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終業式の日に世界が終了したんだが  作者: 青海 原
第三章『東京防衛戦』
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89 踏み出す一歩

 ふっと意識が戻る様は、さながら冷水を浴びせられたようだった。それほどまでにすっきりと、目を覚ました。

 まず、風見は両目を開く。


「……秋瀬さん?」


 目覚めたばかりのせいで、視界がぼやけていてわかりづらかったが、髪型とメガネからそうでないかと判断した。

 声をかけられた秋瀬の方は、はっと風見の方を見て、口をパクパクさせた。突然目を覚ましたために、どう反応すればいいのかわからなかったのだろう。

 やがて、キリッとしたつり目にじわりと涙をにじませたのを見て風見は噴き出す。


「どうしたんですか、俺はマサキじゃないですよ?」


「もう、風見くんったら……」


 冗談交じりに軽口を叩くと、秋瀬はむっと顔をしかめ、涙を拭いていつもの顔に戻った。風見も上半身を起こし、改めて部屋を見る。ここは簡素な病室のようだ。

 秋瀬の対面に男がいた。面識はないが、秋瀬が気を許しているようだし敵意はないのだろう。


「……君が起きたら何を言おうか考えていたけれど、どうやらその心配はなさそうね」


 秋瀬は安心したような顔を浮かべていた。風見は全てを察し、申し訳ないなと思う。秋瀬は風見の暴走、そして醜態を見ていた。余計な心配や、幻滅もさせただろう。

 そうして篠崎との戦いを思い出し、その時、秋瀬の瞳が光を失っていたことを思い出した。はっとなって、風見は身を乗り出してしまう。

 おそるおそる、尋ねた。


「み、みんなは……大丈夫なんですか?」


 あえて永井の名を出さなかった。彼らに限ってないとは思うが、もしも命を落としていたらと心配した。

 ところが秋瀬は一瞬驚いたような顔をして、納得したように笑った。


「今のところ、貴方のせいで連れていかれた子以外は無事よ」


「その言い方、今の俺には効果抜群ですよ!?」


 くすくす笑う秋瀬だったが、しばらくぶりでも毒を混ぜた言葉選びのセンスは健在だった。

 やがて、風見は男の方へ目を向ける。男は、風見よりも少しだけ年上に見えた。


「それで、アンタは?」


 話を振ると、男は緊張しているのか肩に力が入り背筋を伸ばした。風見は年下なのだから、緊張することもないだろうに。


「……俺は、竹山浩二。……キョーヤ――篠崎響也の仲間……だった」


 付け足すように過去形にしたことから、今は脱退したか仲間だと思っていないのかのどちらかだろう。

 いずれにせよ、そういう自己紹介をするということは、これからの話は『屍の牙』に関係するということか。訊くと、竹山は首肯した。


「……率直に頼みたいんだ」


「俺に、何を」


「……キョーヤを、助けてほしい」


 秋瀬が目を剥いた。「ちょっと」と割り込もうとしたところを片手で制して、風見は落ち着いたまま重ねて尋ねる。


「そりゃ、何でだ」


「……君が渋るのは、わかってる。……キョーヤは多くの人を傷つけてきたし、君もきっと……その一人なんだろうと思うから」


 竹山はそれまで緊張していたようだったが、篠崎の話になると、途端に落ち着いた。瞳に火が灯るように、目つきが変わっていた。そして独白するように、風見から視線を外して虚空に向かって語る。


「……現に、俺もあの場で君がキョーヤに向けた黒い力を見た。……あの力は憎しみに溢れていて、言わずとも君が何をされたのかを物語っていた。……けど、それを承知で頼みたいんだ」


「……奴を、助けろと?」


「……うん。……君も辛かっただろうけど、どうか聞いてほしい。……キョーヤも、最初からああだったわけじゃないんだ」


 風見は黙って、後に続く竹山の話を聞いた。

 それは篠崎の過去だった。

 祖母と二人でゾンビ騒動の中を逃げ回ったこと。都心部に造られる『壁』の話を聞き、祖母を匿ってもらおうとしたこと。しかし門前払いされ、壁建設の騒音から集まったと思われる大量のゾンビたちに囲まれたこと。他の被害者とともに決死の覚悟で切り抜け、『壁』への復讐に至ったこと。

 竹山は全てを語り、「彼を助けてほしい」と頭を下げた。風見は答えず、無言で考える。

 無言の間を埋めるためか、秋瀬が意外そうな声を上げた。


「まさか、あんなに乱暴な性格の人がおばあちゃん子なんてね」


「……ははは、笑わないであげてください。……彼の想いは、間違ってない」



「――だけど、やり方は間違えた」



 風見は言葉を割り込ませた。

 的を射ている発言に竹山も言葉に詰まり、うなだれる。


「あいつは多くの人間を傷つけ、殺した。尊い命を踏み躙り、摘み取ったんだ」


「……それはっ」


 竹山は反論しようとして、何も浮かばなかったのか、押し黙る。


「命を嘲笑い、戯れるように奪うなんて行為、正しいはずがない。どんなに酷いことをされて、その報復で行なった行為なのだとしても、正当化できるようなことじゃない」


「…………」


 風見はそこで視線をあげた。

 天井を見つめ、そこにあった電灯に目を細める。やがて自嘲的な笑みを浮かべると、自身の両手を開いて、そこに視線を落とした。




「――俺と、同じだ」




 二人がはっとなって風見を見た。

 風見がどれだけ眠っていたのかはわからないが、ここまで短時間でガラリと変わっていることに驚いたのだろう。先ほど「心配はなさそう」と言っていた秋瀬も、本心ではその自信がなかったのだ。

