはないだろう。

 狭間が何かを言う。声は聞こえず、何を言ったかはわからなかったが、唇の動きから判断すると、こうなった。


 げ、え、む。お、お、ば、あ。



 ゲームオーバー。



 ――何が。

 言いたいのか。永井はそれを考えようとして、――。











 ――時が、止まった。

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