 ここにきて、風見はやっと思う。



 ――ああ。俺は、間違ってたな。



 今更。本当に今更だ。

 今更になって、やっと、本当の意味で実感した。ため息をつき、自嘲的に笑う。

 今ならわかる。自分に向けられてきたたくさんの言葉の意味が。自分に手を差し伸べてきた人々の気持ちが。

 遅過ぎる反省。失われたものは戻らず、それは風見が奪った命も変わらない。罰はいずれ、下るだろう。

 だったら、せめて。

 その罰が風見の前に姿をあらわすまでは、ヒーローであろう。そう決めた。


「アンタ、コージっつったっけ?」


「……もしかして、キョーヤを助けてくれるのか?」


「いや……」


 風見が突然目を向けたことで、竹山は身を乗り出すが風見はかぶりを振った。

 風見にはわかる。風見には、篠崎を救えない。それは救おうとするしないの問題ではなく、救うことが不可能だということだ。

 風見には篠崎を救うことができない。

 理由も、説明したところで多分風見にしか理解できないだろう。これは、経験者にしかわからない。


「あいつを救えるのは、あいつだけだ」


 復讐者は、他人の言葉で救われない。

 言葉を受けた程度で復讐心はなくならず、そもそも復讐を否定するような内容には耳を貸さない。

 風見自身が、そうだったように。


「……じゃあ」


「俺には言葉をかけてやることしかできない。それで変われるかは、あいつ次第だ」


「……そんな」


 竹山は肩を落とした。

 風見が最後の希望だったのだろう。篠崎の仲間だということは確実にゾンビだ。それがここにいて、意味深なチョーカーをつけていることから、状況は大体想像できる。

 竹山は、ここから出られない。

 唯一の心残りだったのだろう。だからわざわざ風見に頼んだ。篠崎と戦って殺されないような人を見つけて、頭を下げたのだ。

 だがそれは叶わなかった。

 心残りを残したまま、ここで過ごさねばならない。それがどれだけ辛いことかは風見もわかるつもりだ。

 だから、こう添えた。


「ま、あんなウェーイ系リア充は横っ面ぶん殴りゃあ目え覚ますだろ。俺も、それでチャラにしてやるしな」


 竹山の肩を叩いた。

 楽観的過ぎる意見だが、多少は楽になったのか笑みを浮かべる。

 話は終わった。時は一刻をあらそう。風見は掛け布団を払うと、秋瀬が声をかける。


「靴は、その中にあるわ」


「あざっす」


 右手に小さな棚があり、そこに靴は置いてあった。ついでに靴下も。ちゃんと綺麗にされていた。

 それを取って履いていると、病室がノックされる。どうぞとも言っていないが、ノックの主は躊躇いなく入ってきた。

 それは見るからに子どもだった。だからか秋瀬が優しそうな声色で諭す。


「あら、君。お母さんは?」


「んー、どこだろ? ぼく、わかんないや」


 子どもは首を傾げた。竹山も秋瀬も、困ったような笑みを浮かべて「しょうがないなぁ」なんて言っていたが、風見はなんとなく気づいた。

 だからカマかけとして言ってみた。


「俺に用か?」


「察しが良くて助かるよ、風見くん」


 子どもは、自分がただの子どもでないことをあっさりと認めた。

 やっぱりな、と風見は笑いをこらえる。笑いかけたのは、判断の理由が自身の内で童女という、子どもらしくない子どもを見てきた経験だからだ。

 秋瀬と竹山は眉をひそめる。が、子どもはそれに構わず、風見に言った。


「助けに行くなら、とある町の病院に向かうんだよ。この端末に書いてある」


 子どもらしい小さめのポーチから、タブレット端末が取り出される。マップのアプリケーションが備えられただけのようで、作りもかなり簡素だ。

 投げ渡されて、ポケットにしまった。

 これで御影の位置はわかった。


「なんで、こいつを俺に?」


「助けてあげてよ、御影奈央ちゃんを。お姫様は、いつだってゴールで待ってるものだよ」


「そうかね。初代ドラクエじゃ、ローラ姫の救出は中盤なんだぜ。しかも、助けなくてもクリアできる」


「でもローラ姫救出は初代ドラクエの目的の一つでしょ? あと、きっと風見くんは、お姫様を抱えたままクリアするタイプだ」


「バレたか、下心バリバリだけど助けに行くわ」


 立ち上がって、秋瀬の横を通る。向けられる心配そうな目を華麗にスルーして、子どもの正面で立ち止まった。


「期待してるよ、風見くん」


「そうかい、期待外れでガッカリすんなよ」


 にやりと笑みを浮かべて、子どもの横を通り過ぎると、背に秋瀬の声がかかった。


「風見くんっ! あの、えっと……マサキを――みんなを、お願い!」


 ドアを開けながら、空いた手を振って返事にした。

 さて、ここから再び始まる。

 これが風見の、ヒーローとしての一歩だ。




「待っててくれ、御影さん」





 口の中でつぶやき、駆け出した。

 向かう方向は、きっと正しかった。

更新遅くなりました、すみません。

少しリアルの方でドタバタしてました。やっと山場は越えたので、更新ペースを少なくとも週一程度には持っていきます。


あと、『モーニングスター大賞』の一次審査通ってました。読者の方々が応援してくれるおかげです。これからもお付き合い下さい。

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